1 降りたったのは最悪の世界
鉛と鉄の混じったような悪臭が鼻を刺す。
1年続いた裁判のせいで、大分久しぶりの生身の感覚……。
段々はっきりする視界の中、俺はぼやっと家族だった人のことを考えてた。
世界に旅立って以来帰ってくるのなかった親父……。
その間にストレスとガンで突然亡くなった母さん……。
正直、薄情な奴だったと思う。
母さんが亡くなった時、涙は一滴も湧かなかったのだ。
周りの親戚は号泣する中、「強い子だねっ……。」だとか「泣きたい時は泣いてもいいんだよ……。」とか言われたけど、そういうのじゃなかった。
俺は人生で、たった一度しか泣いたことがない。
視界が大分はっきりしてきてまず目に入ったのは、“木”だった。
周り1面、木。
森……か。
そこは緑の生い茂る森だった。
周りを見渡す限りの大自然。
深呼吸をしてみると、先ほどの悪臭が嘘のようにクリーンな空気が流れ込んでくる。
俺は徐ろに立ち上がり、森を彷徨うことに決めた……のだが。
ぐちゃっ。ぐちゅっ。
えっ…………?
歩こうと足を出した瞬間まるでぷりんでも踏んだかのような感触と音がした。
恐る恐る下を見るが暗くてよく見えない。
夜、なのか……?
どうしても気になったので、しゃがんで地面を凝視する。
段々と見えてきたモノで俺は吐き気を抑えきれなかった。
「うっ……げほっ……げほっ……。
ひ、人……の手…………っ?」
そう、見えてきたのは紛れもなく人の手の形をした物体だった。
一体こんな……誰が……。
頭は混乱してろくに動くことも出来ず、せめて目を逸らすために大袈裟に空を仰いだ。
そうしてようやく気付いた。
今は……夜なんかじゃない。
空は血のように真っ赤に染まっている。
子供の頃に描いていた……“地獄”の空がまさにそんな感じだったと思う。
実感した。俺は、堕界したのだ……と。
ゆっくり深呼吸をする……。
………………よしっ。
俺は気を引き締めて、森を彷徨った。
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どのくらい、歩いただろうか。
もう、元来た場所も分からなくなっていた。
完全に遭難というやつだ。どうしたものか……。
そもそも地図もないし目的もない。
俺はこの先どうすればいい?
そんな風に考え事をしていたからなのか……。
俺は背後の気配を感じとることが出来なかった。
サクッと……という擬音が正しかったのかは分からない。
ただ、背後の気配はそんな簡単に……
俺を殺害した。