22/多分全てはバカップルのせい
「――というわけで、本日の夕食は我が家というか、お師匠様の家でいかが――どうかな。オズちゃん」
「……あんたの師匠って、まるっきり保護者って感じなのねぇ」
保護者……確かに。
衣食住の面倒を見てくれて、私の安全に気を配ってくれるのは、傍から見ると完全に保護者だね。
「おっけー。せっかくだから、夕飯ごちそうになるわ。ありがと」
私が軽くショックを受けていると、オズちゃんはくすくす笑いながら言う。
よかった。これでお師匠様に嘘……はついてないけど、言い出せなかった後ろめたさが多少が楽になった気がする。
「そんじゃまー、夕食っていう時間も区切られたことだし、早速探しますかー」
「はい。がんばり……頑張ろう! オズちゃん!」
二人で笑ってから歩き出す。
確かにこの様子だけを見たら、友人同士のお出かけに見えるかも。
……実際は治安の悪い場所へ向かうわけだけど。
* * *
早速件の治安の悪い地域へと向かって情報収集。
人相書きはないので、『黒目、黒髪、年の頃は十五歳前後』で聞き込みを始める。
治安が悪いと言っても私が足を踏み入れても大丈夫だろう、という前提で選んだ地域だからか、明らかに危険そうな人はいなかった。
ただ、みんなお腹を空かせていて大抵の場合、情報と交換でお金か食料をせがまれる。
無料で情報を手に入れる気はなかったから、それは良い。
だけど、もらった上で『そんな奴は見てない』というのはちょっとやめて欲しいなぁ……。
確かに『見ていない』というのも情報といえば情報だけどね……。
「んー……。全然情報が入らないわね」
「そうだね……」
「そういえば、他にも同じ人を探してる人がいるっぽいわね」
「あぁ。賞金首になっちゃってるし、賞金狙いの人かも……」
「なるほど。うーん。この辺りにはいないのかもしんないわねぇ」
太陽はまだ真上。
切り上げるには少し早い。
私の視線に気づいてか、少し困った顔をするオズちゃん。
「他の場所も探してみたい?」
「……出来る事なら」
頷きながら言うと「やっぱり?」と小さく呟いて、何やら考え始める。
多分、自分と私の安全を秤にかけながら、行けそうな場所を探してるんだと思う。
ややあって、深くため息をつくオズちゃん。
「よっし。乗りかかった船だもんね。
仕方ないから付き合ってあげる。でも、注意事項を言うからそれを絶対に守る事!」
「はい」
そう言って出された注意事項は……なんだか子供に向けた物に思えた。
一つ、絶対に一人で動かない。
二つ、危険を感じたら誰かに助けを求める。
三つ、彼を見つけても一人で勝手に行動しない。
「分かりました。ちゃんと約束しま……するね」
「ん。じゃあ、行くわよ」
そう言って歩き出す。
目的の場所は、オズちゃんが所属する魔術師ギルドから少し離れた辺りらしい。
ちなみに、魔術師ギルドは未開拓地域が広がる東側に存在する。
なぜ東にあるのかと言うと、魔術師ギルドはよく魔術の実験で爆発とか騒動が起きるからだ。
私がバイトを始めてから、すでに三回は魔術関連の騒ぎが起きているっていうのだから、理由も察せられると思う。
お陰で、魔術師ギルドの周囲には魔術師ギルド関連の建物ばかりで、民家もほとんどないらしい。
誰だって騒ぎが頻繁に起きる危険な地域には住みたくないだろうから、気持ちは分かるけど。
少しだけある民家は、かなり賃貸料が安くて、冒険者が住んでたり少しガラの悪い人たちが多いそうだ。
また、冒険者ギルドを通さない、魔術実験の募集もしているからか、定職を持たない人たちが多く住み着いているという。
オズちゃんが向かっているのはまさにそういう人達が溜まってる地域らしい。
「一応その辺の連中なら、魔術師であるあたしに喧嘩を売る奴は少ないはずだからね」
「どうして?」
「だって、魔術実験で食いつないでる奴からみたら、喧嘩を売って食い扶持減ったら困るでしょ?」
なるほど。
オズちゃんの説明に頷いて、景色を見ながら街を歩く。
冒険者ギルドは西の街道側に本部があって、私がバイトしてるのは本部だ。
だから、こっちに来たのは初めて。
お師匠様との買い物も、中央の市場くらいだったし。
普段では見慣れない景色は、見ていて結構楽しい。
彼が見つかったら、お師匠様の言う通りオズちゃんと遊びに来てもいいかも。
そんな風に考えられたのも、中央市場を少し出た所まで。
魔術師ギルドの方へ近づけば近づくほど、冒険者らしきちょっと見た目の怖い人がいたり、何とも言えない薬品の匂いが鼻につき始めて来た。
オズちゃんや魔術師ギルドの人には悪いけど、あんまりこの辺りには来ない方が良さそうだなぁ。
……そういえば、治療院もあるんだっけ。怪我した人とかも見かけるし、この匂いは治療院が原因かしら。
「にゃあ」
肩にのったラフィークも、少し警戒を強めたのか少し落ち着かない。
それでもてくてくと歩いていると、オズちゃんがふいに立ち止まった。
「どうかしたの? オズちゃん」
「うーん。会いたくない先輩がいるわ」
「会いたくない先輩?」
首を傾げながら、オズちゃんの向かう視線を私も追いかけて見てみるけど、人通りが多いからよく分からない。
「どーっすかな」
「この人の多さなら、気づかないんじゃない?」
「いーや。こういう時に限って見つけて――うわ。やっぱり気づいた!!」
本当だ。こっちを見て寄ってくる人がいる。
でも私の目では、顔も性別もよくわからないんだから、よっぽど苦手か嫌いな人なんだろうなぁ。
「あーもぅ。仕方ない。
多分口喧嘩になっちゃうと思うから、離れてて。
いーい? 絶対に一人でどっか行っちゃ駄目だからね?このまま大通りにいるように!」
「……はぁい」
言われなくてもちゃんとそれくらい分かってるのに。
って、ひどい。ラフィークも頷いてるし!
失礼しちゃうわ……。
とりあえず言われた通り、道の端っこの方へと移動する。
丁度ベンチもあるしそこで座って待ってようかな。――と思ったら。
一足先に、見知らぬカップルが座ってしまった。
……仕方ない。適当に壁際で立ってよう。
「あぁん。ダーリン。もう怪我は大丈夫なの?」
「もちろんだともハニー。君が毎日御見舞に来てくれたおかげさ」
聞き耳立ててるわけじゃないの。
でも聞こえる範囲に居るんだから仕方ない。
ちらりと視線を向けると、私には気づいていない。いや、二人共お互いしか見てないんだろうな。
……随分と熱々みたい。仲が良いのは良いことだし……うん。
治安があんまり良くない場所っていうけど、こういうカップルが居るということはそこまで危険でもないのかなぁ。
オズちゃんの方は……まだ時間がかかりそうだな。
ふいに、横のカップルが静かになる。
なんだろうと見ると――あろうことか、こんな人通りの多い場所でく、口づけを……しているっ……!?
見てしまった事と、人目もはばからない二人にものすごく居た堪れない!
逃げよう。少しでいいから逃げよう。
頭の中で「これが平民の普通」と何度も繰り返したせいもだろう。
人様の口づけなんて衝撃場面を見てしまって、動揺したのもあるだろう。
ここが、治安が悪い事を一瞬でも忘れたのもあるだろう。
カップルから離れるように、横歩きで移動して。
これくらい離れてれば大丈夫という距離で。
――私は背後から伸びた腕に捕まった。
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