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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と鬼姫

 夜空には少しだけ赤みを帯びた三日月が浮かんでいた。玄関にあったライトの余波を浴びて、神社の古びた本殿は崇志の背中に寒いものを感じさせた。まるで本殿の掃除をサボっているのを怒っていて、「崇志に対して報復をしようとしているのでは」というような妄想すら浮かぶ。

(とにかく神社の裏に回って、井戸を見てくるだけ、それだけだ。走れば5分もかからない)

 崇志は自分に言い聞かせ、急いで神社の本殿の横を回る。

 突如、下から細長い物が横切った。慌てて影をライトで追う。猫だった。この神社の境内でときどき見かける猫だ。

眼を見開いてこちらを見ていた。怖がっている所為かその猫が笑ったように思えた。猫はガサガサと本殿の裏の森の中に入って行った。

(あと少しで、井戸がある。とにかく井戸を見たらすぐ帰ろう)

 神社の森に入った途端、周囲の温度が急激に下がったのを崇志は肌で感じた。

 全身から血が引いた。

 崇志を脅かすようにどこかでカラスが啼き、羽ばたく音が聞えてきた。

 風が木の葉っぱを揺らし、森が呼吸しているかのような葉のこすれる音が聞えてくる。

(あ、井戸が見えた)

 太い木々の間から四角い椅子のようなシルエットを確認し、崇志がホッと胸を撫で下ろした。その時。


 ズドン


 壁を蹴ったような音が森に響いた。崇志は驚いて身を竦ませる。


 ズドン


 再び、井戸の方から鈍い音が聞えてきた。


 ズドン


 井戸の蓋の部分が盛り上がった気がした。

(えっと、あれ?)

 困惑しながらも崇志は思考する。その間にも乱暴に井戸の蓋を蹴りあげる音がした。井戸の蓋が盛り上がっていくのも見えた。

(今から爺ちゃんを呼ぶわけにはいかないし)

 ズドン、ズドン、ズドン

 井戸の底から暴れるように音が続く。まるで井戸の底からナニかが這い上がってくるような。

(とにかく、井戸の蓋を押さえつけよう)

 慌てて崇志は走り出した。

 木々すらも井戸を怖れているのか、井戸のまわりは開けた空間になっている。井戸しかない広場のような場所に出ようとした時だった。木の根っこに足を取られた。

(あら?)

勢いよく転び、額を井戸にぶつけてしまった。バットで頭を打ち抜かれたかのような衝撃が崇志の頭を揺らす。

(痛い)

 額から鋭い刺激を感じた。血が出ているのだろうとぼんやりと思いながら立ち上がる。額から血が出てきたが崇志の表情に苦痛の色はない。ただ、血が滴っているせいでいつも以上に死人のような顔つきにはなっている。

 倒れた時にライトも手から落ちて地面に転がり、井戸を照らしていた。


 ズドン


今までで一番大きな音が響いた。

 大砲を撃ったかのような音と共に、井戸の蓋が吹き飛ぶ。

 そして蓋から紙のようなものが剥がれる。

(御札が剥がれた)

 御札は暗い森の中を、蝶のように舞っていた。その光景に崇志は機能停止したロボットのように茫然と立っていた。

「よ、う、や、く、で、れ、た」

 崇志の真下から、井戸の底から女の声が響き、右足に冷やりとしたものを感じた。心臓が跳ね上がる。

 井戸の中から腕が伸びてきて、崇志の足をものすごい力で鷲頭かみにしていた。

「っうお」

 崇志を井戸に引きずり込もうとする腕の力に引きずられ、バランスを崩して滑るように倒れた。

 人間の力とは思えないほどの力で彼の足は引っ張られる。

 腕の力に無我夢中で抗う崇志の真上から、御札が蝶のように下りてきてペタリと崇志の頭に張り付く。

 足を引きもどすことに必死で張り付いた御札に気付くことはなかった。それどころではなかった。

 井戸からぬっと茶色い何かが飛び出してきた。

 もじゃもじゃとした茶色の綿に包まられたお化け、それが崇志の第一印象だった。よく見ると、茶色の綿からは二本の細長い棒が角のように生えており、そして顔には二つの赤く光る目があった。

一瞬だけ崇志の足を掴んでいた力が抜けて、崇志と茶色の物体は無言で見つめ合う。

崇志自身も額に御札を張り付けていて、出血している姿は人間には見えず、化け物同士が向き合っているようでもあるが。

 崇志はこの井戸から出てきた何かを見て、井戸にまつわる説話を思い出した。

(井戸から鬼が放たれた?)

