13/魔力と属性について
お師匠様はラフィークに向けた視線を私に戻してから問いかける。
「貴方、魔術に関して知識はどの程度?」
正直な所、殆ど無い。
家の蔵書に魔術関連の書物だけは全然なかった。
お母様が魔術師だったのに不思議だなと思った記憶がある。
魔術について知っているのは、”魔力”と呼ばれる生まれついての力が、ある程度強くなければ使用出来ないという事。
それから、魔力は遺伝されることが多いため、親に魔術師がいれば子供も魔術を使える可能性が高いという事位だろうか。
「その顔はあんまり知らないって顔ね。
……仕方ないわね。
じゃ、まずは検査しましょうか」
「検査……ですか?」
「ちょっと待ってなさい」
そう言ってお師匠様はごそごそと何やら準備を始めた。
手伝おうかとも思ったけど、邪魔になりそうだったので大人しく待とう。
「――よし、と。
じゃあ、悪いけどナイフで指を少し切ってくれる?」
「え゛」
何かの液体が入った小さな壺を用意してから、ナイフを手渡して言う。
……だけど指を切れというのは……。
「……あの……その」
「ん? 切るのが嫌なのかしら?」
「嫌というより怖いので……その、目を閉じてる間に切って頂けますか……?」
「……まぁ良いけど。血を触媒にするのは魔術関連じゃよくある話よ?」
そう言いながら、呆れ顔で私の手を取り指先にちくっとした痛みが浮かぶ。
どうでもいいんですが、お師匠様に手を握られた感触がもふっとして最高です。
そして、怪我がどうこうよりも、自分で切るという行為が怖いんですよ。
「ほら、もう切り終わったから目を開けてこの壺の中に血を垂らして」
「はい」
ずい、と押し出された壺にぷっくりと浮き上がった赤い血の玉を落とす。
ぽたん。
小さな波紋を作ったと思うと、壺の中身が淡く光り輝き始める。
赤、青、緑、黄……いろんな色になったかと思うと、紫のような藍色のような……そんな色になって、金色になって……白くなって、最後に強く輝いてすぐに光は収まった。
……なんでしょうこれ。
「やっぱり全属性持ちか……」
「お師匠様……それはどういう意味でしょう?」
「追い込み漁失敗は私のせいじゃなかったって事かしら」
意味がわからなくて首を傾げていると、お師匠様は丁寧に魔力について教えてくれた。
魔力とはそもそも、生命力の一部であると同時に、生命力とは別の体内エネルギーだという。
この魔力は大気に満ちた精霊にも、動植物にも宿っていて、基本的に生きてる存在であれば大体あるらしい。
ちなみに、ゾンビだとかグールだとかの動く死体達も、魔力が宿って動いてるそうです。……生きてるとは言えないけど。
また魔力が枯渇すると、肉体を持つ存在ならば急激な疲労感や、力が抜ける感覚に陥り、肉体がない存在ならばその生命を失うとの事。
……その表現に少しだけ思い当たることがある。
お師匠様に助けられた時、だんだんと力が抜けていくような感覚。あれが魔力の枯渇ということではないだろうか。
あの時、私は何に魔力を使ってたのだろう……?
魔術なんて扱えないから、消費する方法なんてなかったと思うのだけど……。
お師匠様はなおも続ける。
今度は”属性”についてだ。
属性とは、万物に宿る性質を指すらしい。
分かりやすく言うなら、水や火、風や土だろうか。
それらは性質によって大きくカテゴリに分けられている。
まず、大カテゴリとして、地水火風の四元素。それに光と闇と無と魂。
小カテゴリには、それぞれのカテゴリに属するように、植物や獣といった細々とした物から、雷みたいに複数の大カテゴリに当てはまる物もあるという。
これら魔術と属性は錬金術にも密接に関わるそうで必修科目らしい。
……膨大すぎて覚えられるだろうか。
「それから属性ってのは肉体に色として出ることが多いの。
例えば貴方の髪みたいにね。
あとは眼に出る人もいるかしら」
言われて何となく自分の髪を見る。
真っ白で継母様に気味悪がられた髪の色も、魔術的には意味かあったのかと納得して――不意に気づく。
髪が真っ白と言うことは……染料が落ちてる……?
