26/解呪道具のレシピ
呪いの解呪に必要な道具を作る。
そのためには素材が必要だ。
レシピを読み込みながら具体的な形を思い浮かべていく。
お師匠様が教えてくれるレシピは、素材に必要だろう要素をメモしてくれた物が多い。
それでもいつもなら、その要素に適してるだろう素材を書いてくれるのだけど……。
「……なんか、抽象的ねぇ」
「えぇ……」
今回に限っては必要な要素しか書いてなかった。
いや、正しく言うなら、ちゃんと書いてある素材もある。でもそれはほとんど調合室にある物だ。
……要の素材に関してぼかしてあるのは、一種の卒業試験的な部分もあるのかな?
出来ればそういうのは、誰かの命がかかってない時にして欲しいんだけどな……。
――けど、私になら絶対出来るだろうから、という理由で試験的にしているのだとしたら、立ち向かわない訳にもいかない。
よし。頑張ろう。
まずは一つ一つ考えていけばいい。一気に全部なんとかする必要なんてないのだから。
「オズちゃんは魔術道具作りに詳しいの?」
「んー。基礎位ならね。ただ、実技は興味がなくてやってない。
座学程度ならある程度分かるから多少は役に立てると思うけど」
「良かった。じゃあ、一個一個材料になりそうな物を上げていきたいから、一緒に考えてもらっても?」
「おっけー」
オズちゃんの協力も得たことだし、まずはこれからだ。
最初の一つは清らかな物。
……いきなり抽象的過ぎる。
「清らかな物……ねぇ」
「思いつくのは……水、とか?」
「そうね。浄化は水のカテゴリだし、それが無難だろうね」
「なら、出来るだけ綺麗なものが良いだろうから、蒸留水を作ろう」
――これで一つ目は決定、と。
えー、次は……道具の形の要となる物。破邪の性質があると尚良。
「どういう意味これ?」
「多分、出来上がりを何にするか、だと思う。
例えば、封印を”壊す”というイメージなら剣みたいな形にすれば、使用時の動作と含めて封印を”壊す”ための効果が上がるらしいの。
だから完成した解呪道具をどんな風に使うか、どんなイメージで解呪するかは私次第になるから、レシピにはこう書いたんだと思う」
「なるほどねぇ。――で、あんたの中の解呪のイメージって?」
「……”壊す”ではないかな」
”壊す”だとなんとなく、呪われてる彼も含めて壊してしまう気がする。
私がそう感じてしまってる時点で、解呪のイメージには沿わないから別の物にするべきだ。
「……解き放つ……とかでしょうか」
「となると、鎖をブチッと千切る……とか?」
「……現実的ではない、かな」
確かに鎖は繋ぎ止めるイメージが強いから、それを千切る事で”開放”っていうイメージには合うけど……。
「……あ。”祈り”とか?」
「祈り?」
「うん。……彼に無事でいて欲しいっていう願いは”祈り”かなと」
「なるほどねー。それなら……指輪とかどう?」
指輪……か。
私は祈る時に指を組むから、手に握り込む物かその手にはめる事が出来る指輪は丁度いいかも。
「そういえば、この破邪の性質があると尚良っていうのはどうするの?」
「それは銀が良いと思う。銀は破邪の性質と、精神エネルギーの伝達効果が高い品だから」
「あぁ。なるほど」
なので銀の指輪を購入すれば二つ目は良いね。
さて。後は最後に――困った。
「どうしたの?」
「……最後の一個が……”光属性の品”と書かれて……」
「こりゃまた難問な」
火や水、土や風は物質として用意し易い。
だけど光や闇といった物は物質としては用意しづらい。
「……光……光ねぇ……キラキラした何かとか?」
光を反射するもの――鏡とかなら、ある程度光の性質はあるかもしれないけど、何か違う気がする。
そもそも光ってなんだろう……?