 モジャモジャの物体も崇志の顔を見て、息を吸う気配を崇志は感じた。

「この悪霊がああああああ」

 井戸から出てきたお化けが突如叫び、崇志に飛びかかってきた。崇志は呆気に取られる。

 反射的に崇志は茶色いお化けを左足で蹴りあげた。二つの赤い目玉の真ん中をめがけて。 

見事に崇志の足がもじゃもじゃお化けに突き刺さった。崇志を掴んでいた手が離れ、再び異形の物体は井戸に落ちて行く。

(助かった)

 崇志が蹴った恰好のまま固まっていると、すぐに井戸からもじゃもじゃの髪が這いあがってきた。

「てめえ、女の顔を蹴るなんて最低だな」

 脅すような声が茶色のお化けから聞えた。構わずに崇志はもう一度蹴った。形勢逆転。

今の崇志にはこの井戸から出てきたモノに恐怖は感じなかった。触ることもできるし、話すこともできる。つまり眼の前に居るのは鬼の変装をした人間であるという答えを崇志は出した。

(どうせ爺さんが俺をからかうために誰かを雇ったんだろう)

 崇志の祖父ならあり得ることだ。そして祖父の頼まれた脅かし役は、崇志の不気味な雰囲気に怯えてしまったのだろうと崇志は推測した。

 崇志に蹴られたお化けが再度落ちそうになるも、今度はすぐに態勢を整えて踏ん張り耐えた。

「おい、低級霊。私を誰だと思っている?喰うぞ、こら」

「誰が低級霊だ。お前こそジジイにそそのかされて俺を驚かそうって魂胆だろ。祟るぞ?」

「はっ何を。血を流しながら頭に御札を付けて良く言う。どうせどっかの神にチョッカイでも出して、ぼこられたんだろ?ザコが」

「そっちこそ何を意味分からんことを。本当に祟ってやるよ?」

 崇志は会話が噛み合わない女に呆れながらも、足に渾身の力を込めて女を押しもどそうとする。

「ちょ、お前、調子に乗るなぁああああああ」

 女が大声で叫んだ瞬間、崇志の眼の前にいくつかの金色の粒が蛍のように横切った。蛍達はゆっくりと蛍が女の近くに集まる。

(いや、蛍じゃない)

 光の粒は全て金色の文字で出来ていた。小説に印刷されているよりも小さな、小さな文字がどこからともなく現れ、いつしか文字は崇志を取り囲み、浮いていた。

 文字の群れは女の周りを蛍の如く舞い始める。

「くたばれ、クソガキ」

 女が手をかざし、口元を吊り上げた。同時に文字の光が輝きを増す。光の群れが崇志に一斉に群がり飛びまわった。

 しかし、光は崇志に当たると雪が溶けるように消えて行く。熱くも何とない。

(火の玉、でもないし糸も付いてない)

 薄らぐ光に崇志が困惑して女を見ると、女も赤い瞳を見開いていた。

 女の顔にも困惑が見てとれた。

「あれ?成仏しない?なぜ?もしかして人間?」

 女が首を傾げる。崇志も女を押しつけていた足から力を抜く。

 崇志がお化けだの悪霊だの間違えられることは毎度のことだった。文化祭でのお化け屋敷に、客として参加したのに脅かし役が悲鳴を上げるのも慣れたものである。また、その不気味な容姿をもって脅かし役としては最強だと言われこともある。そんなこともあり、肝試しには頻繁に参加し、肝試しの仕掛けは一通り知っているつもりだった。それなのに今回の仕掛けには納得がいかなった。

「今の光はどういう仕掛けなんだ?」

「いや、仕掛けはないけど」

 そう言って女が癖のある髪を掻き上げる。ここで初めて崇志は女の顔をまじまじと見ることができた。色白の肌に癖のある長い髪が黒い着物を覆っている。瞳は鋭く、神秘的な赤色は剣呑な印象を人に与える。そして特に目を引くのは頭から生えている二本の角である。

 崇志は女から生えている角に手を伸ばしてグイッと引っ張った。

(取れない。飾りじゃないのか)

 崇志が女の角を揺すっていると女の眼が更に険しくなる。

「おい、何するんだ。角に触るな。変態」

 ほぼ毎日不気味だの死人みたいだの言われているが、変態と言われたのにはさすがに傷ついた。仕返しのつもりで角を持つに手に力を込めて、井戸の上で女をグルグルと回す。気分としては煮込んだ鍋をオタマで掻き回しているようだった。

「俺は変態じゃない」

「それならまずは角から手を離せ。破廉恥男」

 女に言われてようやく崇志は角から手を離す。女の厳しい口調に角を触ることは予想以上に良くないことだと崇志もひとまず反省し、もう一度名誉を取り戻すために口を開いた。

「俺は変態じゃない」

「知らない。死ねばいいに」

「おい、すぐに変態を撤回しろ。名誉既損だ。祟るぞ」

 崇志が憤る。ところが女は無視して井戸から出てきた。女は黒色の着物を着ていた。

 井戸を覗いて見た。暗い所為もあるが底が見えなかった。近くにあったライトを手に取り井戸を照らしても黒色の絵具で塗りつぶしたような空間しか見えない。どうやらかなり深い井戸であることが分かった。

(この女はどうやって井戸を這いあがってきたんだ?)

 女は着物を手で叩いて埃を落とすような仕草をしている。崇志は改めて女の角を見てから呟いた。

「鬼姫」

 崇志が名を呼ぶと、女が顔を向けてきた。口元には薄笑いが浮かんでいた。


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