少年03
彼女を手放したあの日から、幾日も過ぎていく。
季節も変わり、冬が春になった。
変わったことと言えば、商隊が生き残っていたらしく、もともとかけられていた賞金が上がったらしい。
何度も騎士団や冒険者に狙われた。
その度に彼は、腕や足を自分で傷つけて血を流して魔物を誘う。
いっそ自分も盗賊団の面々も食われて死ねばいいと、投げやりに。
別に年頃の少女が可愛いかったから、惚れたというわけじゃない。
ただ、彼女を生き残らせる――いつか自分も報われるかもしれないという小さな希望が消えて、何もかもが嫌になっただけだ。
最近は監視がきつく、路地裏の子供たちにも会えていない。
彼等は無事だろうか。食事が取れているだろうか。
それだけが彼の支えだったと言っても良い。
そんなある日の事、冒険者とおぼしき青年が喧嘩を売ってきた。
運の悪いことに、食料の仕入れに出かけた途中で、十人程しかいない時だ。
「お嬢様をどこへやった!!」
両の手に剣を構え、鬼気とした様子で恫喝する。
そして、当然ながら盗賊団の面々は、喧嘩を売られたと判断して返り討ちにしようと戦いが始まった。
戦いの中、少年は呆然と立ちすくんでいた。
”お嬢様”という言葉で連想するのはあの少女の事。
やはり彼女には心配してくれる人間がいたのだ。
後悔が彼の胸を締め付ける。
だからだろう。
青年が獅子奮迅の勢いで交戦している中、劣勢だと判断して逃げ出す仲間達から出遅れたのは。
結果、彼は青年に捕まった。
手首を縛られ街へと歩かされていく。
捕まることは別に怖くなかった。
それだけの事を強要させられたとはいえ、してきたのだ。
まともな死に方が出来るとは思ってなかったし、この後情報を吐かせるために拷問にでもあうのだろうとぼんやりと思ってた。
だがふいに、路地裏の子供たちが気になった。
無事だろうか。せめてひと目会いたい。会ってから、死にたい。
だから彼は、まだ残っていた羅喉石を外した。
どうやら自分の魔力はかなり美味しい餌に見えるらしく、すぐに魔物はやってきた。
青年が手続きのために少年から目を放してたのも幸いしただろう。
どさくさに紛れて、彼は街の中へ逃げ込んだ。
幸いなことに路地裏の子供達は、少しやつれているものの無事だった。
しかも、彼が戻ってきたことを我が事のように喜んでくれたのだ。
幸せをこれ程噛み締めたのは初めてだと思う。
彼は、子供達に自分がしてしまったこと、これから出頭することを告げて出ていこうとした。
しかし出頭しようとした時、呪いが発動した。
確かにこれは明らかに裏切り行為。呪いが効果を発揮するのは当然の事だろう。
苦しむ彼に、子供達は泣きながら訴えた。
苦しいなら出頭なんてしなくていい、自分達と一緒にいて欲しいと。
だが、彼が逃げ込める場所など盗賊達だって知っている。
長くいればすぐに連れ戻されるだろう。
幸いなことに今は彼が逃げたせいで厳戒態勢が敷かれていて、簡単に街には入れないだろうが。
彼にとれるのは盗賊団が動く前に、自分の呪いを解く方法を探す事だけだった。
気は進まないが、幸いなことにこの街には魔術師ギルドが存在する。
そこでなら、解呪が可能かもしれない。
昼は魔術師ギルドの方へ向かい、夜は子供達と一緒に眠る。
そんな日々に彼は少しだけ安堵していた。
けれど、それも少しの間だけだ。
すぐに手配書でも回ったのか、彼を捜索する者が現れ始めた。
子供達に迷惑はかけられないと、彼は住処を魔術師ギルド周辺に落ち着けた。
それでも、解呪手立てはなかなか手に入らなかった。
金銭を餌に実験体を探す魔術師は多い。
だから、そういった魔術師に金銭の代わりに呪いを解いてくれと頼むが、だいたい断られるのだ。
解呪が面倒だからなのか、それともそこまでの技術がないのからなのかは分からない。
ただ、手詰まりなことだけは分かった。
それでも諦めずに、魔術師を捕まえては断られる日々を繰り返していると、ある日子供達の一人がやってきた。
どうやら、最近下火になってきた彼の賞金を狙ってる者がいるらしい。
またか、と思ったが裏路地で逃げ回るのは得意分野だ。
盗賊団の仲間だったならば、逃げた時点で呪いが発動するかもしれないが、賞金首相手なら逃げる事は簡単だろう。
そう彼は楽観的に思っていた。
一つだけ気になるとすれば、緑の髪と白い髪の少女二人が聞き込みに着たということだけだ。
その直後だった。
聞き込みに着たという少女が、裏路地から見えたのは。
少年は子供を住処に戻るよう指示して、路地裏へ連れ込んだ。
普通は賞金首探しなど、若い女がやることではない。
ならば何故自分を捜しているのか、興味が沸いたから聞いてみたかったのだ。
大した利用もない時には、こんなことは止めておけと言うつもりで。
害すつもりはなかったから、逃げれない程度にしか力を込めていなかったが彼女は逃げる素振りもしなかった。
しかし、気のせいだろうかと彼は思う。
捕まえた彼女の近くにいる黒猫は見覚えがある気がする。
だが、白い髪の少女に知り合いなどいない。
なれば――何故?
「あ、あの」
「――っ!」
恐る恐ると彼女が尋ねる声に聞き覚えがあった。
(まさか……いや、そんな訳……あいつは魔物に……)
少年は戸惑いながら否定する。
仮に生きていたならば、喜ばしいが――こんな姿を見せたくはなかったのだ。
「シアー? どこー?」
聞こえてくる少女の声。
少年は悟った。
なぜ黒い髪ではなく白い髪なのかは分からないが、この子こそが、あの日死んだと思った彼女なのだと。
(逃げるか? それとも……)
彼女ならば、多分大丈夫だろう。
こちらを害するつもりはないだろうし、危険も少ないと思う。
だが、自分の手は汚れている。
物理的な意味でもだが、犯罪者という意味で。
盗賊団に誘拐未遂に合いながらも、こうして無事に街について暮らせてるなら自分が関わらない方がいいんじゃないか?
話したいという気持ちはあった。
ずっと自分で自分を責め続けていたからか、彼女の事を一度も忘れたことはない。
顔も、声も今ではほとんどはっきりと思い出せなかったのに、目の前にすればこんなに鮮やかに彼女を思い出せるなんて、彼自身思いもしなかった。
そんな時、「ばぢぃっ!!」と鈍く弾けるような音と共に、彼の腕に熱を伴った痛みが走る。
どうやら彼女の連れが、彼女を守るべく攻撃をしてきたようだ。
実に正しい判断だと言える。
「そこのあんた! その子から離れなさい! さもないと次は警告レベルじゃ済まないわよ!」
(そりゃそうだよな)
彼女と話してみたいとは思ったが、彼女は違うだろう。
よしんば彼女が自分に再会したくて探しに来てくれていたとしても、犯罪者の自分が会うべきではない。
だったら、もう会わないようにするしか無いだろう。
――そう判断して逃げたものの、彼は少女の執念とも言える逃走劇の末、結局捕まったのだった。
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