(第025話)人類の黄昏前夜.1
2022年の冬から春にかけての地球に住む人類にとって黄昏としか言えない状況だった。人類社会の最盛期は過ぎさり、混迷は深まり緩やかに滅亡へと向かっているような状態であった。前年に朝鮮半島北部から発射された核ミサイルが周辺国の都市で炸裂したのと同時に発射したチェ政権の中枢部も抹殺される事件が発生した。
この事件は世界標準時2021年11月21日午前3時33分に勃発し、朝鮮半島北部東海岸から日本、韓国、ロシア、および中国とアメリカに向けて合計20発核ミサイルが発射された。多くは迎撃されたり起爆に失敗したが、中国の北京郊外と韓国の慶州近郊、そしてアメリカのシアトルで核爆発を引き起こし数百万人単位の死傷者を出した。
この攻撃に対し、中米露はただちに報復の軍事作戦を取ったが、その直後恐ろしい映像が全世界に配信された。発射指揮所にいたチェが周囲にいた軍人によって拘束され、その場で生きたままナイフや包丁で切り刻まれ殺害されたうえに、側近や家族も同じようにして殺害された一部始終が流された。しかも、それを行った者全てが失踪してしまったのだ!
北の世襲独裁してきたチェ国家評議会議長が核抑止力を誇示しようとして、威嚇のために行ったと思われたが、同時にチェ自身も家族と一緒に生きたまま切り刻まれて殺害されたため謎とされた。生き残るためにありとあらゆる権謀術策を張り巡らせていたチェがなぜ自滅しかない核攻撃を行い、自らも殺害されたのか、全ては謎のままだった。
このような異常事態が起きているにもかかわらず、世界の主要国の動きは鈍重だった。主要国の政権が自国第一主義と覇権主義という十九世紀の帝国主義時代へ回帰したような世界情勢であったため、異常な事態に対する国際協調が出来ないまま事態が悪化させてしまった。
特に二十一世紀の覇権を狙うために主要国同士による小競り合いが世界各国に飛び火し、テロは続発し難民が押し寄せても助けようともせず、小競り合いによる軍事費の圧迫による経済危機など、世界の混乱は加速するばかりだった。
そうした世界の混乱など関係ないような燧灘町に住む坂垣家にも大きな影響が起きていた。悠爾の父・高志が混乱の朝鮮半島北部を暫定統治する国連ノース・コリア暫定統治機構(UNTANK)に技術者として派遣されたからだ。
高志は元々は大手ゼネコンで働いていたが、悠爾の母の願いで坂垣家に婿養子となり坂垣商店などの事業の後継者になっていた。しかし経営は悪化してきた時に舞い込んだのがUNTANKの仕事だったわけだ。