つなげることば
それでも僕は寂しくなると、決まって、
「お母さんは?いつ帰ってくるの?まだ?」
と兄を困らせたが
「もうすぐだよ」
と、本を読んでくれたり、僕の好きなテレビを一緒に見たりしてくれた。
いつもは、その繰り返しで終わるのだが、
一度だけ、
「迎えに行こうか。」
と、兄が言い出した事があった。
突然の事でびっくりしたし、不安だったが、兄の顔をみたら、大丈夫だと思った。
歩いて1時間以上はかかる場所で、もちろん子供二人で行った事もなかった。
大人がいたら絶対に止められていたはずだ。
マンションを出て商店街を通り、バス通りまで来た所で、僕はいつものように、兄を困らせた。
「まだ着かないの?あとどのくらい?」
「あと少しだよ。」
しばらくすると、また、
「まだー?」
「もうすぐだよ。」
「帰りたいよー。」
「すぐ着くよ。」
何度同じ事を言ったかわからない。
歌を歌ったり、しりとりをしたり、兄は僕の気をそらそうとしたが、まだ半分も進んでない所で、僕は泣き出した。
兄は僕の前にしゃがみ、
「疲れたの?あと少しだけ頑張ろう。」
と、いつもの笑顔で僕を励ました。
そしてそのまま、くるりと僕に背中を見せ、
「おんぶしてあげるから、一緒に行こうよ。」
と言った。
何も言わず、背中に乗った僕に、
「一緒に来てくれてありがとう。ごめんね。」
と、兄が言ったのを覚えている。
そのあと何を話したのか忘れてしまったが、僕はいつの間にか笑っていた。
体が小さかった兄が僕を背負うのは、大変な事だと小さいながらもわかっていた。
でもしばらく降りようとはしなかった。
疲れていたのではなく、ただ そこにいたかった。
理由はない。
「兄ちゃん。」
「兄ちゃん。」
「兄ちゃん。」
しつこいほど兄を呼んだ。
その度に、
「なーに?かずちゃん。」
と言う兄の言葉が心地良く、時間を忘れた。
そしていつの間にか、見覚えのあるバス停に着いた。
「ここ知ってるー。」
大声で叫んだ僕は、兄の背中から飛び降り、母の店へと走った。
勢いよく扉を開け、
「お母さーん」
と言った僕を、びっくりした顔で母が見た。
「どうしたの?一人で来たの?お兄ちゃんは?」
僕は怒られたと思い、黙ってしまった。
「お兄ちゃんは?」
と、母が言ったその時、兄が扉を開けた。
「かずちゃん、すぐ着いたでしょ?もう大丈夫だよね?」
兄はいつもの顔で僕に問いかけたが、母の顔を見た瞬間、泣き出した。
体中汗びっしょりで、洋服は僕に掴まれてしわくちゃになっていた。
「ごめんなさい。僕寂しかったから。ごめんなさい。」
始めてみる兄だった。
その時はわからなかったが、今思えば、何も頼るもののなかった兄は、凄く辛かったと思う。
時々、母は早く帰ってくるようになったが、それでも僕が小学生になるまで、兄は毎日僕を迎えに来た。
後になって母から聞いたのだが、最初、兄は夕方になると母の店に行き、一緒に保育園まで僕を迎えに来ていたらしい。
しばらくして、毎回二人の姿を見ると泣きながら走ってくる僕を見て、
「僕だけお母さんといるのは狡いし、かずちゃんと二人で待ってるよ。」
と言い出したようだ。
無理だと言う母に、
「僕はお兄ちゃんだし、かずちゃんが泣くの嫌だから。」
と、翌日から始めたようだ。
いつも優しかった兄に、僕は最後まで甘えた。
今更何を言っても遅いかな?
話さなくては伝わらないことがある。
でも言わなくてもわかることもあるよね。
今はまだ、答えは返ってこないけど。
自分に問い掛けると、たまにあの笑顔を思い出します。
いっぱい考えて、いっぱい悩んで、いっぱい思い出して・・・・・
時々いっぱい泣くかもしれないけど、許して下さい。
いいよね?兄ちゃん。
ありがとう