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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と悪霊②

 部活がある辰巳と別れ、崇志は食堂へとやってきた。

 授業が終わったばかりのこともあってか、食堂のあたりに生徒はいなくなっていった。崇志にとっても、皆にギャーギャー騒がれるのは好きではないので好都合だと思った。

 ところが食堂の扉の前で、崇志は中から話声が聞えてくるのに気がついた。妙に高い声で騒いでいるので、女子であることが分かる。

「こんなところまで連れてきて何か用?」

「あんたさあ、調子にのりすぎ」

「そうよ、さっきだって偉そうにしてさあ。マジウザイ」

 いささか刺々しい女子の会話に崇志は立ち止った。簡単に入れる雰囲気ではない。とはいえ食堂に財布があるかもしれない。あの財布には今月の赤井家の食費がたんまり入っているのだ。

(どうして俺はこうもついてないんだ?)

 ひとまず食堂の中を覗いてみよう。崇志はゆっくりと扉を開いていく。

「貴方達が馬鹿だからしょうがないじゃない。っていうかさぁ、わざわざ教えてあげた私に対してこの態度は酷くないかしら?」

 そっと扉の向こうを覗くと、金髪の少女が挑発するような声で言い放っていた。

「何が教えてあげたよ。私が英語の訳を言った途端、爆笑しやがって」

「いや、だってさあ、あれは無いわよ。よくその頭で高校入れたわね」

 金髪の少女がけらけらと笑う。

食堂の左隅で3人の少女が、金髪の少女を取り囲むように立っていた。少女達は尋問のような雰囲気で金髪少女に向かっている。傍から見ると、典型的な苛めの構図であった。

苛めを受けているはずの位置で、金髪少女は悠然とした態度で、むしろ馬鹿にするような笑みを他の少女達に向けていた。

 半ば唖然としながらも、崇志は本来の目的である財布を探すため、食堂を見渡す。そして喜ばしいことに、財布は簡単に見つかった。食堂の左隅の机に、ぽつんと置かれていた。少女達がたむろっている丁度後である。

 財布を取りに行くためには、少女達に近付かなくてはいけない。しかし今出て行くのは明らかに気まずい。

崇志は少しずつ、扉の音を立てないように、開けることにした。

「だいたいアンタってさあ、遺伝子教育受けているんでしょう?それなら私達よりも頭が良くて当たり前じゃない」

「いえいえ、そんなことはないわ。確かに遺伝子も生物の才能を決める重要な要因でもあるわ。でもね、人間の才能ってのは、周りの環境と何よりも努力が一番大切な要因であるって授業で習ったでしょう?」

「そんなのは詭弁よ、だって、」

 崇志が完全に扉を開いた時に、少女達の言い争う声がぴたりと止んだ。それから少女達が目を丸くして崇志に視線を向けてきた。

 しばらく沈黙の後、金髪少女に迫っていたうちの一人が、今までにない高い声を上げた。

「ああああ赤井崇志?」

 怯えるかのような少女の声。それを皮切りに、他の少女達からも甲高い声が崇志の耳に響いた。

「赤井崇志ってあの不幸を呼び寄せる男?」

「歩く7不思議って噂の?」

 不本意な噂に崇志は目を細めるも、ひとまず財布に向かって、ひいては少女達に向かって歩き出す。

崇志の長い黒髪と、暗い瞳が醸し出す不吉な気配に、少女達が圧倒される。そんな中、金髪の少女だけが面白い見世物が始まったとでも言うように静観していた。

 ある程度少女達に近付いたところで崇志は立ち止った。要件だけ伝えて早々にここを立ち去ろうと決め、大きく息を吸い込む。

「邪魔だ」

(俺の財布が後にあるからね)

 女の子のような小柄な外見にしては、低く地鳴りのような声が食堂に反響した。不吉を背負う少年に相応しい声に、取り囲んでいた少女達は怯えの表情を濃くした。

 少女達の反応を見て、崇志は言葉が足りていないことに気がついた。これでは喧嘩を止めようと脅しているかのような物言いになってしまう。ただ財布を取るために食堂に来たことを伝えるため、補足をしようと崇志は口を開こうとした。

