24/責任
「た、只今帰りましたぁ……」
声がか細くなったのは仕方ないと思う。
後ろめたさが物凄いんだもの。
「あら? シア? 早かったわねー。まだ準備途中――って何それ」
何、と来ましたか。
いえ……まぁ、誰というよりは、何って言いたくなるかもしれないけど。
「えぇと……話せば長くなるんですけど……。
とりあえず、こちらがお話していたオズちゃんです」
「いきなりこっちに振った!?
え、えぇと、お、オズと申します……」
「私はサージュよ。
……うちの子が巻き込んで悪かったわね……」
なぜ同情のこもった声で言うんでしょうか。
「いえまぁ……半分は一応責任あるし……」
なぜその同情に同意するんですか。
「お師匠様。あの、それで事情を説明するにも、一度彼をどこかに寝かせたいんですけど」
「元いた所に戻していらっしゃい」
「捨て猫じゃないんですよ。サージュさん」
「言いたくなる気持ち分かるでしょう?」
「まぁ……それはそうなんですけど、シアが探してた子らしいんですよ」
「……はぁ。仕方ないわね」
なんてオズちゃんは頼りになるんだろう……素敵!
「とりあえず、そこに座らせなさい」
お師匠様が視線で指すのはソファ。
「お師匠様。ソファではなくて、ベッドがいいです。私のベッドで問題ありませんから」
「あのね……貴女のベッドになんて寝かせられるわけないでしょう……。
とにかく寝かせておきなさい。先に清潔にしないと。
その後なら、私のベッドを貸してあげるわ」
そう言ってお師匠様は部屋を出て行く。
よくわからないけど、私は言われた通りに彼をソファにそっと寝かせる事にした。
「お湯でも沸かしに行ってるのかな。お湯沸かす位ならあたしの魔術でやっちゃうのに」
「……お師匠様の事だから、多分違うと思う」
だって、あの人は錬金術師だもの。
普通にお湯を沸かして拭うなんてしない気がする。
そんな話をしていると、すぐにお師匠様が帰ってきた。
手に持ってるのは……確かスプレーと言ってた、液体を噴霧させる道具だ。すでに中身が入ってるみたいだけど……何だろう?
「お師匠様。それは?」
「これ? もちろんこうするのよ」
そう言って彼に向かってぷしゅぷしゅと噴霧した。
すると、みるみるうちに彼の服や顔についていた土汚れが落ちていく――というか消えていく。
「なにこれ」
オズちゃんの気持ちがすごくよく分かる。
何が起きてるんだろう……これ。
「これ? 簡単に言うと汚れの浄化的な感じかしら?」
「……もしかして、私を拾ってくれた時もこれを使いました?」
「そうよ」
なるほど。
これなら服を脱がしたり、着替えさせたりしないでも清潔に出来るから安心だわ。
「お師匠様。それ、私も作りたいです」
「そうね。採取に何日も出るようになったら教えてあげるわ」
むぅ。いつになるやら……。あるとすごく便利そうなのに……。
「さ。綺麗になったし、私の部屋に連れて行くわね。
戻ってきたらちゃんと状況の説明をして頂戴」
「私が連れていきますよ?
ここまで私が背負ってきましたし」
「……この子のためにも止めておきなさい。そして背負ってきたという事は言わないであげなさい」
呆れ顔でそう言って、お師匠様は階段を上がっていく。
……どういう意味だろう?
「ねぇ、オズちゃん。どういう意味か分かる?」
「分かるけど……まぁ、気にしなくて良いんじゃない? 言わなきゃ良いだけだし」
……どういう意味だろう?
