14/そして始まる修行の日々
「まあ、話を戻すわ。
えーっとどこまで話したか……そうそう。属性の話までしてたわね」
「はい。そこで私が全属性だとお師匠様はおっしゃいました」
「ん。で、話の続きだけど、この壺の中身は魔力と属性を鑑定できる液体が入ってるの。
だから、象徴される色を全て持った上で、最後に白く輝いたから、貴方は全属性。
そして最後に光った時間があるわね? あれが魔力の強さを表すわ」
私の場合はまず、属性の鑑定が始まって全属性と判明して、その後強く光ったけどすぐ消えた。
ということは……?
「そう。貴方の魔力は低いわ。
魔術師としてなら最下級レベルね」
おおぅ……。
これじゃ魔術が使えないということですか……無念。
「そんなに残念がらない。
魔力ってのは日々増えていくものよ。まだ貴方は若いし、これからが期待出来るわ」
「本当ですか!?」
「でも今のままだと多分無理ね」
「な、何故でしょう……?」
「その子が原因よ」
そう言って視線の先にいるのはラフィーク。
なぜこの子が私の魔力と関係があるのか。
その疑問に推測混じりになるけど、と断ってからお師匠様は言う。
通常魔力とは、成長の過程で何度か壁にぶつかりながら大きくなるという。
ぶつかるというのは、肉体に収めておける魔力量の限界を突破するために少しだけ魔力が暴れる事らしい。
大抵は、具合が悪くなって倒れて……すぐ動けるようになる。
けれど私の場合、幼い頃にラフィークと使い魔契約をしていたとしたら。
常に魔力を使い魔へと流されて、壁にぶつかる事なくほぼ器がそのままで成長した事になる。
そうなると、使い魔に必要な魔力と多少の余分魔力しかない。
なのでラフィークが大きくなった事で、通常時よりも魔力の消費が多くなり、私はあの時倒れたのではないか、と言う。
「だから、普通は子供の頃に使い魔契約なんてさせないのよ。
特にこの子、よく分らないけど結構高位の使い魔みたいだし。そうすると魔力消費も多いからね」
……なんと言う事でしょう……。
確かにラフィークは、こちらの言うことが分かってる節があった。
私が子供の頃からずっと一緒なのに、いつまでも元気で小さいままだった。
それを気味悪がってた人もいたけど……。
使い魔なら、契約主との契約がある限り寿命では死ななくなる。
だから成長もほとんどしないし、いつまでも元気だったという事らしい。
「じゃあ、ラフィークって元々はお母様の使い魔だったのかしら……?」
「にゃぁ!」
元気よく鳴いて頷く。
なるほど。
もしかしたらお母様が死ぬ前に、私と契約させたのかも。
「お師匠様。一つお聞きします。
契約を破棄すると、やっぱりラフィークは死んじゃうんでしょうか?」
「そう……ね。
多分違うと思うけどこの子がもしも普通の猫なら、契約を破棄された時に多少の反動があってそれが原因で死ぬ可能性もあるかも。
長生きしてるとその反動が大きいのよ。
逆にそうじゃなかったら、高位の存在である可能性が高いから今度は、改めての契約が難しくなるでしょうね」
……それじゃ仕方ないですね。魔力のことは諦めましょう。
ラフィークが死ぬかもしれないなんて絶対に嫌。
魔術が使えないのは残念だけど……。
「まぁ、死ぬ死なない以前に、貴方はこの子との契約破棄しない方がいいと思うわ。
どうやら子供の頃からの契約のお陰で、使い魔の五感リンクが一部出来てるみたいだし」
ごかんりんく……。
五感ってのは聴覚、嗅覚、視覚、味覚、触覚の事ですよね。
「反射神経のテストで、貴方ほとんど避けきったでしょう?」
「最後の最後で足元おぼつかなくなって転んじゃいましたけど……」
「それは貴方自身の問題よ。
私が言ってるのは、その危険察知能力の方。
使い魔を持ってる魔術師ってのは、使い魔の視界とかを共有したりする事が出来るんだけど、それには技術だけじゃなくて長年の絆とか相性が必要なの。
だけど貴方は、子供の頃からずっと契約していたのが幸いしたんでしょう。
やり方は知らなくても、子供っていう順応しやすい状態での長期契約によって、一部だけだけど共有したのね。
正しく言うなら、使い魔の能力を一時的に所持してる状態……とでも言うのかしら」
「……そうなんですか?」
「そうじゃなきゃ、他のテストでダメダメの貴方があそこまで避けきるのはほぼ不可能よ」
断言されてしまった。
しかし、そう言われるとそうかもとは思う。
「ただまぁ、錬金術を学ぶにしても、魔術道具を使うにしても魔力がないと困る場面が多くなるわ」
……錬金術師にもなれないんでしょうか……。
でもラフィークとの契約を切るのは……。
「そんな顔しないの。
安心なさい。すぐに大幅な魔力アップなんてのは出来ないだろうけど、ある程度対策は可能よ」
「本当ですか!?」
