18/冒険者ギルド
「あの娘がサージュ姐さんの……?」
「サージュの旦那じゃねぇの?どっちにせよなんか、普通だよな」
「結構可愛いけど、普通だよな」
ひそひそと後ろから声が聴こえる。
まぁ、あれだけ美しい人の弟子なら、注目されるのも分かるけど。
……居心地悪いなぁ。
今私が居るのは冒険者ギルドのロビー。
ロビーと言っても、ちょっとした食堂も兼ねてるようで、いくつもテーブルがあり飲食をしている人も多い。
それにしても……仕方ないんだろうけど、食事の作法が……。
見ていて、あまり気分が良いものじゃない。
家を出る時にグレゴリー達が所作が違うからと言っていたけど、食事の作法とかも違うのか……。
お師匠様は私とそう変わらないから、気づかなかった。
……そういえば、商隊と一緒の時は一応お客扱いだったから、商人さんと一緒で、仕事柄かやっぱりちゃんと作法が出来てたな。最後の野営の時は食べそびれたし……。
ちなみにそのお師匠様は、ギルドの奥へと向かって私はお留守番です。
ギルドの外に出なければ好きにして良いと言ってたけど……。
周囲を見回す。
食事を提供してくれるカウンター。
とっても混んでます。今はお昼時をやや過ぎて、そろそろ夕方位なのに。
冒険者が依頼を受けたり、受けた依頼の完了報告をするカウンター。
何人も人が向かっては、受付嬢の方々に色々話しているみたい。比較的空いてるけど忙しそう。
壁際にあるいろんな木札がかかった掲示板。
今は数人がぽつぽつ居るだけ。
……人の邪魔にならなそうなのは、あっちかな。
私は立ち上がって掲示板の方へと近づく。
するとざっと人が避けていくという謎現象。
……あの、何故に私を避けるの……?
なんか傷つく……。
それともお師匠様はそんなに凄い人なのでしょうか。
だから弟子と公言された私に対して、こんな対応だとか……?ううん。
……お師匠様が色々と凄いことに異論はないけど、私はただの無力な小娘なのに……。
気を取り直しつつ、掲示板を観察する。
どうやらこの掲示板にかかってる木札は依頼らしい。
仕事内容、想定される危険、難易度による区分、報酬金額が書かれている。
中には討伐依頼とか採取依頼、護衛依頼なんてのもあるのね。
……うわぁ。
護衛依頼って高い……。
いや、お値段が高い理由は分かるけど……。
危険があった時に守らないといけないってのは結構なストレスです。
護衛対象に怪我をさせたら、賠償問題になるかもしれないし。
地域にもよるけど、最低でも三百六十Gからか……しかも一人頭のお値段。
えぇと……宿代が大体五十G。軽食が六~八Gだから……食費込の宿生活でも五~六日は軽く生活できるのか……。
けど、一日仕事して三日しか休憩出来ないとも言えるし、雇われる側からみたらそこまでの金額じゃないのかな。
えぇと……私が作る水薬が大体一個、百~百六十G。
数日雇うには……三日として一人最低千八十G。
それを複数人雇うほどに金額が上がって、食費を入れると……。
その上、盗賊団と戦う可能性がある場合……もっとお値段上がるはず。
お金が……お金が足らない……。
一応、盗賊団の事を領主や兵士、騎士達に陳情することは出来る。
だが忙しいだろうから後回しになるかもしれない。
そして仮に討伐をしてくれたとしても――彼が無事である保証がないのが大問題。
名前も知らない人。
顔もすでにおぼろげ。
そんな相手を特定してもらえるだろうか。
いや、そもそも盗賊団に在籍している以上、まとめて討伐対象になりかねないだろう。
自分の手でやるしかないのだ。
犯罪者を助けるのかと問われると、なんとも言えないけど、彼はさほど悪い事をしてないと思う。
「――あ。これ……」
一つの木札を手に取る。
そこには、盗賊団の情報求むと書かれていた。
どういう犯罪を行った相手かの情報が書かれており、出没地域や使った手口も載っている。
……この依頼。
時期と手口に覚えがある。これはあの盗賊団の事じゃないだろうか。
『情報求む』だから、教えてもらえるか分からないけど聞いてみよう。
いそいそと木札を手に受付嬢さんへの質問をしに行く。
流石に自分の用事があるからだろう。
今度は避けられたりせず、普通に並べた。ここで避けられたら凄いショックでした。
並ぶことしばし。
ややあって受付の彼女はにっこりと微笑んでから説明をしてくれる。
「はい。そちらの依頼は被害にあった商隊からの依頼ですね。
どうやら便乗していた方が、盗賊団に誘拐されたみたいで……。
十四、五歳の女性で、その事を知った女性の関係者が商隊を通して依頼を出したという経緯だそうです」
なるほどなるほど。
……ん?
