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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と神社


 崇志が暮らす赤井神社は、四方を森に囲まれている。神社への唯一の道である長い、長い石段を登る。鳥居をくぐると、手入れのなっていない雑草が石畳の間からいくつも顔を出していた。ちなみに、本殿である神社のほうは掃除もしていないので埃だらけのはずだ。

(まったく、本当にここに神様がいるとは思えないよなぁ)

 この神社に彼がやってきて10年が経ったが、彼はこの神社で神様と会ったことはない。

(まぁ、悪霊とは会ったけどね)

それから彼は斜め右へと視線を向け、古臭い瓦葺の日本ならではの家を見る。普段彼はこの家で生活しているのだ。

 崇志はこの家で祖父と二人暮らしであった。母にここに連れてこられ、名目上、祖父が管理するこの神社に引き取られたのだ。しかし祖父は近くにある大学で働いていて何かと忙しいせいか、神社のほうはほとんど放ってある状態である。

「ただいま」

 引き戸をこじ開け、崇志は覇気のない声で家の中に入って行った。

「お帰り~」

 間の抜けた声が、奥から響いてくるのを聞きながら、玄関に飾ってあった時計を見上げる。

(9時。今日は帰るのが遅くなったな)

 スプリンクラーが誤作動した所為でずぶ濡れになった崇志であったが、学校から予備の制服の着替えを貸してもらったりしていて、予想以上に時間がかかってしまった。

居間に行くと祖父である赤井智樹が床に本を広げて熱心に読んでいた。

「今日は遅かったな。崇志」

「いろいろあった。それより」

 言葉を区切り、いつもと雰囲気が違う居間を眺める。

 8畳の和室の中心には卓袱台があり、その上には何故か古臭い剣が置かれていた。刃渡り1メートルくらいだろうか。茶色の塗装が柄にも鞘にも施されているようだが、所々塗装が剥げている。柄には丸い円の中に蛇を象った紋様が刻まれている。

「その剣って家の神社の家宝みたいなやつだろ。何でこんなところに出してるんだよ」

「ああ、まあ少し気になることがあってな」

祖父は今年で60歳近くになるが、未だにその外見は40代と言われても納得してしまいそうなくらい若々しい。

 そして祖父は崇志と違い、性格も陽気で声が大きい。

 祖父の智樹が読んでいる文献は古臭かった。紙も茶色に変色している。おそらく神社の倉庫にあった本だろう。祖父は大学で民俗学の研究をしていた。

 祖父は文献を読み進めながら口を開いた。

「最近、神社の裏にある井戸から音がするらしいんだよ」

「裏にある井戸って、御札が貼ってある板で封じてあるやつ?」

「そうそう。子どもがここら辺で遊んでいたら、井戸の中からトン、トンって叩く音が聞えるんだってさ。まるで封をされた板を破ろうとするように」

 智樹の話に崇志は顔を顰めた。

 神社の裏にある井戸には伝承がある。その所為か赤井神社は一種の神霊スポットとして近所では有名になっているのだ。

 端的に言えば昔、ここらの土地にいた鬼を赤井の祖先が井戸に閉じ込めたという話だ。

 それ以来、その井戸は誰も開けることができないらしい。井戸は簡素な御札が貼りつけられ、縄できつく塞がれている。崇志も子どものころに、井戸を塞いでいる粗末な板を取ろうとしたことがあるが、びくともしなかった。

「そんでワシも井戸の近くに行ったら本当に音がするわけよ」

「か、風とかじゃないの?」

 祟り神である崇志だが、決して怖いものが好きなわけではない。むしろ苦手な方だ。正直に言うと、風呂場で頭を洗った後に、鏡に映る自分を悪霊と勘違いをして肝を冷やすような思いをしたことも何回かある。

「大した音じゃないけど、風の音とは違う気がするんだよ」

「へえ」

「それなので、とりあえず除霊の仕方を探そうと思ってな」

「は?」

 崇志が本日二度目の間の抜けた声を発する。

智樹は文献を閉じた。

「ひとまず、神社の文献に鬼を井戸に閉じ込めた時の様子が記されていた。読んでみたけど人間のワシでも何とかなりそうだ」

 智樹は満面の笑みを浮かべて立ち上がり、卓袱台の上にあった剣を手に取った。

 (何する気だ?)

 崇志が困惑していることに構わずに、智樹は剣を抜こうと手に力を込めた。

「抜けないな」

(そりゃあ、錆びてるからだよ)

 しばらく智樹が剣を抜こうとしているのを眺めながら崇志は頭を掻いた。

「その剣を抜いてどうするつもりだよ?」

 崇志が疲れた口調で質問すると智樹は剣を抜くのを諦めた。それから崇志に真剣な視線を送る。

「この剣で井戸から出てきた鬼を斬る」

 真顔でそんなことを言う祖父を見て、崇志は頭を抱えたくなった。智樹は崇志と違って怖い物知らずの性格をしている。率先してホラースポット等とはやし立てられる場所にも行く。祖父は自分が専攻している民俗学の研究のためだと言っているが。

「ウチの神社に鬼なんているわけがないだろう」

 崇志が言うと祖父は肩を竦めた。

「お前は何でそんな夢のないことを言うかね。仮にも、神様だろう?」

「もう神様じゃないよ。ただの人間。人間の場合、高一になってからもそんなこと言っていると、頭がおかしいと思われるからな」

「何かまるで爺ちゃんの頭がおかしいみたいな言い方だな」

 崇志がにべもなく言うと智樹は眉を顰めた。しかし、その表情もすぐに消え、突然口元を緩めた。まるで悪戯を思いつた子どものような笑みに、崇志は嫌な寒気を覚えた。

「そうか、そうか。崇志は怖くないんだね。それなら今から井戸のとこに行って、変な音がどうして鳴るのか確認して来られるよねえ?」

 子どものような祖父の言い分に崇志は顔を引きつらせた。祖父は崇志が怖がりであることを知っている。

「いや、夜は暗くてしっかりと確認できないからな。明日の朝のほうがいい」

「そんなこと言って、本当は怖いんだろ?高一にもなって鬼が怖いってダサいなあ。恥ずかしいなぁ。お前の中学の友達に言いふらしてやろう。きっと皆笑うだろうなあ。そんな不吉な顔してホラーが怖いだなんてさぁ。きっと仙石さんの娘さんなんか大爆笑だろうなぁ。あれ?そういえば崇志って仙石の娘さんが好きだったよねぇ?振られちゃったけど。いやあ、本当に悲惨な振られ方だったよねぇ」

 智樹が得意顔でペラペラと口を動かすのを眺めて、崇志は観念した。本当だったらコンプレックスすら感じている低い声で威嚇したかった。しかし口下手な崇志である。「喋り続けることが人生において最も大切である」という言葉を信条にし、実行している祖父に口で勝てるわけがない。それはいつものことで分かっている。

「分かったよ。確認してくるよ」

 崇志は口を尖らせながら頷いた。

 勝ち誇った祖父を横目に崇志は再び玄関に戻り、外に出た。


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