「要するに、この子の生命維持に必要な魔力を他所から補充してあげれば、契約主からの魔力もそんなに必要なくなるの。
多分この子も無意識か意図してかは分からないけど、それが分かってるから子猫サイズのままなんでしょうね。
逆にいうと、十分に魔力供給が出来るように魔力の器を上げていけば、この子の本来の力が取り戻せるでしょうよ」
「そっか……ごめんね。ラフィーク。ありがとう」
感謝を込めて頭を撫でると、少し誇らしげにゴロゴロと撫でられている。
うん。可愛い。そして優しい子。
この子にもずっと守ってもらってたんだ。私。
「魔力補充する道具を作るにはちょっと時間がかかるから、それは諦めてね」
「いえ、助かります。
ありがとう存じます。お師匠様」
深々と頭を下げる。
よく考えたら月謝とか家庭教師の先生みたいに払わないといけないはずだ。
それなのに、その事については何も言ってこない。
家の事情を話したから、私がほぼ無一文状態であることを知っている。
だからこそ「師匠の身の回りのことをするのも弟子の仕事だからね」とは言っても金銭の話をしないんだと思う。
私は恵まれてるな。
色んな人に守られて今生きてる。
「良いのよ。私もちょっと興味があったし。
全属性ってね、魔術師は当然だけど、錬金術師にも向いてるのよ。
それにめったにいないし。
――貴方がちゃんと修行を続けてどんな錬金術師になるか。それを私の報酬にさせてもらうわ。
ちゃんと見せてよね?」
「はいっ!!」
* * *
元々秋の終わりの季節。
あっという間に冬になり、日々修行を重ねていった。
……まずはと思い、初日から数日間は掃除に当ててよかったと心から思う。
一度家の中全部を片付けてから修行に入った方が、日々の掃除や洗濯が楽になると思って始めたのだけど。
予想以上にそれが大変だった。
ついでにいうなら、本格的な冬になる前にやって本当に良かったと思う。
冬の水拭きは大変手に厳しい。その上換気もしっかりしないといけないのだから、辛さは倍増だ。
それにしてもお師匠様。
もう少し必要なものとそうでないものを分けましょう。
そして、使うかもで素材をたくさん用意するのやめましょう……。埃をかぶってましたよ……。
――結局それらは、地下室を作ってそこに入れるからという話で落ち着きましたけど。
修行の日々は凄く濃密だった。
そして過酷だった。
最初のうちは家事に時間を取られて、座学はあまり出来なくて。
その上、午後の体力トレーニングで疲労困憊になって、朝早く起きれなくてまた家事に時間を取られる。
その繰り返し。
だけど、いつからだろうか。
段々と出来ることが増えていった。
同時にお師匠様の修行もきつくなっていったけど。
座学でいろんな知識を知るのも楽しかった。
以前に読んだ本で知っていたことを言うと褒められて、それもなんだか嬉しかった。
……まだ、錬金術の実技は教えてもらえないけど。
体力トレーニングの方は、どんどん難易度が上がっていったのは辛かった。
最初はただ走って持久力を養うだけだったけど、途中から籠を背負わされて、だんだんと中身を重くするという訓練が追加されるという……。
「採取した物は自分でもって移動することを前提にしなさい。
一番の足手まといが、護衛してくれる人の手を塞ぐなんて最悪な状況だからね」
と言われてしまっては、反論もできません。
……それにしてもアレは辛かった。
必要と思う荷物を籠に入れなさいという言葉からの、雪中行軍は……死ぬかと思ったな……。
あれで私は荷物を入れすぎると重さで死ねるというのを身をもって体験しました。
ほどほどが大事。あれもこれもは死にます……。
運搬訓練のおかげか足腰はしっかりしたと思うし、長時間の徒歩移動とかも以前よりぐっと楽になった。
……錬金術師って、体力勝負の仕事なんですね……。
そうして。
忙しさに振り回されるように時は過ぎていった。
お師匠様との生活にも慣れ始めた頃、季節は春になっていた。
最近、余裕ができたせいか、あの時の事をよく思い出す。
――彼の顔はまだはっきりと思い出せる。
彼は大丈夫だろうか。
あの後ひどい目に遭ってないだろうか。
このままじゃ彼は手遅れになってしまうんじゃないか。
……そんな不安で息が詰まる時がある。
だけど、今の自分に何が出来るのか。
……結局、私はまだ無力なままだ。
私はいつもの様に重りの詰まった籠を背負い、今日もトレーニングの一歩目を踏み出す。
今や重量は初めて担いだ時の倍くらい、走る距離は三倍以上。
「……よしっ、今日も頑張ろう!」
肩紐が食い込んでちょっと痛い。
でも足取りは軽く、息も切れない。
走りは軽快そのもの。
「……もうちょっと重くしても大丈夫かな?」
私は無力だ。
無力だと思う。
……たぶん。
お読みいただきありがとうございます。
もう一話今日中に更新を予定しております。