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すてっぷ


「やあやあやあ、刈谷女子。今日も大変麗しいね。僕が来れない間も健やかに過ごしていたかな?」


カウンターに腰掛けると、その長い脚を見せつけるように組む。

器用に上半身をこちらに向け、どこからともなく可憐な花束を取り出した。


「お客様、カウンターの上に座らないで頂けないでしょうか」

「刈谷女子、君をイメージして作らせた花束だよ。どうか受け取ってくれたまえ」

「カウンターの上に座らないでください」

「感動し過ぎて言葉も出ないようだね。この姫金魚草の可憐な花はまるで刈谷女子のようだが、隣で咲き誇るだけで更に君を優美にさせる」

「カウンターに……」

「そんなに謙遜することはないよ。私からの心ばかりの贈り物だ。この花達も君の手にある事で1番美しく輝くだろう」


ばさり、と渡され咄嗟に受け取ってしまった。

全く有り難くないので、感謝の言葉などは出てこなかった。


「お客様、大変恐れ入りますがその長くしなやかで気品のあるお身体をカウンターからお離し頂けます様お願い申し上げます」

「おっと、すまないね。刈谷女子との間に立ち塞がるこの要塞が非常に煩わしくてね。甘い花の蜜に導かれるようについ身を乗り出してしまったよ」


彼を見つめる今の私は、非常に残念な子を見る顔をしていることだろう。


綺麗に磨かれた革靴でストンと降りる。

座っていても圧迫感をもたらしていた身体は、立てば彼こそ要塞であろうというようにスラリと伸びている。

ミサキちゃんの目視測定およそ身長190cmの彼だが、その可愛いウサギちゃんが加わることによりゆうに2mは超えている。

身長で悩む人は皆着ければいいと思う。ウサギの頭部。

天へと突き出た耳がカサ増ししてくれるから。


身長プッチモニな私は仰ぐように変人を見上げる。

ここから見るとウサギの顔に影がかかり妙な迫力が生まれるが、慣れというものは恐ろしいもので、ほんのり顔を包むウサギの白い毛並みを観察出来るまでになった。


初来店当初こそ店内を震撼させた彼は、今ではちょっとした名物となっている。

未だに初見のお客にはビビられてはいるが、基本私以外には無害なのだ。


初日はひたすら私の接客態度がいかに素晴らしいかに始まり、私自身を賞賛するネタが一周すればプレゼント攻撃が始まった。

受け取らないでいたら、いっとき明らかに高額な物を常習的に持ってくるようになり、強めに困るのだと伝えると、プレゼントは少なくなったが何故だか手作り品に移行した。

そうじゃないのだと言いたかったが、手作りの野花の冠を持って来た時には、ウサギの向こうに幼気な少女が垣間見えた気がしてうっかり頭に乗せてしまったこともある。


とにかく、ウサギの頭部を首に乗せた男は、あれやこれや様々な手を使って私を構い倒してくるのだ。


「では刈谷女子、この飴細工を一つ頂けるかな」

「43円になります」


そう言って、チュッパチャプスの中から一つ独断と偏見で勝手に選んだ物にシールをペタリと付けた。


彼が買うのは決まってカウンターに置かれているものだけだ。

こうやって話しに来ることを生き甲斐にしているだけのようなので、理由を付けるだけの商品は基本何でも良いのだ。

今日も骨張った男らしい指からお金を受け取り、業務的な受け答えをする私をウサギが満足そうに眺めていた。






「刈谷さん、刈谷さんは結局のところ妖怪とウサギ、どっちが好きなんですか?」

「ずいぶんと唐突な質問で脳内処理が追いつかないのだけれど、シンジ君は私が少しでも2人のどちらかに魅力を感じていると思っているの?」

「だって、人外と人外だし」

「シンジ君って素敵な脳みそを持ってらっしゃるのね」


タバコの在庫確認をしている後ろで、唐揚げを補充しながらシンジ君は思い出したように言った。

明日って雨でしたっけ?な気安さだった。


「確かに変人に変わりはないですけど、結構高いスペック持ってそうじゃないですか?2人共」

「シンジ君の言うスペックとやらが遥か彼方過ぎて、それ以前の所で霞に霞まくって見えてこないんだけど」

「妖怪はエリートだし」

「息づかい荒くて舐め回すように見てくる事に関してはエリートだね」

「ウサギはモデル体型だし」

「ただの10頭身のウサギでしょ」


私の中では異性としては愚か、人間というカテゴリーですらない。


「まあそういうのは、無理に考えるものじゃないと思うよ」

「店長」


柔和な面持ちで控え室から出てきたのは、私が菩薩と崇め奉るこのコンビニエンスストアの店長だ。

変人達の奇行も、店長の頭の中で置き換えれば〝ユーモアのある人〟や〝元気な人〟もしくは〝ちょっと疲れている人〟程度の事なのだ。

あのミサキちゃんでさえ、店長の前では従順な小型犬へと化す。


「お花綺麗に活けてもらってありがとうございます」

「いえいえ、我々の控え室も華やかになって心が和むねえ」


ウサギに貰った花束をそのままシンジ君にプレゼントしようとしたら心底嫌そうに突き返され、ならば花弁ひとひらひとひらを彼の水筒に入れ花の香りを楽しんで貰おうとしたら顔面蒼白に水筒を守られてしまった。