 しかし、崇志よりも早くリーダー格であろう背の高い少女がヒステリックな声を上げた。

「何よ。アンタには関係ないでしょう」

「いや、大いに関係あるよ」

(俺の財布がお前達の後にあるからな)

 崇志は勢いで反応してしまい、補足を入れるのを忘れてしまう。崇志の声に背の高い少女が後退しつつも、後ろを指差した。

 つられて崇志も指の方向でにやける金髪の少女を見る。改めて見ると外国の映画で主役を張ってもおかしくないような、グラマー美人といった感じだ。背は崇志と同じか少し高いぐらいで、女子にしては高いほうだろう。

 崇志はこの少女に見覚えがあった。

(確か、先月に転校してきた天竜寺エリカだったかな)

「言っておくけど、こ、こいつが悪いのよ。いつも、いつも私達のことを劣等種の遺伝子だって馬鹿にして」

「別に、馬鹿にはしてないわ。事実でしょう?私はきちんと遺伝子を改良してもらって優秀な遺伝子にしてもらったのだから。それに全ての才能が遺伝子だけで決まるわけじゃないってさっきから言っているでしょう?きちんと努力すればそれなりに結果が出せるのよ。まぁ貴方達じゃ無理かもしれないけど」

 天竜寺エリカが高笑いするのを聞いて、崇志もようやく状況を把握することができた。

(ああ、また遺伝子教育を巡る争いか)

 遺伝子とは生物の設計図である。生物の形、色等の形質を決定する設計図。その設計図を書き換える技術である遺伝子の組み換えにより、理論上は効率的な生物を造ることができるのだ。植物の品種改良から始まり、動物の遺伝子操作、さらに近年では人に対しての遺伝子教育と呼ばれる、要は人間に対する遺伝子操作も流行りつつある。

(まぁ祟り神である俺は、あまりそういうのを気にはしないのだけど)

「ほら、今の言葉を聞いた?私達のことをそうやって馬鹿にしてくるのよ。許せないでしょう?」

 少女が苛立ちの声を上げて、崇志に同意を求めてきた。崇志は賛成も反対もせずに堂々としているエリカを観察する。

 遺伝子教育では瞳の色、髪の色、運動能力、脳の記憶容量や演算能力などの形質を書き換えることで、理想的な子どもを造ることができる。しかし、この技術は何よりも費用がかかる。

 つまるところ、英才教育の如く、裕福な家庭の子どもたちにしか遺伝子教育を行うことはできない。

 眼の前で胸を張る少女は、噂で伝え聞くところ親もかなりの資産家であり、勉強も運動神経も抜きん出ているらしい。

 このことは遺伝子教育のもう一つの問題点を生む。遺伝子教育を受けたかどうかで人を判断する、選民思想のような流れ。

現に、天竜寺エリカは自分の容姿と能力を鼻に掛けている。そんな噂も崇志は聞いたことがあった。まぁ、遺伝子教育を受けてない者達も過剰に嫉妬を抱いているのではないか。そんな風にも崇志は思うのだが。

 しかし、と崇志は改めて少女達を見渡す。

「アンタだって遺伝子教育を受けたぐらいで威張られるのは嫌だろ?」

 少女に言われて崇志は深く息を吐く。

「そんなことはどうでもいいよ。祟るよ?」

 心底どうでもいいという風に呟く。最後の一言は癖で言ってしまっただけで、深い意味は無い。彼にとっては、普通の学生たちが冗談で「ぶっ殺すよ」というようなニュアンスで口にしただけだ。

