17/メーレの街でお買い物
メーレの街。
メレンピアンティナ領最大の都市。
そう。都市です。
うちの領とは比較にならないほどの人口数。
それは、この領でしか手に入らない物を求める商人や、一攫千金を夢見る冒険者でかさ増しされてると言える。
多分元々この地域で住んでた人達より、移住して来た人のが多いだろう。
ただ、この都市が都市であるのはもう一つ理由がある。
それは、メレンピアンティナ領が危険だからだ。
ここ百年ほどは壊滅的な被害がないとはいえ、少し都市から離れて領の奥に行けば、魔物の被害が急増する。
だからいくつもほどほどの都市を作るくらいならと、一つの拠点を破壊されないようにしっかりと防御を整えたらしい。
その結果、商人達も安心して商いにこれるのだと言う。
一応、輸入だけでは賄えないため、この領にも小さな村がいくつかあり、そこで食料を作っているらしい。
そして、そんな村を守るのが冒険者達で彼らを雇う賃金は領主が出してるそうな。
そんな事を考えながら私はぼんやりと立ち尽くしていた。
「ほら、この服当ててみなさい、色はどう? サイズは?」
そう言ってお師匠様が私にスカートを手渡してくる。
丈も良いし、良い生地。色も淡い色合いの黄緑で好み。うっすら黄色の糸で刺繍まで入っててとても良い品だと思います。
ですが……。
「あの、お師匠様。先程のお店でも買いましたし、もうこれ以上の量は……」
「なにを言ってるの?
せっかく可愛い外見をしているんだから、着飾らないともったいないじゃない!」
……。
確かに最初は楽しかったです。
自分で自分好みの服を選ぶ事は、一度やってみたかったから。
けれど……けれどそれも最初の一軒だけです。
ほくほく気分で服の包みを持っていたら「次のお店に行くわよ」と連れられて……すでにここで三軒目。
結構な高さになるまでお師匠様は服を選ぶ手を止めない。
センスはいいですし、私の好みを熟知した上で見せてくれるので、そこは良いのだけど。
とにかく量が多いのが困ります。
……お会計が怖い。
お師匠様が出してくれてるけど、あの金額を稼ぐのはものすごく大変だと思う……。
「お、お師匠様。
他にも生活必需品や食料に、香辛料等も買うのでしょう? 持てなくなりますよ?」
「大丈夫。安心なさい。そういう時のための道具は持ってきてるわ」
そう言う問題ではないかと!!
いえ、止めるために出した問題ですけども!!
「っと、そろそろ採取に行く時用の服も欲しいわね。これとかどう?」
そう言って見せてきたのはなんと、膝よりもやや短いスカート。
普通女性は足を見せるのは、はしたないとされてる。
だから、こんな短いスカートが販売してるという事実にぎょっとしてしまう。
「な、なんですか、その丈は……」
「ん? 普通だけど?」
「どこが普通なんですか!?
採取に行くならトレーニングの時に着ていたようなズボンのが良いでしょう!?
絶対に歩き回ってる時に葉っぱで切ります!」
「これの下に薄めのズボンを履けば良いじゃない」
「最初からズボンで良いじゃないですか」
「嫌よ。美しくないわ。
トレーニングの時は買いに行けなかったからあれで我慢してたのよ」
う、美しくないって……実用性のが大事じゃないですか……。
「良い機会だから言っておくわね。
私の弟子である以上、身に着ける物には美しさを求めてもらうわ。
貴方もせっかく可愛いのだから、その可愛さを引き立てていきなさい。
そのためなら任せなさい。
服に過剰なほどの付与効果を施してあげるわ」
ふふん、と楽しげに言い切りましたこの方。
……お師匠様の美に対する拘りを甘くみてました……。恐ろしい人!!
* * *
結局お師匠様に押し切られ、私の採取ルックはスカート姿になりました。
……下に薄手のズボンを履くとはいえ、恥ずかしい……。
それはそれとして……。
お師匠様がお会計の間外で待ってろと言われてので、外で待ちつつ道行く人を見る。
親世代のような人は、割りと長いスカートを履いていた。
けれど、若い世代――私と同年代の子や冒険者らしい人はスカートの丈が短い。
人によってはズボンだったりもするけど、膝丈だったりもっと短かったり……これが貴族の常識と平民の常識の差……?
でも今までの村で見かけた平民の方々は普通に長めの丈だったし……。
メレピアンティナの特色なんですかね……。
それともイングリッド領が田舎過ぎて流行遅れだったとか……。
どちらにせよ周囲が同じ格好であるなら、多少恥ずかしさも減るから助かるけど。
ぼんやりと街中を見ていると、騒ぎが起きてるような声が聞こえた。
なんだろう?
