27/泉に潜む存在
翌朝、冒険者ギルドの前でオズちゃんと落ち合い、そのまま門へと向かう。
結構人が多くてびっくりしたけど、もう少し後になると冒険者も採取や探索に向かうからもっと混むらしい。
冒険者証を提示して外に出る。
ただそれだけなのに、結構な時間がかかった。
それと同時に、ドキドキと胸が騒ぐ。
「シア、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫!」
多少声が上ずったけど、気合はしっかり入ってる。
オズちゃんが一緒だし一人じゃないもの。
「ならよし。――で、目的地なんだけど」
「あぁ、うん。えっと……一応日帰りで行ける距離なんだよね?」
私の返事にオズちゃんも頷く。
待ち時間中に簡単に説明してもらったのだ。
目的地は近くの森の小さな泉。
結構な頻度でウンディーネの目撃情報があって、比較的友好的な相手らしい。
「オズちゃんは行くの初めて?」
「うん。だから迷子にならないように気をつけないと」
「じゃあ、コンパスを手に持ったままのが良いね」
地図があれば――とも思ったけど、方向と大まかな距離以外に目印になりそうなものがないし、地図は高い。
無い物ねだりはせずに、足で頑張るしかないね。
* * *
森の中を歩いてどれ位だろう?
あの日のファングウルフの襲撃は怖かったけど、羅喉石はちゃんと仕事をしてくれてるようだ。
いろんな動物の気配を感じはするけど、森の中は静か。
このまま、何事もなく目的地まで着けると良いんだけど……。
木々の隙間から見える太陽は、いつの間にか真上付近。
お腹も減ってきたし、軽食を取って休憩した方がいいかな。
「そろそろ休憩する?」
「うん。そうしようか」
オズちゃんも同じ事を考えていたらしくその提案に頷く。
私達は適当な石を椅子代わりに座って、軽食を取ることにした。
ただ無言で食べるのもつまらないし、ちょっと雑談をしてみようかな。
格式張った場面ならともかく、こういう気軽な付き合いでの食事は楽しい方がいいもの。
「――そういえばオズちゃん。
オズちゃんは魔術師なのにどうして髪の毛が短いんですか?」
昨日聞いたお師匠様の言葉通りなら、魔術師こそ髪の毛を長くしてるようなものだけど。
オズちゃんの髪は肩ほどまでしかない。
不思議に思って尋ねると、オズちゃんは自分の杖を手にしながら言う。
「うちの魔術師ギルドじゃ一人前になるまでに、魔力を宝石に溜め込んでこういう杖を作るの。
だけど、あたしってば天才だから貯めきる前に試験に合格しちゃって、晴れて一人前になっちゃったのよ。
だから足らない分を、髪の毛の魔力で代用したの」
なるほど。
そういう使い方も出来るのか……。
錬金術でも髪の魔力はいざという時に役に立つって言われたけど……。
出際にお師匠様に渡された物を思い出す。
……できれば使う事がないと良いけど。
それにしても、自分で自分を”天才”と言い切れるその自信……羨ましいなぁ。
「にゃあ」
ふいに静かにしていたラフィークが顔を上げて鳴く。
こういう時は大抵、何かが傍に寄ってきてることが多いけど……今のラフィークはあまり警戒をしていない。
――ということは……?
「もしかして、精霊の存在でも感知したの?君」
「にゃあ」
オズちゃんの問いかけに、答えるラフィーク。
私達は顔を見合わせて頷き合うと、すぐにお弁当と水筒をしまう。
それを確認したようにラフィークは先頭きって歩き始めた。
まるで道案内をしてくれてるみたい。
ラフィークに誘われるように進み続けると、やがて開けた場所に出る。
そこはまるで、絵画みたいに美しい場所だった。
中央の泉は光を反射してキラキラと輝き、その泉の周囲をちらちらと小さな光が飛び回っている。
思わず息を飲むほどの光景なのに。
「――なんなんですか、あれは」
思わず不満に声が出る。
お師匠様だってこの光景を見たら同じ事を言うと思う。
せっかくの綺麗な風景に、ただ一点染みのように泉の中央部が黒く濁っていたのだ。
ラフィークが警戒態勢を取る。
……悪意のある何かなの?
