つなげることば
思い、考え、気持ち、
すべて関係なく、時間が兄を連れていく。
この時の流れはいつの日か、僕から兄を連れていくのだろうか。
僕は葬儀の間、ずっと兄を見ていた。
兄の顔は、どこか悲しそうで、何も出来ない自分に苛立った。
今は、あの笑顔を思い出せない。
「いつか笑ってくれるよね」
何度も、何度も語りかけた。
聞こえている、伝わっている、そう思いながら、涙を流した。
時の流れを、これほど早く、これほど切なく思った事はなかった。
葬儀が終りに近づき、兄が横たわる柩に花を入れた。
想い出の品も一緒に入れるように言われたとき、もうこれで最後なのだと、例えようのない悲しみに襲われた。
兄の手を握り、
「兄ちゃん、兄ちゃん、行かないで、」
そう泣き叫んだ。
僕は神ではない。
何かを出来るはずもない。
諦めるしかなかった。
「ごめんね、」
そう呟き、手を離した。
兄の柩を抱え、ゆっくりと車に向かった。
外に出て、人の中を歩いて行く時、急に孤独を感じた。
残された僕を哀れむような、そんな空気を感じた。
兄の為に集まり、兄の為に涙を流しているのもわかっている。
ただ、本当に感じてしまった。
僕は残されたのだろうか。
そして同時に思った。
僕の涙は、自分に対してのものだったのかと。
自分がわからない。
悲しみはいくつもある。
何を悲しむのかは、関係ない。
僕は兄の事ではなく、自分の事だけ考えていたのか、僕の中の兄は、もう一人の自分なのか、
僕は誰なのか、
僕も死んだのだろうか。
目の前にいる兄は、どこに行ってしまうのだろう。
信じたくはないが、兄の死を理解しているつもりだ。
兄がこの部屋を出れば、僕が兄の姿を見る事は二度とない。
二度と会えない。
わかっていても、諦める事が出来ない。
思い出をつなぎ合わせた兄ではなく、心に今でも在り続けて欲しい。
永遠に在ると、そう思えば良いだけなのに、もう一人の僕が邪魔をする。
きっと口に出さなくても、別れの言葉は聞こえているだろう。でも、それは僕のものではない。
本当の僕ではない。
また、会いたいから。
まだ、別れたくないから。
あの優しい笑顔見たいから。
今でも兄と共に在る、と思う自分と、もうこれで最後なのだと思う自分がいる。
何故だろう。
会えない時もあった。
話せない時もあった。
喧嘩をして、もう会いたくないと思った時もあった。
でも、それを悲しく思った事はなかった。
これが最後の時だと思わなければ、何も悲しくないのに。
自分を信じれば良いだけなのに。
兄がまだ病院で闘っているとき、僕はいつからか、兄との明日を見れなくなっていた。
あの時に、僕の中の兄はいなくなっていたのかも知れない。
僕の兄を奪ったのは、僕自信なのだろうか。
兄に何かを求めていた訳じゃない。
いつも、どんな時でも、傍にいて欲しいと思っていたわけでもない。
こんなに苦しいのは何故だろう。
僕は、何を悲しく思っているのだろう。
何もわからない。
いつも兄を追いかけていた僕は、自分を持っていないのかも知れない。
兄の死で、僕は二つになる。
今の兄の笑顔を探し悲しみ続ける自分と、思い出を繋ぎ合わせ、兄と一緒に過去に帰っていく自分に。
迷い、悩み続ける自分の気持ちは、自信のなさと優柔不断な弱さなのだろうか。
時間が兄を連れて行く。
僕の時間だけが止まった。
いつか会えるその時まで。
ごめんね兄ちゃん。
さようなら。