そう思ってそちらへと顔を向けると人垣があった。
師匠の方は……。うん。まだ値段交渉してるみたいだから大丈夫ね。
ただ待ってるの暇だし、ちょっと覗いて来ちゃおうかな。
「ラフィーク。ここでお師匠様が来たら私があっちにいるよと教えてね」
「……にゃー」
不満そうながらも、仕方がないなぁと言わんばかりのお返事。
むぅ。言いつけ守らないのは良くないけど、少し位ならいいじゃない。
というわけでいそいそと人垣に混ざる。
幸いな事に周囲の人はみんな中央の騒ぎに夢中。
……うん。混ざったはいいけど、見えないね。
こう、無理やり人を掻き分ければ良いんだろうけど、そこまでして見たいわけじゃない。
興味はあるけど……。仕方がないので声だけでも聞いてようかな。
ちらちらと人の隙間から見える中の様子だと、どうやら女の子と男の人が言い争ってるみたい。
女性の方は鮮やかな黄緑色の髪が肩まで揃えられてるのが特徴で、杖を手にしている。
一方男性の方はというと……腰に剣を吊るしていた。冒険者だろうか。
「だーれがガキよ!!」
「ガキにガキって言って何が悪い!!」
「じゃあ、そのガキのお尻触るあんたはド変態ね!!」
「たまたまぶつかっただけだっつの!!」
……ううん。
状況を見てないので分からないけど、痴漢とその冤罪を訴える……という状況かな?
しかし、あの女の子すごいなぁ。
私と同じ位だと思うけど、あんな大人のしかも男性に一歩も引かずに口喧嘩するなんて。
なおも口喧嘩を続ける両者。
……あ。女の子が杖を構えた。
あの子が強いかどうかは私では分からない。
けど、武器をつかって攻撃をしようという状況は危険だと思う。
これって拙い状態なのでは?
この街にも警備の兵士がいるはずだけど……。
不安になりつつ、人垣からそっと離れる。
兵士の人……いないかな?
「こらー!! 貴様ら何をやっている!!」
周囲を見回して兵士がいないかと探していると、突然怒声が響く。
何事かと思ったら、なんの事はない私とは反対側から兵士がやってきたらしい。
口喧嘩が、殴り合いにならなくてよかったとホッとしていたのもつかの間。
「やべぇ!」
「やばっ!!」
人垣が崩れる。
見物人達も自分達が疑われてはたまらないと逃げ出す。
ってきゃー!
人がっ! 人がっ!!
「あ、ごめんっ!」
どん、どんと色んな人がぶつかってくる。
痛いのは諦めるとしても、もみくちゃにされて今自分がどちらを向いてるかもわからない。
気がつくと私は道にへたり込んでいた。
あぁ、目がぐるぐるする……。
「君、大丈夫かい?」
「はひ……?」
焦点がうまく定まらない目で、声の方を向く。
鎧を着ているから、多分警備の兵士だろう。
「だ、大丈夫です。ご心配おかけしました」
差し出してくれた手を取り、立ち上がる。
「この街は初めてかな?
血の気が多い奴が多くてね。
こういう騒ぎは日常茶飯事なんだ。怪我はない?」
「は、はい。大丈夫です。
……賑やかで活気がありますね」
「モノは言いようだけどね」
そう言ってお互いに苦笑する。
「シア! 貴女、店の前で待ってなさいと言ったでしょう?」
怒ったお師匠様の声に背筋がしゃっとする。
「おや? これはこれは……えぇと、保護者の方で?」
「えぇ。うちの子が何かご迷惑をおかけしたなら、お詫びしますわ」
ニッコリと微笑む。
ちなみに今のお師匠様は、あまり体のラインが出ない服だ。
……一応ズボンだけど、女性にも見えるだろう。
兵士さんも少し見惚れているみたいですし。
……その方は男性ですからね。お気をつけて下さいね。
心の中で兵士さんに注意しつつ、お師匠様と兵士さんに何があったのかを伝える。
「なるほど。
暇だったのは分かるけど、勝手に動かないで頂戴」
「はい。申し訳ありません……お師匠様」
「まぁまぁ。ともあれ、あまりああいう騒ぎには関わらないように気をつけて下さいね」
「はい。ありがとう存じます。兵士様」
私がお礼を言うと、一瞬不思議そうにしつつ、兵士さんは去って行く。
はて。何か変な事をいったかしら……?
「……シア」
「はい? なんでしょう? お師匠様」
「丁寧なのはいいけど、様付けは止めておきなさい」
「何故でしょう? 目上の方に様をつけるのは普通ですよね?」
私がそう言うと、お師匠様は「はぁぁぁぁ……」と重たいため息を一つ。
「良い? これは指示よ。命令と言ってもいいわ。
貴族階級でもない相手に、様付けはしないように。さん付けで十分よ」
「……かしこまりました」
どうやら呼称でも、平民と貴族は違うみたいです。
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