祟り神と鬼姫④
しばらく神様について語っていた鬼姫だが、眠くなってきたのかいつしか神社の床に寝転んだ。風邪を引いてはいけないということで崇志が彼女を担ぎ、祖父と一緒に神社を離れ赤井家に戻ることにした。
「何と言うか、いろいろと、すごい神様だよね」
「まぁ、ワシ等がこの神社を雑に扱っていた所為で鬱憤も溜まってしまったのかもな」
祖父の言葉に崇志は押し黙る。一応崇志にも罪悪感はある。
「麻美が言っていたよ」
智樹が突如呟いた。崇志は怪訝な顔で祖父に視線を向ける。
麻美というのは崇志の母親だ。彼女は先代の神主ということになるのだろう。
「世の中は、神様にとってどんどん生き難くなっているって。お前もそう思うか?崇志」
「どうだろうね、俺にはよく分からないよ。俺は普通の人間になっているから」
素っ気なく、崇志が呟く。それから話題を変えた。
「ねぇ、爺ちゃんはどうして婆ちゃんと結婚したの?」
「どうした、突然?」
「いや、鬼姫にあんなことを言われたから、考えてみたんだよ。俺は結婚できるのかなって。そりゃぁ俺だって普通に結婚して普通に生きたいと思っているからね。そんで参考にしたいんだよね。婆ちゃんも祟り神だったんでしょ?怖く無かったの?」
「ふむ。怖くは無かったな。お前さんと違って、この土地に居る限り至って普通の人間だったしな」
「へぇ、そうだったんだ。やっぱあの悪霊に嫌われているのは俺だけか」
乾いた笑みを浮かべ、崇志は言った。そんな彼に智樹が不思議そうな顔付きで聞いてきた。
「そう言えば、お前さんは覚えてないのか?前世の記憶を。神様っていうのは前世の記憶を引き継ぐものだと聞いたが」
「……実を言うと、曖昧なんだ。確かに俺の中に前世の記憶は蓄積されているみたいだけど、俺の意志で取り出すことはできない。時々、俺の頭に記憶がチラつくことはあるけれど」
「そうか。婆さんも曖昧だと言っていたな。まぁ、前世の自分と今のお前は別人なのだから、気にしても仕方が無いか」
智樹が静かな口調で言った。
崇志は弱々しい苦笑を見せた。前世の記憶はあまり良い記憶ではない。小学生の頃は前世の記憶に悩んだ時期もあった。
「それより爺ちゃん。青い鳥の運ぶ幸せについてどう思う?」
「また幸せの青い鳥の話か。どう思うと言われても」
「幸せを青い鳥に例えることは的を射ていると俺は思っているんだ。だって幸せは気が付いたら、小鳥みたいにすぐにどっかに飛んでいくものだから」
「まぁ、幸せの捉え方は人それぞれだがな」
曖昧に笑って智樹は言葉を濁した。否定も肯定もしなかった。
「うん、そうだね。幸せの感じ方なんて人それぞれだ。でも、少なくとも今この世の中には幸せじゃないと嘆いている人はたくさんいる。職業柄、幸せを作るなんて作業はとてつもなく苦労するものって知っているんだ」
「そうだなぁ。未だに自殺者も多いと聞くしなぁ」
「でも鬼姫は言った。人間全員に幸せを運ぶことができるって。彼女は己を過信しているかもしれないけれど、彼女は本気で言っていた。少しだけ鬼姫に協力してみようとは思っているんだ。もちろん子どもをつくるんじゃなくて、できれば他の方法で協力したいけど」
そう言ってから崇志はふと別のことを思い返した。
相変わらず暗い淀んだ瞳を祖父にかえす。
「母さんは、鬼姫のことは気が付いていたのかな?」
「どうだろうな。麻美はこの神社を怖がっていたようだから、何かを感じていたのは確かだが」
20歳になってから、麻美は神社に近付くことを頑固に拒否するようになったと崇志は祖父から聞いていた。「私は、ここに相応しく無いみたい」麻美は逃げるようにそう言ってここを出て行ったらしい。
それから、何年もしてから彼女は息子を連れて赤井神社に突如帰って来た。
(まぁ、母さんのことは考えても仕方が無いか。あの人は本当に何を考えているか分からない人だから)
今日も夢を観る。
桜の下、そこで踊り狂う赤い着物の少女。
「私は知っていますよ。鬼が目を覚ましたようですね。あの鬼はきっと私とご主人様を引き離そうとするに違いありません。本当に困りました」
少女の声が聞こえてきた。
少年はため息をつく。
「君が俺にとり憑くのを止めれば問題は無くなると思うけど」
「そうはいきません」
力強い声が響いた。
「実を言うと、私はご主人様に深い、深い恨みがあるんです。覚えていませんか?覚えていても言葉にすることはできないかもしれませんね。でもこれだけは言えます。私はご主人様の幸せな姿なんて見たくないです。私は不幸なご主人様が大好きなんです」
可愛らしい声で怖いことを言う。少年は苦笑するしか無かった。それから気になっていたことを一つ尋ねた。
「ねぇ、君も神様なのかい?」
「いいえ。違いますよ。私は神様じゃありません。ただのか弱い悪霊です」
「そんな馬鹿な。仮にも、祟り神である俺にとり憑き、鬼姫もてこずらせているじゃないか」
「鬼姫は単に、力が弱まっているだけです。それに貴方が祟り神としての力を使えば私を追い払うことはできますよ。ですから、どうしても私のことが嫌いなら、私から解放されたいと思うなら、早く本当の『祟り神』に目覚めて下さい」
高らかな声で少女が告げ、少年は首を振る。
どうしても祟り神にはなりたく無かった。
「それはできない相談だ。俺は人間として生きたい」
「そうですか。それなら私はいつも通り楽しく貴方で遊ぶだけです。えーっと、確かこれからご主人様は彼女作りをするんですよね?私的にそんなこと認められませんから、何が何でも邪魔して見せます」
踊るのを止め、少女が握り拳を固め「えい、えい、おー」と意気込んでいた。