ううん? 意味が良くわからないな。
* * *
お師匠様が降りてきてすぐ、事情説明を求められたので簡潔に行った。
その結果、お説教が始まったのは予想の範疇だから致し方ない。
……確かに私が「オズちゃんとお出かけ」の内容をちゃんと説明しなかったのは悪いと思う。
でも、それってお師匠様がそう言いにくい流れにもっていったのが原因だし……。
さらにその後、近づくなと注意されていた路地近くに立っていたのだって、知り合いとの口論に巻き込みたくないからと、オズちゃんからの提案だったし……。
……一番はあの恋人同士が周囲の目も憚らずに……その、口づけしてるのが原因ですし……。
「何よその不満そうな顔は」
「……悪い事をしたなとは思っています。思っていますが、不可抗力っていう言葉もあると思ってます」
「……」
「……」
睨み合う私とお師匠様。
……早くも心折れそう……。
美人さんの睨みつける視線ってすごく迫力がある……。
冒険者ギルドの、顔が少々怖い方々よりよほど怖い。
「――はぁ。それでどうするの?」
「どうする……とは?」
問うてる意味が分からなくて首を傾げる。
「貴女が彼を助けたいってのは聞いてたわ。
聞いた限りじゃまぁ、貴女にとって命の恩人みたいだし、盗賊団に所属はしてたけど最悪の一線は超えてないようには思えた。
――どっちにせよ、見つけてみないとなんとも判断しづらいから止めなかった。
……けど、あの子をどうしたいわけ? そもそも、あの子を助けて何がしたかったの?」
「彼を……」
――私はどうしたかったんだろう?
私を助けてくれたように、彼を助けたかった。
けど、彼を助けるというのはどういう意味だったんだろう……?
「――まぁ良いわ。今すぐ結論を出さなくてもね。
でも、あの子が元気になるまでには結論を出しなさいね」
「それはどういう……?」
「あの子、呪われてるのよ」
……呪い?
「どういう意図で呪ったかは分からないけど、とにかく雑で質悪いのがかかってるから早く解呪した方がいいわ」
「そんな……!? お、お師匠様なら解呪できますか!?」
藁にもすがる思いで問いかけると、お師匠様は当然と頷く。
――良かった。
そう、ほっとするのも束の間。
次の瞬間、私はお師匠様に突き放されたような気持ちになった。
「けど、貴女が調合なさい。それが拾ってきた人間の責任ってものよ。助けたいんでしょう?」
「わ、私が……?」
「後でレシピの書き出しはしてあげるから、家である素材はそのまま使っていいけど、足らないのは採取に行きなさいね」
だって、そんな……呪いって言ってたし、時間が……足りるの?
彼を自分自身の手で助ける。
それは、願ってもないことだ。
――でも、それは彼の命がかかっていない時、という前提。
誰かの命がかかっている時に、私が失敗してしまったら――そんな怖い事は想像したくない。
手が震える。多分、顔も青ざめてると思う。
オズちゃんも気遣わしげに私に視線を向けながら、何も言えないみたいだ。
「……良い?
私はそろそろ森に戻るわ。
その時を考えて、安全になるよう環境を整えてあげた。
知識を与えて、技術を教えて、この家も貴女に留守を任せるという形で、貸してあげるつもり。
これで、生きるために必要な最低限は揃った。少し位は支度金としてお金も出してあげましょう」
「……」
それ以上を望むのは贅沢だ。
頭では分かってる。
だけど、それでも……。
手が無意識に伸びる。
少し視界が歪んでる気がする。
嫌だ。
置いて行かないで。
エリック様を見送った時とみたいな既視感が胸を締め付ける。
――寂しい。
「……そんな顔してるんじゃないわよ」
呆れた口調で。
だけど、とても優しい声音でお師匠様は微笑む。
その態度に、先程の突き放すような言葉が嘘だったように思える。
「弟子はね、いつか自立するものよ。
いつまで私の弟子として、巣に篭ってるつもり?
私の弟子なら、誇らしげに羽ばたいて頂戴」
「……羽ばたく……?」
「そう。弟子はいつか師匠を追い抜くもの。
もちろん、私みたいな超一流を追い抜くなんてそうそう出来るものじゃないけど、その気概でなくてどうするの?
他の誰でもない、私の弟子なのよ?」
ただ、まっすぐに私を見てお師匠様は言った。
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