ところが天竜寺を除く少女達が息を呑んだ。

音量は非常に小さかったが、その低い声音は食堂の中で不気味に反響した。自分の声の不吉な感じに呆れながらも、話を続けようとする。

「一人に対して、多数で囲むという手段を用いているお前達が、正しいとは思えないな」

 多少ながら武道を嗜む崇志は、曲がった事を好まない性格でもある。だが今日のところは、説教をしようなどとは思っていない。伝えたいことだけを言って崇志は満足した。 

「俺は言ったぞ。邪魔だと。とにかくどけよ」

(そこに居ると財布を取ることができないんだよね)

 崇志はそう言って少女達を睨む。見かけによらず低い声音は少女達の耳に粘つくことも知っていた。

「あ、アンタは天竜寺の肩を持つわけ?」

 背の高い少女が震えながら叫ぶように言った。

他の少女達は顔を青くして、崇志に言いかかる少女を止めようとしていた。

「早く、逃げた方がいいよ」

「だって、あいつは、赤井は、」

 少女達が喚くのを見つめながら、崇志は煩わしそうに頭を掻いた。

「どうしても、そこをどかないと言うならば」

 崇志はそこで口を閉じる。

一瞬、静寂が訪れた。

興奮していた少女も、崇志の空恐ろしい声に顔を引きつらせた。

エリカだけは相変わらず、にやけた笑みを浮かべている。

(遠回りして財布を取りに行くしかないかなぁ)

 彼女達を説得するよりも、遠回りして財布を取ったほうが早いと判断した崇志は、彼女達から視線を外す。

そして顔が強張った。崇志は右頬を震わせながら己の視たモノを注視する。

 

 彼の頭上では赤い影が揺らいでいる。時が止まったかのような感覚を崇志は感じた。

「ほらぁ、私の言った通り、お財布がありましたよ。それではご褒美です。一緒に遊びましょう」

 薄絹の下で、下品に口元を笑わせ、赤い着物を着た少女が告げた。

彼女は両の手を水平に伸ばし、赤い袖を垂らしてから、パチンと掌を打った。

(こいつが来るといつも、不運なことが起こるんだよなぁ)

「いったい何をするつもり」


 崇志が言い終わる前に、真上から大量のガラスが一斉に割れるような、甲高い音が轟いた。

「な?」

 崇志は目を見開き、天井を見上げる。天井からはいくつもの透明な大粒の塊が当たり一面に落ちてくるのが見えた。

 食堂の天井には、ガラス等一切ないことを崇志は知っていたが、実は食堂の天井はガラスで、それが今突然粉々に割れて降ってきているのだとすら感じた。

 周囲からは少女達の悲痛な悲鳴を聞きながら、崇志は目を閉じた。

(これだけのガラスが突き刺されば、さすがに命はないかもな。今回も青い鳥を捕まえられなかった。悲しいなぁ)

 そんな諦観にも似た感傷に浸った瞬間、凄まじい衝撃が崇志の身体を揺らした。

 その衝撃は、数々の破片が突き刺さる感覚ではなく、心臓が止まるかと思うほどの冷たさと、重たい布団が頭の上に落ちてきたかのようなものだった。

(これは、水?)

 未だに頭の上から押し付けられるのを感じながら、崇志は目を開いた。滝に打たれているかのような光景に苦笑していると、次第に水が止んでくるのが分かった。

 少女達が茫然としているのを横目に崇志は天井を観察した。

「スプリンクラーの誤作動ってやつね」

 天竜寺の弾んだ声を聞いてから、崇志は天井の上に水道線がついた水巻機がぶらさがっているのに気がつく。

先ほどの音は大量の水が溢れ出たことによって起きたもののようだった。

「まあ、旧式の散水機だから仕方ないと言えば仕方ないけど、こんなことは滅多に起こらないわ。さすがは不吉を呼ぶ男」

 天竜寺が楽しそうに言うのを聞いて、崇志はびしょ濡れになった少女達に視線を移す。天竜寺だけがはしゃいだ目を向けていて、他の少女達は顔を引きつらせて崇志を見ていた。

「噂では聞いていたけど、すごいわねえ。赤井崇志が窓に近づくとガラスが割れる。赤井崇志が薬品を扱えば誤爆する。そんなあり得ない噂ばかりだったけど案外、本当なのかしら。そう言えば、不吉を呼ぶ男に近付くと不幸が伝染するって聞くけど、私達にもうつってしまうのかしら?」

