10/助けてくれたのは……ウサギ?
遠くから鳥のさえずりが聞こえる。
ふかふかとしたベッドの中が心地よくて。
――もう少し寝ていたいな。
でもなんでこんな快適なんだろう?
馬車に揺られる旅の最中だって、こんな快適さはなかった。
最初の頃は眠りが浅くて、昼間うとうとしてたくらい。
――もしかして、あれは夢だったのかな?
貴族である自分を捨て、シアとして新しい人生を歩みだしたのも。
旅の最中、商隊が盗賊に襲われて誘拐されたのも。
――彼が私を逃してくれたのも。
「ってそんなわけない!!」
思わず声を上げて体を起こす。
……ってここは何処?
小さめの簡素ながらも居心地の良いベッド。
石ではなく木で作られたらしい部屋。
雑多な感じのする棚には、よくわからないものがたくさん置かれている。
その中で見覚えのあるカバンがあった。
中身を確認すると、やはり私の物でグレゴリーに渡された物がちゃんと全部入っていた。
「にゃぁん」
聞き覚えのある鳴き声にそちらを見れば、床にはラフィークがいた。
ラフィークは私が起きたのに気づくと、嬉しそうにベッドへと飛び乗ってきて私に擦り寄る。
「……ねぇ、ラフィーク、ここはどこだか分かる?」
そもそも襲撃された時この子どこにいたのかしら……。
私の言葉が通じてるのか通じていないのか。
ラフィークはとにかく私にスリスリしてゴロゴロと嬉しそうにしてる。
うぅん。
可愛いからまぁいいか。
現実逃避してラフィークを撫でていると、誰かがやってくる気配。
足音に気づいてそちらを見ると――うん。あの人誰だろう。というか人なの?
長いたれた耳をなびかせて。
お鼻とお口がとてもプリチー。
両手はもふもふしていて――それは、どうみてもウサギさん。
あえて普通のウサギと比べるならば、人間の子供サイズに大きくして、二足歩行で服も着ているという点だろうか。
ファングウルフに襲われそうになった時、黒くて大きい何かに乗っていた姿だ。
「あぁ。やっと起きたのねぇ。
まったく。ぐっすり寝すぎじゃないかしら?」
どこか低い声で女性らしい言葉遣い。
ウサギの性別はよく分からないけど……女性でいいのかしら?
「あ、あの」
「ん? 何かしら?」
「もふもふさせて頂いてもよろしいでしょうか!!」
――お礼をいうつもりが、愛らしいその姿に。
思わず己の欲望優先した一言が出てしまった。
違う。違うんです!
「ま、間違えました。
えっとその……た、助けて頂いて本当にありがとうございます」
慌てて言い繕い、頭を下げる。
相手のウサギさんはあっけに取られた様子でこちらを見ていた。
ですよね。ですよね。
普通いきなりあんなこと言われたら、失礼通り越して理解不能ですよね……!!
「か、変わった子ね、貴方……」
彼女(?)の言葉に私は視線をそらすしかなかった。
* * *
とりあえず、食事でもという話になり、ベッドから出る。
小さい家のようで、寝室から出ると玄関と思われる扉が見える居間だ。
「粥でいいね?」
「はい。ありがとうございます」
そう言われて、私はお腹をそっと抑えた。
……お腹が凄く空いてる……。どれくらい食べてないんだろう。
きょろきょろと何処にいればいいのか見てると、ラフィークがこっち、と言いたそうに丸太のような椅子に乗る。
「こちらに座っても?」
「えぇ。適当に座っていてちょうだい」
お言葉に甘えて椅子に座る。
見回せばこちらも少々雑多――いえ、どちらかと言うと散らかってる部屋。
あぁ。貴重な本があんな所に積まれてる……!
よくわからない植物も天井から吊るされてるし……何なんでしょう? このおうち。
お店屋さん……なのかな?
「なにか珍しい物でもあったのかしら?」
お粥を持ってきたウサギさんが不思議そうに尋ねてくる。
……本があのように無造作に放置されているのが珍しいと思います。
けど、それを言葉にするのもどうかと思うので、適当にごまかしておこう。
「えぇ……あまり見たことのない物が沢山あるので……ジロジロと見て申し訳ありません」
「あらそぅ? まぁいいわ。はい、お粥。熱いから少しずつお食べなさいな」
パン粥だ。
小さくちぎって……ミルクで煮込む赤ちゃんや病人向けのご飯。
昨日の夜から食べてない私の胃にも優しいだろう。
……ほのかに甘い匂いもするからはちみつも入ってるのかしら……?
こんなに贅沢なもの頂いていいの?
思わずウサギさんを見たけど、私が見て食べるのを見守っているみたい。
……まぁ、出して頂いた以上食べて問題は無いと思うけど……。
スプーンですくって一口。
優しい甘みが口に広がる……。
この甘味は……はちみつの少しくどい甘さとは違うんじゃないかしら?
凄く美味しい……!
「とっても美味しいです!」
「そう。良かったわ。
所で貴方。
どうしてあんな所でファングウルフに襲われてたの?
食べながらゆっくりでいいわ。教えてもらえる?」
そう問われて。
私は全部話すか少し迷って――助けたくれた恩人にならと思い、素性も含めて語った。
といっても、婚約破棄からの流れしか話してはいませんが。
継母様の下りとかは聞いても気持ちの良いものではないですし、なんだか悪口みたいで気が引けるし。
すべて語った後、ウサギさんの反応を見ていると……うん。分からない。
私、継母様の機嫌を伺う癖ができてて、周囲の人の感情というのを読むのが比較的得意です。
得意ですが、ウサギさんの表情は……さっぱり読めません。
……皮膚でなくて毛皮のせいですかね……。
態度としてはラフィークとかなんとなく気持ちが分かるんですが……。
あえて言うなら……ちょっとホッとしてる……ような?
「あの……こちらからもよろしいですか?」
「ん。良いわよ。何が聞きたいのかしら?」
「……私がいた街道のキャンプ地に、商隊がいたはずなのですが、そちらの方々が無事かご存知ですか?
それと……なぜ私を助けてくださったのでしょう? 何か黒い生き物に乗っていましたよね?」
あれ。なぜ遠い目をするのでしょうか。
もしかして――
「商隊の方々は……ファングウルフに……?」
「いえ、そこは大丈夫よ、えぇ。私が力を貸したから。
怪我人くらいは居ると思うけど、死者は出てないはず」
良かった。
本当に良かった。
私達が逃げ出した後、商隊が襲われたかと思ったけどそうなる前に助けてもらえたんだ。
……でもどうしてそれなら、ウサギさんは言いにくそうだったんだろう?
お読みいただきありがとうございます。