眉を潜めて水底の方を睨むけど、特に何も見えない。
「オズちゃん、何かいるみたいだけど分かる?」
「……よくわかんない。一度、攻撃してみようか?」
「でも、ウンディーネだったなら、友好的なんだよ……ね?」
「――あくまで、そう聞いてるってだけだから……」
相手次第では敵対的になるかもしれないし、何が精霊に怒りを買うかよく分からない。
……でも、私達はまだ着いたばかりで何もしてないんだけど……。
眉をひそめていると、ラフィークが木の枝を咥えて放り投げた。
水面に落ちる、その瞬間。
ざばぁと水音がなって触手のような物が枝を取り込んで――みるみるうちに枝は溶けていく。
「な、何あれ!?」
心なしか周囲の小さな光は慌ててるように見える。
私達に近づいて、ちかちかしてるけど――もしかして、助けを求めてるの?
「アレは精霊じゃない……よね?」
「精霊が攻撃してくるならあんな触手みたいなもんじゃないと思う」
オズちゃんは少し考え込むと、あれは「スライム」じゃないかと言う。
スライムと言うのは、不定形生物の総称らしいけど、基本的に液体に近い形態が多いらしい。
体を触手のように伸ばしたりして、対象を捕獲してそのまま捕食する消化液が危険な魔物だと言う。
やっかいなのは打撃などの物理攻撃に強いこと。……まぁ、水を素手でどうにかしようとしても無駄だものね。
対処法としては魔術で相手の体を削ってしまうか、体の中心にあるという核を攻撃して破壊する事。
「ただ、問題なのは水の中にいるって事なのよね……。
水中だと、魔術の勢いは落ちるし、それなりに大きい泉だから無駄打ちになっちゃうし。
多分、あの黒い染みみたいなのが核だとは思うんだけど……」
二人して少し離れた場所から、泉の黒い染みを睨みつける事数分。
泉は静かに水面を揺らしてるだけ。染みさえなければ、ただの泉にしか見えない。
倒すにしてもせめて姿が見えないと……。
「……所でオズちゃん。スライムってあんな染みがあるものなの?」
「ん? いや……そういう話は聞いたことないけど……何か取り込んだとか?」
「そもそもスライムって何を食べるのか知ってる?」
「なんでも食べるみたいよ。ただ、魔物だからやっぱり魔力が高い物ほど好むみたいだけど」
魔力が高い物……と言われても羅喉石を外すのは論外。
そんな事をしたら、他の魔物をおびき寄せちゃう。……あの夜みたいに魔物に囲まれるのは嫌だ。
だとすると、魔力はささやかだけど、高品質な魔力的な物が望ましい。
「――ねぇ、オズちゃん。氷の魔術は使える?」
「もちろん」
「じゃあ、スライムが出てきたら氷の魔術で水に戻れないようにしてくれるかな」
「え? まぁ、できるけどどうやって――」
返事を確認した上で、私は手近にあった木の枝を拾って自分の髪を数本抜いて巻きつける。
そしてそれを泉から少し離れた辺りへと投げ捨てた。
それとほぼ同時に水面が揺れて、ウニョウニョとした何かが――まるで水そのものが暴れるみたいに出てくる。
「オズちゃん!」
私が叫ぶよりも早く、オズちゃんは詠唱に入っていたらしい。
すぐに杖を突きつけると、その先から冷気が生まれて徐々にスライムの体を固めていく。
慌てて水に戻ろうとするスライムだったけど、今度は水面近くに寄っていた小さな光がそれを邪魔するように固まってスライムを押し留める。
逃げ込む先を失ったスライムは、氷の魔術によって歪な氷の塊となったのだった。
予想では、泉の表面を凍らせて逃げ込めないようにするつもりだったんだけど……。
まぁ、結果良ければ全て良しともいうし、良いよね?
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