25/自分を信じるという事
お師匠様の弟子である……という事。
……そうだ。確かに、こんなに凄い人の弟子ならば、優秀でなくちゃならないだろう。
そもそも。
私はあの家の出る時にどう考えていた?
自分の力で頑張ってみたいと思っていたはずだ。
お師匠様に弟子入りして――あの時の気持ちを忘れていたのだろうか。
原因には多分、彼の事があるとは思う。
その事で頭が一杯になって、いろんなことが後回しになっていたし。
……何より、お師匠様なら大丈夫という依存があったのだろう。
それを止めて、自分だけで立て、とお師匠様は言っているんだ。
――頭では分かってる。
依存された側は、重荷に感じるだけだろうから。
……私は、迷惑だったのかな。
胸が締め付けられて、身体が重い。
「流石に今回の事を、全部手放しで貴女にやらせるつもりはないし、今後も課題という形で成果を見たりはするわ。
けど、全部私に任せれば良いと思われるのは嫌よ」
「はい……」
うつむく私の頭に、手が乗せられた。
温かいその手はぽんぽん、と軽く私の頭を撫でる。
「あのね? 貴女が嫌いだとか、邪魔だとか、そういう意味で言ってるんじゃないの。
私は貴方の成長が見たいのよ」
「……成長、ですか?」
顔を上げて、ためらいながらお師匠様の目を見る。
怒ってるわけでもなく、邪魔なものを見るわけでもなく――ただ、優しく温かい眼差しだ。
「そう。さっきも言ったけど『貴女ともう絶対に会わないわ』とか、今生の別れだとか言ってるわけじゃないのよ?
だけど、私はもう貴女は守られてるだけの子供じゃなくて、自分で考えて歩いていけると思ってる。……まぁ、多少なりと不安はあるけど、友達もできたみたいだし」
「……」
「そろそろ、私の手元にいる必要はないわ。
――元々私はこんな風に誰かに肩入れする気なんてなかったの。
放っておけなかったから、貴女の意思や努力する姿が気に入ったから弟子にし続けた。
貴女は私が認めてもいいと思えるくらいの能力を持ってる。
――あの子の呪いを解く道具も絶対に作れるわ」
そう、だろうか……。
私にそんな実力があるのだろうか。
不安は尽きない。
けど、それでも……。
「――自分を信じなさい」
自分を信じること――つまりは自信。
それが今私に必要な物なのだろう。
自信がないから、誰かに縋り、頼りたくなってしまう。
「……お師匠様は私なら出来ると……信じてくれますか?」
「もちろん。
私は私が唯一取った弟子ならば出来ると、自分の修行と教えを――そしてシア、貴女を信じているわ」
誰かの命がかかってるのは怖い。
――だけど、これだけ断言して信じてくれるのなら。
私はやるべきだ。
彼を助けたいという願いのために。
私を信じると断言してくれたお師匠様のために。
「――分かりました。私、頑張ります!」
「ん。良く言い切った。それでこそ私の弟子よ」
……こんなに嬉しそうなお師匠様の顔初めて見たかも。
頑張ろう。この笑顔に応えたい。
「……良かったわね。シア」
……おおぅ。オズちゃんがいるの忘れてた……!!
なんて恥ずかしいこの状況!!
あ、お師匠様も忘れてたって顔してる!!
そして顔が赤くなってきてる!!
「……」
「……」
「……」
三人の沈黙が続く。
正直気まずい。
こういう時こそラフィーク出番よ。どうかこの空気を壊して!!
期待を込めた目で見るけど、我関せずという顔で大あくびをして丸くなってるラフィーク。
……うう。こういう時ばっかり!
気まずい雰囲気を壊してくれたのは、お師匠様だった。
「――ともかく、解呪は任せるわね。レシピは今用意するわ。
私は私でやらないといけないことがあるから、頑張ってちょうだい」
「はい。
……あれ? お師匠様は何をするんですか?」
「もちろん、解呪道具用意出来るまで、あの子の体調を整えるために薬作ったり、看病したりするつもりだけど?」
「え?」
「貴女が思いの外動揺していて、言えなかったけど……。
あの子の看病を貴女に任せる時間と、私が調合する時間は採取する時間を考慮すると間に合うか微妙だったのよ。
呪いのせいか、それとも他の原因か分からないけど、生命力そのものが落ちてきちゃってるから、貴女の看病じゃちょっと不安だし」
「……それを早く言ってください……」
手分けで作業するしかないのなら、最初からそう言ってくれれば……!!
「だからさっきも言ったでしょ。思いの外貴女が動揺したから言えなかったって」
ううう。私が原因と言われては抗議も言えない!!
「まぁまぁ。一応言っておくけどね、シア。
あたしが一番の被害者だからね? あんな状況で黙って様子を見守るしか出来ないって、結構な苦痛だからね?」
「はひ……申し訳ございません……」
うぅ。私がオズちゃんの立場なら全く同じ感想を持つだろうから本当何も言えない。
「そうね。それじゃ、シア一人だと不安だし、部屋を用意するからここに住む?」
「えっ!?」
「あぁ。なるほど……でも良いんですか?」
「構わないわ。一人じゃ大きすぎる家だし、さっきも言ったけどシア一人じゃ不安だし。
オズちゃんと言ったわね。家賃代わりにこの子の面倒を見れる範囲でいいから見守ってあげてくれる?」
「はーい。良いですよ。立地もいいし、広いお家だし。それくらいなら全然余裕です」
おおぅ……。
オズちゃんが一緒に暮らしてくれるのは心強いけど、なんかトントン拍子で状況が整えられていってる……?
「いやー。良かった。
今は魔術師ギルドの寮にいるんだけど、狭いし早く出て行きたかったんだよね―」
「あぅあぅ……。解呪道具作るの、手伝ってもらいますからね!?」
「良いわよー。魔術関連ならある程度手伝えると思うし。
仲間でしょ? 協力するわ」
そう言ってウインク一つ。
……むぅ。
なんだろう。オズちゃんと一緒に暮らすのが楽しみになってきた。
それに――凄く、心強い。
お師匠様は一人で立てとは言ったけど、一人で頑張れとは言わなかった。
一人で何でもできる人なんて一握りだもの。
それこそ、お師匠様みたいな人くらい。
……オズちゃんと友達になりたいな。
仲間って言うのも素敵だけど――お友達っていうのは、私にとってとても特別だから。
私の中で”仲間”と言うのは、利害が一致してお互いに協力しながら何かを成し遂げる人達のイメージだ。
もちろん、ただのイメージだから仲の良いグループの方が多いと思う。
だけど、あくまで私の中で、という意味でなら。
”友達”と言うのは、利害が一致してもしなくても。なんてこと無い事だとしても。
見返りを求めるでもなく、お互いを思い合い、手伝ったり、協力したりする関係だと思う。
それは家族と同じくらい素敵なものだと思う。
――まぁ、お友達って本の中でしか知らないんだけど。
あぁ。そうか。ようやく分かった。
私は彼をどうしたいのか。
――そのためには、まず解呪道具作りを頑張らなくっちゃ!!
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