あれ? そもそも私は、地面に転がった。
つまりは大変薄汚れているはず。傷だってあっただろう。
なのに綺麗だ。服も肌もそこまで汚れていない。
もちろん、テストで動いた分多少は汚れているけど……。
これってやっぱり、お師匠様が脱がせて綺麗にしてくれたという……。
……まぁ、医療行為ですし、女性同士ですし……少し恥ずかしいけど、まぁ……いいか。
人様のベッドに汚れたまま横になってたら、今でも十分迷惑だというのに、さらに迷惑かける事になるのだから。
「まぁ、それで前提は今話した通りなんだけど……。
そもそも魔物ってのはその魔力が突然変異で強くなりすぎた動物が起源だとされていてね。
一番好む食べ物というか……獲物は魔力持ちなのよ。それも魔術が使えるレベルに魔力量が多い奴。
で、その上で属性が自分に近いと、自分に取り込むことがしやすくて、さらに強くなれるわけ」
なるほど。
……あれ?
「あの、つまりその……」
私が恐る恐る思いついたことを聞こうとすると、お師匠様は私が言わんとすることがわかるのだろう。
ゆっくりと頷いた。
「そう。つまり、全属性の人間なんて最高の獲物ってことよ。
普段じゃ取り込めない自身以外の属性も一緒に取り込めるんだからね」
なんということでしょう。
それってつまり、私がいたから商隊のキャンプ場が襲われて。
私を誘拐したから、動ける人間がいないという格好の餌場である商隊よりも、盗賊が追われたということなのでは……。
や、疫病神じゃないですか……。
「で……でもお師匠様!
それでは魔術師の方々が真っ先に狙われるじゃないですか!!
「そうよ。
だから魔術師や魔力が強めの人は、皆この石を身に着けてるの」
そう言って、お師匠様は自分の懐からペンダントを取り出す。
そのペンダントには見覚えのある石がついていた。
光の加減で色とりどりに輝く黒い石。
――あれはお母様に頂いたペンダントと同じだわ。
当然、旅をする時にもつけて出てきた。
今も――と思い、首に触れるとネックレスがない。
血の気が引く音が聞こえた気がした。
あれは……あれは大事な物なのに。
お母様にもらった大切なペンダントなのに……。
「安心しなさい。
貴方のはこの子がつけてるわよ」
ラフィークは安心させるように私の膝に乗り、自分の首の辺りを足で掻く。
……首輪の所に引っ掛けてあるよということかしら?
そう思って首輪に触れるとチェーンと紐がひかかっていた。
……でもなんで二つもあるの?
一つは私のだと思う。ペンダントの精緻な細工に見覚えがあるし、裏に『アリシアへ』と彫られている。
だけどもう一つのは黒い石の部分も小さいし、細工もほぼなく、石に紐を通すための金具があるだけの簡素な品だ。
「……ねぇ、ラフィーク。なんで2つもあるの?」
「にゃあ」
……師匠とは筆談したっていうのに、なぜ私にはしてくれないの。
むすっとしながら肉球をもみもみしてると、師匠が自分のペンダントをテーブルに置いた。
「この石は羅喉石と呼ばれてる鉱石でね。魔術道具の一種なの」
「どのような効果が?」
「自分の持ってる属性や、魔力の多さを他人から認識されにくくする効果があるわ。
だから、大抵の魔術師はこれを身に着けているから、魔物の標的になりにくいってこと。
もちろん、魔力に対して鋭敏な魔物には効かないけど、何もないより断然いいからね」
なるほど。
このペンダントは五歳の頃にお母様がくれて、ずっと身につけてなさいと言い聞かされていた。
だから、家を出る時にも身につけて来たんだけど……そんな大事な意味があっただなんて。
「所でお師匠様。これってやっぱりお高いのでしょうか」
「もちろん。高いわよ。
ただまぁ、魔力が多くて属性が多い人ほど品質が高いものが必要だけど、逆に言えば魔力が低めで属性がすくない人なら安物でもいいからピンきりとも言えるわね」
なら、このもう一つの羅喉石のペンダントをなくした人は大変困ってるんじゃ……。
そもそも、どうして私のペンダントが外れてたんだろう……?
ちゃんと身につけてたはずなのに。
お読み頂きありがとうございました。