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じゃんぷ


借りたDVDを早速見たのだが、私は不覚にも鼻をすすりながらエンドロールを迎える事となってしまった。

美貌のウサギ男などではなく、ヴァンパイアの青年と人間の少女の恋愛映画だった。

世界に存在を隠しながら過酷な人生を歩むヴァンパイアに恋惹かれてゆく少女が彼の凍りついた心を溶かしてゆきお互い想い合うようになるのだが、すったもんだの末物語は悲恋で完結した。

異種族との相容れない関係性は愛だけでは乗り越えられなかったという事なのだが、ウサギやら妖怪やらを思い出して、きっと私にもその高山は乗り越えられないだろうと思った。

現状、その前に意思疎通すら困難であるのだが。


約束当日の今日。

返却予定であるDVDは、直ぐに渡せるようスタンバイOKだ。

近くに隠す様子をミサキちゃんにニヨニヨ見られてしまっている。

ちなみに今日この日、そのニヨニヨをする為だけに無理矢理シフトを変えてもらっている彼女の行動力は流石としか言いようがない。


「刈谷せんぱーい。まだウサギの野郎来ませんぜい」

「楽しそうだね、ミサキちゃん」


接客業ともあろう者が。

カウンターで頬杖をつく腕をピシャリと叩く。


「いていっ」


花の女子高生が何という反応をしくさるか。

そろそろ休憩に入ろうかというところで、あわあわと珍しく動揺する彼女に声をかけられた。


「せせせせせんぱいっ」

「休憩はいりまーす」

「ちょ、先輩っ!ほんと待って!」

「なによ」

「…来ました!奴がっ」


ようやく来たか。

返却物を取り出そうとした所で、視界に入ったシルエットに違和感を感じた。


「先輩違うっ、そっちじゃない。これは…」


ソロソロと、此処で顔を向けてしまった自分を力の限り呪ってやりたい。


「レジお願いします」


これは、妖怪あたためて下さいの方じゃないか!


どうして土曜日に来るのか。

普段は平日の仕事帰りのみの利用だった筈なのだが、今日はいつものスーツ姿とは違うラフな格好をしている。


「こんにちは、刈谷さん」

「…こ……こんにちは…」


条件反射で挨拶を返してしまった。

いつもなら〝いらっしゃいませ〟でオールクリアさせてしまう所だったのに。


「かわいい」


無になれ自分。

今は仕事中だ。

今のだって、空を飛び交う小鳥たちはかわいいですね、とかそんなところだ。


人間というものは予想外の局面に出来食わすと、なかなか正常な判断ができないもので。

なんでこいつがいるんだとか、なんでよりによって店内のお客が彼だけなのかとか、それよりもいつにも増して笑顔が深すぎて怖いだとか、全てを集約させて帰って欲しいの一択だったわけであるが。

これまたよりによって、なんでこいつはレジに何も置いてないのかと恐怖すら感じた。

さっきのレジお願いしますは一体何をお願いされたんだ、自分。


「お休みの日の刈谷さんは新鮮で良いね」

「…お客様こそ、土曜日に来店してくださるなんて珍しいですね」


一瞬きょとんとした後、妖怪はそれはもう壮絶な笑みを貼り付けた。

これ、私失敗したやつだ。


「僕がいつここに来てるか分かってくれてるの?凄い嬉しいなあ。ついでに2人の事ももっと知り合わない?」


結構です!

言葉に出さずとも、今の私の顔は雄弁に語っている筈。

だからそれを汲み取って。お願いします。


「まあ今日は、ちょっと聞き捨てならない事をこの間耳に挟んでしまってね。来てみたんだけど、その反応じゃあまだみたいだ」


妖怪の言っている事が分からず、ミサキちゃんの方を振り返るがこれまたハテナの羅列を漂わせている。


「ねえ、刈谷さん」

「…なんでしょうか」

「ウサギさんって誰?」


私の背後に雷が落ちた。


「…なな…なんのことでしょうかっ」

「だってこの前ここに来た時、そこの彼女ともう1人若いアルバイトの男の子がずいぶん盛り上がって話していてね。刈谷さんは妖怪じゃなくてウサギになびいてるだの、ウサギがこのまま刈谷さんをオトしてくれれば自分の勝ち、だの言ってたから。気にならない方がおかしいでしょ」


