つなげることば
兄が家に帰って来たのは、そのすぐ後だった。
病院で横になっていた、たった数時間前の兄と何も変わらない。
ただ、少しだけ自由になった兄がそこにいる。
兄のために、朝早くから多くの人が来てくれた。
兄は自分の病気の事を誰にも話していなかったようで、誰もが兄の突然の死に驚いていた。
半年、たった半年前には何もなかった。考えた事もなかった。
兄に会いに来てくれた沢山の人に、何度も、何度も、同じ事を話した。
兄の闘病生活、そして最期まで諦めなかった事を…。
、
ただ、何を話しても意味がないのはわかっていた。
話をして楽になりたかった。
一人になるのが怖かった。
僕は孤独を感じていたから。
誰といても、何をしていても、孤独を感じた。
そして話せば話すほど、心を閉ざしていくのがわかる。
それでも、止めることは出来なかった。
まだ兄の背中を探している自分がいる。
心を閉ざして見つけられるものはないのに。
僕にとって兄は、誰にでも自慢できる存在だった。
ただ、一度も、それが伝わるような事を本人には言わなかった。
兄弟なのに恥ずかしかった。
きっと兄弟だからだろうか。
兄は小さな頃から頭が良かった。
そして人に優しく、自分に厳しい人だった。
両親が共働きだった為、兄が小学二年の時から、毎日僕を保育園まで迎えに来てくれていた。
学校が終わると一度家に帰り、荷物を置いてから僕を迎えに来た。
保育園とは反対方向にあるのに、僕の荷物を持つためだけに。
迎えに来るだけでも大変な事なのに、母が帰ってくるまで、毎日僕の面倒を見てくれた。
兄の友達ともよく遊んでもらったが、ずっと後ろに付いていく僕は、皆と同じように扱ってもらえなかったり、自分の好きではないことになると、すぐに兄を困らせた。
勿論、兄の友達にも迷惑をかけていたので、僕がいると嫌だと言われるときもあったようだ。
そんな時に兄は決まって、何も言わず僕の手を引き、その場から離れようとした。
「まだ遊びたい、みんなと一緒に遊ぶ。」
と、我が儘を言う僕に
「他にも楽しい事はあるよ。」
と僕に微笑んだ。
いつもあの笑顔を見ると安心する。
それは大人になっても同じだった。