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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と鬼姫⑤

 赤井崇志が通う聖葉学園は校門から校舎までのやたらと長い。

 その道を崇志はいつも以上に暗い顔で歩いていた。隣では長身の鬼姫が勝気な笑みを浮かべて横に並んでいた。

鬼姫が「学園に行く」と今朝宣言した時、非常に焦った崇志だった。しかしそれも杞憂に終わった。

鬼姫は頭に大きめのリボンを巻いて角も隠し、崇志の母がかつて使っていた制服を着ている。その姿はどっからどう見ても普通の学生姿だ

「サイズもぴったりで、けっこう似合うな」

「ああ、この制服のことか」

 鬼姫が視線を落とし自分の姿を眺める。照れたのか、少し顔が赤い。

「聖葉学園は50年前に設立されてから制服のデザインは変わってないから助かったな」

 鬼姫の言葉に崇志は頷いた。制服さえ着ていれば部外者の鬼姫も学園に上手く紛れることができるのだ。

「近頃の学校では変出者が校舎に入らないように携帯で認識登録しないと校舎に入れな いのに。この学園はこんなんで大丈夫かと疑いたくなるな。設備も旧式が多いし」

 崇志が不満を漏らした。しかしながら崇志は聖葉学園の外観は嫌いではなかった。設備は古いが校舎は整っている。西洋風の高級ホテルのような白い校舎は建てられた年月を感じさせない。

「まあ、そのおかげで私もこの学園に遊びに来られたわけだが」

 鬼姫は機嫌が良いのか、声の調子が軽い。

「良いか、崇志。私はこれでも一応は縁結びの神様を目指しているつもりだ。私が学園の女を定め、今日の下校時間に候補者を体育館倉庫におびき寄せる。お前はどうやってその女を口説くか授業の時間に考えておけ」

「あほか」

「ふふ、確かにアホのような作戦だが、私の眼にハズレは無い。必ずやお前に気のある生徒を見つけてみよう」

「そんな子はいない」

「そんなことはないさ。任せておけ。きっと私に結べない縁は無い。それに秘密兵器もある」

 不敵に鬼姫が笑う。

 崇志はため息をついた。

 げんなりとした気持ちで歩いていると、鬼姫が彼に聞く。

「ところで崇志はどういう子が好みなんだ?」

 そんな学生同士のような質問に崇志は少し考え込んだ。

「そうだな。特に、そういうのは。性格が合えば誰でも。というか誰でも縁とうのは繋がるものなのか」

「そういうわけではない。大方、繋がるべき縁というのは決まっているものだ。ただ一応、参考にな」

 鬼姫はずんずんと前に進んでいく。その話を聞いて、崇志はいささか引っかかるものを感じた。

「それなら、例えば、俺のクローンとかはどうなんだ?」

 あまり言いたくなかったが、言ってみた。血統が大事だと言うならクローンでも問題は無いはずだ。鬼はくるりと振り向いた。険のある表情だった。

「確かに、それでも問題無いかもしれんが、私は、私達は生命の儀式を冒涜するような行為は認めないからダメだ」

「いや、こっちも何となく言っただけだ。それにクローン技術は公に禁止されている」

 鬼姫は意外にも怒った口調だった。それに崇志は少し言い訳のような感じで答えてしまった。

 ふん、と鼻を鳴らし、鬼姫は再び歩き出し、またすぐに立ち止った。

何事かと崇志が彼女の視線の先を追い、一人の少女を見つけた。

「あの、色黒で金髪の女は誰だ?」

「ああ、天竜寺か。天竜寺エリカ」

 エリカは相変わらず優雅とも呼べる足どりで歩いている。

「ふむ。嫌な『魔名』を持つ人間だな」

 ぼそり、と囁いた。驚いて崇志が鬼姫を見る。ところが既に彼女は別の場所を見ていた。

それから鞄の中へと手を突っ込み、あるものを取り出した。

「ま、とりあえず、視ているだけじゃつまらない。とっとと相性の良い人間を定めてみようか。崇志、これが視えるだろう?」

「何だいその矢は?」

彼女の手には黒い矢が握られていた。矢羽にたくさんの護符が付いているのが印象的だった。

「こいつは、お前専用の縁の矢だよ。私が昨日造った」

「縁の矢?」

「そうさ。お前の『魔名』を練り込んで造った特別性さ。この矢を飛ばせば、お前と最も相性の良い縁の人間と刺さる」

「さ、刺さる?」

「心配するな。この矢は普通の人間には触れることはできないし、視えもしない。視えるのは私と、縁の持ち主である人間だけだ」

「へ、へぇ」

「そういうわけだ。やってみるぞ」

「え?」

鬼姫が大きく振りかぶり、大空に向かって投げつけた。

矢はとてつもない速度で飛び立ち、あっという間に青空の中へと消えて行った。

「ちょっ、こんなところで何してるんだよ」

登校してきた生徒達の驚きに満ちた視線が突き刺さる。

「何をしているかは、説明しただろう」

「そうじゃなくて、もっと周りの視線に気をつけろと言いたいの。祟るよ?あと、あんなに遠くに投げたら誰に当たったか分からないだろう」

小声で崇志が抗議する。鬼姫は鬱陶しそうに崇志の額へと手を当てて遠ざけた。

「ぴーぴーと騒ぐな。大丈夫。心配するな。あの矢はこの街を出るほど強い物ではない。必ずこの街の誰かに当たるようにしてある」

 鬼姫は自信満々だった。崇志は眉を顰める。

この街も相当な広さがあるのだ。下手したら矢が当たった人物を見つけられない可能性もある。それはそれで面倒なことにならなくて良いかもしれないが。

「おや、戻って来たぞ」

鬼姫の言葉に、先ほど矢が飛んで行った方向を見上げる。彼女の言葉通り、黒い矢がこちらへ戻って来た。矢は見る見るうちに学園に近付き、そして、彼らの前方に落ちた。

「ええ?」

 頓狂な声が崇志の喉から出た。

 矢は吸い寄せられるように奇妙なカーブを描き、一人の生徒の頭に当たった。少女は崇志とそれほど親しくもない人物、天竜寺エリカだった。

「ふむ。これは、少し予想外だな」

 一方、鬼姫は厳しい声音で呟く。その時。

ピチャリ。

 鬼姫の頭上に白いものが落ちてきた。

 叩きつけられたヨーグルトのごとくそれが鬼姫の頭で飛び散る。だがヨーグルトは空から降ってこない。空から落ちてくる白いものと言えば、鳥の排出物だ。

鬼姫は口をぽかんと開けたまま放心している。

「余計なことするな。ばーか、ばーか」

 真上からの声に崇志が顔をあげると、空に赤い着物の少女が浮かんでいた。今日も夢で視た幽霊少女だ。最近の彼女は夢以外の場所に出現する頻度が高くなっている。

 白い液体的なものをたらしながら鬼姫はわなわなと震えていた。

この少女を鬼姫のチカラで何とかしてもらいたいわけなので、このまま少女を懲らしめてくれると喜ばしい。

「あの、ちび殺す」

 怒りの声が響いた時には赤い着物の少女は消えていた。

「私から逃げられると思うなよ」

 そう言って鬼姫が校舎に向かって走り出すのを崇志は引きつった顔で見送った。

 周囲から白い視線が崇志に突き刺さる。「祟りで女の子に衛生的に良くないものを振りまいたんだわ」などという、ひそひそ話も聞こえてくる。

「帰りたい」

崇志は暗澹たる気持ちでため息をついた。



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