この場合、妖怪って言うのが僕の事なのかな。心外だなあ。

そう言いながら、それでも笑顔を崩さない男から視線を離し、ギギギギと首を件の彼女へ向ければ明後日の方向を向いて口笛を鳴らしていた。

彼女については、シンジ君も交えて追々ゆーっくりお話をする必要があるようだ。


「で、刈谷さんは僕よりも、そのウサギさんが良いの?」


気づけば、私の腕は妖怪の手に絡め取られていた。

それはそれはもう厭らしい手つきで、奴の親指が器用に素肌を撫でる。


本当こいつ、もう嫌!


肌が瞬時に粟立つと、妖怪は楽しそうに笑い声をあげた。

ドSを具現化するとこうなるのか、そうなのか。


「離してくださいっ」

「どうして?僕たちに足りないのって時間だと思うんだよね」

「そんな倦怠期な恋人同士のような事ではないと思います」

「恋人同士?君と僕が?想像するだけで嬉しさのあまり昇天しそうになるよ」

「そのまま昇天して天に召されて下さい」

「その時は君も一緒がいいな」


恐怖体験!

ミサキちゃん!店長を、店長をここへ召喚して…!


涙の無言の訴えが通じたのか、ミサキちゃんは大きく頷くと控え室へ走って行った。

やれば出来る子大好き。


「で、結局のところウサギさんって刈谷さんの何なの?」

「お客様です」

「そう、今はって事なのかな?」

「今もこの先もお客様です。いいから離してください…!」


掴む腕を引き離そうとした所で、大きな手が妖怪の腕を掴んだ。

その腕の先を辿る。

短く白い毛で覆われた、可愛らしい頭部が妖怪を見下ろしていた。


「やあ、君がウサギさん?初めまして」

「………その手を離してください」


妖怪の手は相変わらず私の腕に添えられている。

離す気がないのが伝わったのか、ウサギの手に力がこもるのが分かった。


「ちょっと痛いよ、きみ」

「……その手を離して!」


妖怪は一つ溜息をつくと、ようやく私の手を開放してくれた。


「もういいでしょ、君も離してくれる?俺、男に嬲られる趣味はないんだよね」


雰囲気をガラリと変えた妖怪は、横目でウサギを流し見る。


「それにしても君、ずいぶんと面白い格好をしてるね。流行ってるの?そういうの」

「…………」

「いや、違うか。それがないと彼女に声を掛ける事も出来ないんだね」


ウサギの身体が慄く。

ビクリと震えた身体は逃げるように半歩程後退した

その様子に妖怪は嗤う。


「刈谷さん、志崎悠しざきゆうだよ」

「へ?」

「僕の名前、志崎悠って言うんだ。改めて宜しく」


更には、もう妖怪は止めてね、と付け加えられ私も同じ様に慄いた。


「今日の目標は達成したし、帰る事にするよ。刈谷さん、またね」

「…またのお越しをお待ちしております」

「あははっ。だから君のこと好きだよ」


最後にさらなる爆弾を投下していく男を見送った。

どっと疲れた。

ようやく店長を引き連れて戻ってきたミサキちゃんは、ウサギしかいなくなった店内の様子に「うわっ!色々見逃した気がする!」と悔しがった。


私といえば、微動だにしないウサギの様子に

どう声を掛けようかと迷っていた。

いつもは暴走気味に言いたいことを喋ってくるのに、これじゃあ調子が狂うではないか。

それに、私には彼を呼ぶ名前を持っていないのだ。


「あの、」


言いかけた所で、ウサギは踵を返し店を出て行った。

何だそれは。

今日の予定はどうしたのか。

ミサキちゃんはポカンと見送り、店長は何かに気付き私を振り返った。


「店長、休憩はいります」

「はい、行ってらっしゃい」


そして私はDVDを掴むと、あの可愛らしいウサギの頭部を探すためコンビニを飛び出した。



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