そういえば、私……グレゴリー達にまだ手紙を出していない。
そして彼等から見ると、私が盗賊団に誘拐されたと思っているのが自然なのでは……?
……おぉぅ。
これ早く連絡いれて安心させないといけない案件じゃないですか!!
「あ、あのぉ……」
「何でしょう?」
「お手紙ってここで出せるのでしょうか?
それとも他の場所へ行った方が……?」
「手紙なら、役所で出した方がいいですね。定期的に各地へと配送してくれます。
もしも急用なら、冒険者に依頼を出すことも出来ますけど……お金が余計に掛かりますよ」
「ですよね……」
早く知らせないといけないけど、それなら普通に出した方がいいだろう。
「あの……所でちょっと良いかしら?」
「はい? なんでしょう?」
「手紙を出したいみたいけど……文字の読み書きができるの?」
「えぇ。出来ます。古語とかはあまり得意ではないですが」
さすがに古文書レベルは読めない。
お師匠様の所で勉強していて、少しは読めるようになってきたけど。
「へぇ……そうなんだ」
あれ。なんだろう。
いきなり寒気を感じる。
複数ある他の受付嬢の方々からも視線を感じるんですが……!
ここを早く離れるべきだ。
そう直感が囁く。
しかし、狩人のような目をした彼女は、私が動き出そうとするのを見逃さなかった。
離れようとした瞬間、手をがしぃと掴まれる。
正確には両手のひらで、私の手を握手するように捕まえた感じですが、気分はがっちりホールドされた感じです。
「な、なんでしょう?」
「ちょっと質問させてくださいな。
サージュさんのお弟子さんですし、計算とかもできちゃいます?」
「まぁ……複雑な計算でなくて帳簿付けくらいならなんとか……」
「ああいう、強面の人をどう思います? 普通に受け答え出来ると思いますか?」
視線の先には、確かにちょっと怖そうな男性がいます。
普通に受け答え……という意味の意図は分からない。
「えぇと……友人ではないので、世間話というのは無理かと……」
「いや、そうじゃなくて。
――えぇと、そうね。例えば、定型文での挨拶や、マニュアルに沿った会話、かしら。
それなら出来ると思う?」
「お手本があるならまぁ……多分、普通に出来ますけど」
顔に出さないというのは貴族の基本だ。
相手が怖い顔だったとしても、顔に出さず、臆さずに話さなければならないものだから。
……まぁ、そういう風に教え込まれてはいても、そういった対応をした事はないけれども。
「お金、困ってないかしら?」
「えっ」
「困ってるのよね? さっき掲示板の所で凄く悩んでたものね?」
バレてます。いつの間に見られてたんだろう。
「貴女の悩み相談に乗ってあげるから、私達の相談も乗って欲しいの」
にこやかかつ、威圧的な笑み。
何故私の周囲にはこういう笑顔する人ばかりなのだろうか。
……この威圧的な笑顔に勝てた事は一度もない。
するだけ無駄な努力なら、相談に乗ってくれると言ってるうちに、話を聞いた方が良いのかも。
「……先に私の相談に乗ってくれるなら……。そして、その助言が本当に役立つなら……」
「おっけー! 任せなさい! お姉さんにどーんと相談しちゃってちょうだい!!」
キラキラとした笑顔。
……悪い人ではないと思うし、悪意は多分ない。
相談……してもいいのかな?
ためらいつつも私は、先程の盗賊団のこと。盗賊団にいた彼の事。
そして、私がどうしたくて、そのためにお金が必要だと言うことを相談した。
難問だと、私は思ってた。
答えなんてそう簡単には出ないって。
けど、彼女はあっけらかんと、不思議そうに言った。
「とりあえず戦力が欲しいっていうだけなら、パーティを組めばいいじゃない?」
パーティ。
……踊ったり、美味しいものを食べたりする社交の場……ではないですよね?
お読み頂きありがとうございます。
※賃金の辺りを見直しました。