光源? なら、光源で思いつく物は――火になっちゃう。
だとしたら魔術の光? けど魔術の光は錬金釜に入れ続ける事は出来ない……よなぁ。うぅん。
どちらにせよ、私がそう感じている時点で魔術の光じゃ素材にならないだろう。
「……オズちゃん。
私はこの街に来たの最近であんまり詳しくないんだけど、開拓領であるメレピアンティナ領になら、何かないかな」
そもそもこの領は他領ではまず手に入らない品が手に入るからこそ、危険を承知で開拓している。
それなら一般的な本に載ってないけど、この地域ならば手に入る”何か”があるかもしれない。
ちょっとした賭け――いや、都合の良い願いかもしれないけど。
私はオズちゃんの考え込む横顔を見ながら、祈るような気持ちで返事を待った。
「――可能性があるなら、幻獣とか妖精……あとは精霊の体の一部……かな」
「メレピアンティナではそんなのまで見られるんですか……?」
目を丸くしてかすれた声が思わず溢れる。
だって、幻獣や妖精、精霊というのはとても希少な存在だ。
魔物と同じく魔力が宿った生命体……らしいけど、魔物と違ってベースが動物ではない。
有名なのは、大地の精ノーム、炎の精サラマンダー、水の精ウンディーネ、風の精シルフだろうか。
分かりやすく言うと動物以外の――概念とかあやふやな何かに魔力を宿って生まれた存在。
人間に対しては協力的だったり、攻撃的であったりと場合によりけりらしい。
本で読んだ時に、いつか見てみたいなぁとは思ってたけど……。
「んー……一応まぁ、出会えるっちゃ出会えるけど、絶対じゃないわね。
それに、よく見かける場所は聞いたことがあるからそこには行けるけど、そこで見かけるのはウンディーネなのよ」
水の精じゃ光属性とは合わないか……。
「でも、妖精とかを見かけた人もいるらしいから、行く価値はあると思う」
「どの道他に宛がないなら行くべきかと」
お師匠様が看病をしてくれてるとは言え、できるだけ早く解呪道具を作らないと行けないし。
その為なら、多少の無駄足があったとしても、可能性を信じて行動したい。
「おーけぃ。んじゃ明日早速行こうか。
詳しい位置とかは帰って聞き込みしてくるわね」
「はい。お願いね。オズちゃん」
レシピの確認を終えると、オズちゃんは家に帰っていく。
私も明日の準備をしないと。
まず用意すべきなのは食料と服装。
……ついにこの短いスカートを履かないといけないのね……。
うぅ。恥ずかしい……。でもオズちゃんの方が短いズボンだし長いスカートじゃ動き辛いし……諦めよう。
一個一個必要な物を考えつつ、リュックに入れていく。
……初めての採取だしこれくらいだろうか……。
とりあえず、準備は出来たしお師匠様に報告しなきゃ。
「お師匠様。今よろしいですか?」
「ん。いいわよ」
部屋に入るとベッドの横にいろいろな調合道具を用意しているお師匠様がいた。
「えっと、明日レシピにあった”光属性の品”を入手するために採取に出ようと思います」
「分かったわ。例の服にはすでに色々付与してあるから、防御力は高いし、動きやすいと思うわよ」
……本当にやってたんだ……。
魔術道具師見習いと名乗るように言われてから、他の人の魔術道具や付与効果のかかった道具のお値段を見たけど……かなり高価だった。
必要な素材もだろうけど、技術も貴重なんだと思う。
……それをただの”可愛い””美しい”のためだけに湯水のように使う……。お師匠様は凄いなぁ……。
――あ。そうだ。
「そういえばお師匠様、採取の時に邪魔になると思うので髪を切――」
「駄目よ」
……言い切る前に却下されてしまった。
これもお師匠様の美への執着が理由かと思いきや、こちらはちゃんと魔術的な理由があるのだとこんこんと説明される。
魔力持ちの人体は基本的に全てが魔力を含んでいて、触媒に適しているらしい。
その中でも手軽な血液は純度も高く、数日経てば元に戻るため重宝するとか。
そして、髪の毛は伸びるまで長い時間が掛かる分、血液よりも魔力濃度が高くて、髪の数本でも結構な魔力を含んでいるらしい。
特に私は魔力の容量が低いので、せっかく伸びてる長い髪はいざと言う時に触媒として必須だという。
更にいうと、私の場合は属性が全属性だからどんな魔術、錬金術の触媒にも使用可能だから絶対に切るなという事だ。
――ブラシについた髪はそのまま捨てていいのかしら?
ふと疑問に思い、お師匠様に聞くと髪の毛数本程度では肉体から離れた時点で魔力がどんどん弱まっていくので、その場で使わない分には捨てていいとのこと。
「まぁ、外だと長い髪は確かに邪魔だろうから、髪留めにこれをつけておきなさい」
そう言ってお師匠様は私に、エメラルドのような緑色の石を渡してくる。
ご丁寧に取り付けやすいよう、石には台座がついてるので取り付けも簡単だろう。
――これで準備は万端。
明日の採取頑張らなくっちゃ!!
お読み頂きありがとうございます。