そこに店長がやって来て、あれよあれよという間に飾られた。

なんということでしょう。殺風景で無関心だった控え室が、可憐な花たちにより温かみ溢るる室内へと変貌を遂げたではありませんか。

シンジよ、店長のスペックの方こそ、雲の先へ続く天竺へとある気がしませんか。


「それにしても刈谷さん。とても素敵な花をプレゼントしてもらったんですね」

「えーと…姫金魚草でしたっけ」


聞き流していた話の中でウサギが確かそう言っていた気がする。


「そうです。でも姫金魚草という言い方をする人って珍しいんですよね」

「別名、みたいなやつですか」

「姫金魚草は和名なんだよ。一般的にはリナリアの方が良く知られてるかな……て、そうかぁ」

「どうしたんですか?」


何かに気づいたように店長は目をぱちくりさせた。

自分の中で生まれた考えを咀嚼しているようで、ふと目元を緩めてこちらを見つめてきた。


「いやぁ、何となく彼の事が分かった気がしてね」

「彼って、ウサギですか?」

「そう、いつも顔を隠して一生懸命刈谷さんに話しかけている彼」

「私には仮装癖のある変態なんですが。人の話もまるっと聞いてないですし」

「え?刈谷さんの事が大好きすぎて暴走して突き詰めた先があれなんじゃないですか?」


急に話に入ってきたシンジ君をシッシと虫を追い払うように追いやった。

彼は不満を言いながら休憩室へと入って行く。


「僕もシンジ君の言う通りだと思うよ。刈谷さんはリナリアの花言葉って知ってる?」

「いやー…あたしそういうのに頓着なくて」

「きっと彼、あの花を贈ったもののその意味に気づかれたくなくって姫金魚草なんて呼び方をしたんじゃないかな」


何故かその先の言葉を私が聞いていいものなのかどうか分からなくなる。

手に持っていた在庫表を一心に眺めた。


「リナリアの花言葉はね〝この恋に気づいてください〟だよ」







私に対しての好意はいくら鈍い私でも、いや、いくら変人でも否応なしに伝わってくる。

どういった種類の好意かは考えた事もなかったが。

だから先日言われた店長の言葉が、うまく飲み込めないまま私の中をグルグル回っていた。


この恋に気づいてください


このウサギは、そんな可愛らしくも何処か切ない秘めやかな気持ちを抱いているのだろうか。

考えながら、座った目で前方を眺めた。


「刈谷女子。先日私は友人に薦められた映画を鑑賞したのだけれど、いたく感動してしまってね…。この感動をぜひ刈谷女子にも味わって貰いたくて、今度は私がこうしてお勧めに来たのだよ」

「今私は既に何か喜劇を見ているようです」

「少女が美貌の少年に出会い恋に落ちるのだけれどね、なんと彼は人間じゃなくってね…!」

「頭部がウサギの美貌の少年ですか」

「嗚呼っ、でもこれ以上言ったら君がつまらなくなってしまうよね…。これを貸すからぜひ見てくれたまえ」


結構です。

そう言いかけたところで再びあの言葉が過ぎった。


この恋に気づいてください


本当にそうなのだろうか。

むずむずと湧き上がる疑念と、あともう一つの名前の無い感情が頭を覗かせる。

私は彼が掲げていた紙袋を掴みとる。

自分の手から離れたDVDに、ウサギの中から小さく「……えっ…?」というくぐもった声が聞こえた。


「じゃあ遠慮なくお借りしますね。今週中に見ちゃいますから、来週の土曜日また来てくれますか?」


陳列棚の向こうから驚愕の声と共にミサキちゃんが顔を覗かせた。

お客もザワリと興味深げにこちらを見ており、隣でレジを打っていたシンジ君は間違えて自分の手にスキャナーを押し当てている。


ウサギといえば完全に停止している。

いつもこっちの話なんか聞いていないかと思っていたら、ちゃんと聞いているじゃあないか。


「……お借りしていいんですよね?」


再度問いかける。

するとウサギがプルプルと震えだした。

6月も半ばに差し掛かり、彼は白地のVネックシャツに黒い7分の薄手のジャケットを羽織っているのだが…。

見える素肌という素肌が、驚くほどに真っ赤に染まった。

そりゃあもう、ゆでダコという表現ってこういうこと!という程に。


「……あの…」


また声を掛ければ、面白いくらいに跳ね上がった。


「………まっ」

「ま?」


いつもはあんなに大きな声で何処か芝居がかっているくせに。

この変化は予想外すぎてこっちも困る。


「…また来ますーっ!」


そして彼は風となり、そこにいた全ての人間の意識を掻っ攫っていった。


ミサキちゃんは後に語る。


「刈谷先輩、獲物を前にして仕留めんばかりの狩猟の顔してましたよ。

最初、狩られるのに恐れて脱兎の如く逃げ帰ったのかと思いました」


失礼な。





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