少年01
彼――ジャス自身が何者であるかを知らない。
記憶喪失というわけではないが、自分がどこの誰か分からなかった。
ジャスと言う名前さえ、本名かどうかも分からない。
何故かというと、魔物に襲われて気がつけば森の中だったからだ。
家族と呼べる人達は居た気はする。
だけど、その人達の下へ帰る方法すら分からないまま、彼は魔術師に拾われた。
それが幸運だったか、不幸だったのかは今でもよく分からない。
ただ、あのまま魔術師に助けてもらえなかったら、路頭に迷っていただろうし、何より魔物に殺されていたことだけは確かだ。
そう考えれば、まぁ、幸運だったのだろう。――その後の生活は幸福とはとても言えなかったが。
何故なら、魔術師は彼を研究材料にしたのだから。
魔力含有量の確認に、血液を取られるのは序の口で。
どれだけ魔力が増えるのかと、本来子供に飲ませるのは危険な魔力増加効果のある薬を飲ませるのは当たり前。
その上で魔物をおびき寄せる囮にしたり、下働きとしてこき使われた。
……それでも文字の読み書きを覚えさせてもらえたのは、やはり幸運だったのだろう。
だが、彼が年を重ねていくごとに魔術師の態度はおかしくなった。
身の危険を感じて少年が魔術師を騎士に捕まるよう仕向けたのも仕方ないと言える。
しかし、その代償として彼は少額の見舞金と引き換えに、衣食住全てを失った。
再出発するならどこか遠い場所が良いと、乗合馬車を乗り継いでメレピアンティナへと辿り着く。
だが、身寄りのない少年に出来る仕事などほとんど無い。
彼は流されるようにスラム街の一角で住む事になった。
そこで彼が出会ったのは、自分と同じように自分が何者かも分からないが、それでも生きている子供達だった。
荒んだ目をした彼らだったが、不思議と同類である彼へ優しくしてくれる。
無くしたはずの家族とはこんな感じだっただろうか。
生活環境としては最悪だったが、不思議と心地は良い。
そんな環境を――彼らを守るべく彼は奮起した。
身寄りのない子供だろうと、信頼してもらえるようにコツコツと仕事を始めたのだ。
最初は、本当に少額できつくて重労働な仕事ばかりやらされた。
特に汚物の処理や、ドブさらいは誰だって嫌な仕事だからか、そこそこ良い金額で仕事が出来る。
普通こういった仕事は一人では長く続かない。何故なら病気になりやすいからだ。だからすぐに交代となる。まぁ、そのおかげで彼もこの仕事にありつけたのだが。
幸か不幸か彼は毒に耐性があった。
魔術師の実験は多岐にわたっており、その中には毒物も含まれていたから。
――辛い過去も今に繋がっている。
そう考えれば、彼は自分を不幸だとは思わなかった。
彼が信頼されるようになって、年下の子達にも仕事が回るようになり、少しづつ、少しづつ環境は改善され始める。
相変わらず、お腹は空いてることが多かったけど、全く食べれないで飢える日は減っていく。
魔術師の下にいた時に、貯金という概念を持っていた少年は貯金を始めていた。
いつか、小さくても良い、安くてボロいのでいいから自分達が安心して休める家を借りたかったのだ。
其の願いを持ったがゆえか、彼は底なし沼みたいな状況に囚われる。
何のことはない、お金をもった子供が狙われただけの話。
よくあることだろう。
しかし、それが自分に降り掛かってきたら――しかも、夢のためにせっせと貯めたお金となれば話は別。
必死に抵抗した。
そのせいで死にそうになった。――自分以外の子供たちも、だ。
運の悪いことに相手は盗賊団の一味だったらしい。
このままじゃ、お金を取られるだけでは済まないだろう。
欲張りな男たちに「他にまだ持ってるんだろう?」と言われても、預ける場所のない彼は持ってる分が全てだ。
必死に考えた。せめて彼等だけでも助ける方法を。
だから、彼は自分を売った。
自分には魔物を呼び寄せる力がある。ただ、制御する力はない。
それでも、捕まりそうになった時に魔物を呼び寄せて、捕まえようとしてくる奴らから逃げることは出来ると。
――そうして、彼は盗賊団の下っ端となった。
給料なんて無いし、食料も最低限だったが、それでも路地裏の子供たちに会いに行くことは許された。……監視つきではあったが。
それからの日々は最悪と言えば最悪だ。
魔術師の時には仕事は多いものの、比較的安全だったし、勉強だってさせてもらえたのだから、今のと比べたら天国だと思う。
まずは盗みを働いた。忠誠を見せろという意味もあった。
次に魔物呼びをやらされた。事実か確認したかったんだろう。――死人が数人出て殴られた。
次に――……。
だんだんと、教育する手順のように悪いことをやらされた。
そして――ある日命じられたのは、商隊に紛れ、連絡を取り合い、最後の野営地点で襲撃をかけるというものだった。
絶対に死人が出る。
そう思った彼は、殴られるのを覚悟で進言した。
薬で眠らせ、動きを奪い、其の上で積荷を奪えば良いのだと。
予想通り殴られたが「無駄な労力が減るのは良いな」となんとか進言は通った。
そして、実行日が近づいた時に新たな指示が来た。
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