 天竜寺は笑いながら少女達に話しかけた。途端に少女達の間に顔が引きつる。

「聞いたことがある。赤井崇志と話すと呪われるんでしょう。どうしよう」

「いやああ」

 一人の少女が叫び出すとともに、他の少女達も怯えた顔で逃げだした。

 崇志としては複雑な気持ちだった。確かに不可解な事故が起こる回数は、学園の中でも崇志が一番であろう。先日も崇志の傍にあった窓ガラスが割れたのを思い出す。そのたびに赤い少女が現れた。

(マジでお祓いをしてもらいたいなぁ。多分、意味無いけど)

 食堂には天竜寺と崇志だけが残った。

 崇志は濡れた髪を掻き上げながら財布を探した。財布は水に流され床に落とされていた。おそらく中身もびしょ濡れだろう。崇志はため息を吐いた。

天竜寺はしげしげと崇志を見つめながら彼の方へやって来て、あろうことか突然彼の顔に触れてきた。

「な?」

「あら、不吉を呼ぶ男って名前にしては案外かわいい顔つきじゃない」

「別に俺の名前は不吉を呼ぶ男じゃないよ。変なことを言っていると祟るよ?」

 不機嫌そうに手を払いのけると天竜寺が愉快そうに笑い、天井を見上げた。

「もしかして貴方って遺伝子教育者?」

 突然の話題に崇志は眉を顰めてから首を振った。

 崇志が通う聖葉学園にも、何人かの遺伝子教育をされた者がいる。彼らのほとんどは突出した才能を持っていた。対して、崇志はこれといった才能はない。確かに成績も悪くないし、運動も出来ないわけではないが、普通の領域の中である。

「何で俺が遺伝子教育をしていると思うんだ?」

「だって貴方、面白い才能があるみたいじゃない」

 天竜寺が不敵に笑うのを見て崇志は首を傾げた。面白い才能などこれっぽっちも思いつかない。

 崇志の様子に天竜寺はキツネのように目を細める。

「貴方には不幸を呼び寄せるっていう才能があるんでしょう?スプリンクラーが誤作動するなんてなかなかないわよ」

「は?」

 珍しく間の抜けた声を崇志が漏らした。不幸を呼ぶことは才能なのだろうか。

奇妙な話をする天竜寺を崇志は眼を瞬かせて見つめる。

 天竜寺は唇を舐めてから、崇志にむかって顔を近づけてきた。

「貴方は遺伝子教育ができた理由って知ってる?」

「遺伝子教育で優秀な子どもがほしいからだろ?」

 そう答えた崇志に対して、天竜寺は裾から水を垂らしながら、両手を交差させてバッテンを作った。

「不正解。正解はある研究者達が、人間を超えた人間を造ろうと思ったから」

 肉食動物のように、犬歯をむき出しにして天竜寺は笑った。崇志はそんな事実聞いたことが無かった。頭のねじが外れたことを言うエリート少女だと思い、憐みのような感情を抱く。

 そこで、人々がかけてくる音が聞えてきた。

どうやらスプリンクラーの誤作動に気がついたようだ。

「それじゃ、また今度。それと一応言っておくわ。助けてくれてどうも。まぁ、必要無かったけどね」

 天竜寺は親しげにも思える口調でそう言って、崇志の横を通り過ぎて行った。

 ずぶ濡れの格好にも関わらず、颯爽とした足どりで去って行く少女に感心してから、崇志は床の上で大量に水分を含んだ財布を拾った。

「また、お前か。赤井」

 小太りの担任の教師がいつの間にか食堂の入口に立っていた。

「3日前もガラス割っていたし、何て言うか、頑張れよ、赤井」

 教師のほうも崇志の対応には困っているらしかった。いつも崇志が悪さをしているということは明らかなのだが、崇志の周りでは事故が多すぎるのだ。

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