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祟り神の少年  作者: 如月
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終章

守巣湖と呼ばれる湖では毎年、花火大会が二日間行われている。

黒い夜空に、多様な花火が上がる様は見事であり、湖畔に近づき体内すらも震わせるような花火の音を楽しむのも一興である。しかし赤井崇志はこの花火大会を湖から少し離れ、比較的高い場所にある赤井神社から見るのを楽しみにしていた。

 長い石段の一番上にある鳥居の下に座り、崇志は花火に見惚れていた。背の高い木々に囲まれた赤井神社であるが、鳥居の傍なら湖が良く見えるのだ。彼の隣には赤蓮が座っていた。神社でのいざこざの後、彼女は頻繁に崇志の前に現れるようになった。

 赤蓮が石段の下を指差した。

「お客さんですよ」

 花火から目をそらし、彼は少しだけ驚いた表情を見せた。見覚えのある人影が神社に上がって来たのだ。崇志と赤蓮は立ち上がる。

「赤井神社に何か用ですか」

 近づく少女に崇志が尋ねた。金髪に浅黒い肌の少女に。

「用なんて無いわよ。ただなんとなく来ただけよ」

 天竜寺エリカがきっぱりと言った。彼女はいつものように無遠慮な瞳を彼へと向ける。そしていつものようにはきはきとした口調で言う。

「あんた、どっかで視たことがあるわね。もしかして聖葉学園の生徒?」

「そうだよ。俺は赤井崇志。天竜寺さん。はじめまして」

「ああ、そうだったわ。2組の根暗君でしょ」

 エリカが高飛車に言った。崇志は苦笑し、心の中で落胆している自分に気が付いた。

「その子は?妹?」

赤蓮を指し、エリカが尋ねた。崇志が答えるよりも先に、赤蓮が一歩前に出る。

「そうですよー。私は妹なのですよー」

 能天気な声で赤蓮が嘘を吐く。この少女はいつの間にか他の人間にも視えるようになっていた。鬼姫と和解したおかげで彼女自身の力も増したらしい。

「質問を繰り返すけど、どうしてこの神社に来たの?」

 崇志がエリカに聞いた。エリカは鼻を鳴らし、崇志から顔を背けて湖に視線を移した。湖から花火の音と、光が届いてくる。

「ここから視る花火が綺麗だって誰かに聞いたような気がするのよ」

「そうなんだ」

「でも、私は近くで視るほうが好きだわ。ここからの花火は何か迫力が足りないもの」

「そうかな。俺は情緒があっていいと思うけど」

 崇志は黙りこむ。横から赤蓮が小さな声で耳打ちしてきた。

「やっぱり覚えてないようですね」

「そうだね」

複雑な思いで崇志は頷いた。

『ヤオヨロズ』に運ばれた天竜寺エリカは何とか一命を取り留めた。しかし、奈々霧によって彼女は鬼姫と祟り神のことを忘れるように術をかけられた。

また今回のようなことを起こさないためにも、天竜寺エリカの記憶を消さなくてはいけない。そのように鬼姫と赤蓮に強く説得されたのが三日前のこと。

「まぁ、はっきり言って、今や天竜寺エリカさんはご主人様とは無関係。一度死にかけて、縁も切れたみたいですし」

彼女の身体には、もう縁の矢は刺さっていない。こんなに呆気なく縁が切れるのかと少しだけ呆れてしまう。

「普通なら、そう簡単には切れないのでしょうが。ご主人様は祟り神で、エリカさんは『ヤオヨロズ』によって最新の遺伝子教育を受けていますから。はっきり言って普通の人とは縁の在り方が違うのです」

崇志の心を見透かすように、赤蓮が小声で囁く。

そうなのだ。今や、崇志と彼女は無関係。いや、下手をしたら敵同士だ。

花火が終わり、エリカが言った。

「帰るわね」

「そうだね。それがいい」

 崇志も立ち上がった。

 エリカが神社の石段を下りて行くのを見ながら赤蓮が崇志の腕を引っ張った。

「エリカさんの記憶、きちんと変更されているみたいですね」

「そうだね。そう言えば、結局円治も死んで無かったんだっけ?」

「あの子も一応手加減はしていたのでしょう。あぁ、見えて優しい性格ですからね。まぁ、頭痛は治って無いみたいですが」

「うん、アレは、俺もやりすぎたかなと反省しているよ」

「そうですよ。さんざん祟り神にはならないとか言いながら、下手したら『祟り神』に目覚めていましたよね」

 しみじみと少し残念そうに赤蓮が告げる。

「まぁ。これで結果オーライです。これでご主人様が『ヤオヨロズ』に狙われることは当分ないでしょう」

崇志は赤蓮に賛同できなかった。

 神社を降りていく、記憶を無くしたエリカは今どう思っているのだろうか。

「なぁ」

 思わず、崇志はエリカの背に声をかけた。

 エリカは目を瞬かせて振り向いてきた。

「何?」

「いや、その、何か、困ったことや、願いたいことがあったら、赤井神社に来なよ。ここで願い事をしたら何でも叶うから」

「ふふ。それは凄いわね」

 エリカは微笑んだ。

 それを最後に天竜寺エリカは神社を離れて行った。


「エリカさんは、一応ヤオヨロズの一員ですから、この神社に頻繁に来られると鬼姫が怒りますよ」

 赤蓮が窘めるように言う。崇志は肩をすくめてから神社の中に戻ることにした。

 神社は天竜寺財閥の手によってあっという間に再建された。このことについても奈々霧が色々と手配してくれた。後でお礼をした方がよいだろうか。

「おお。崇志、こっち来い。やっと出来たぞ」

赤井家から出てきた鬼姫が崇志を呼ぶ。

鬼姫は何やら見覚えのある、黒い矢を見せびらかす。

「ほら、新しい縁の矢を造ったんだ。凄いだろ?さて、仕切り直して今から新しい相手を見つけるぞ」

「おいおい。またそれかよ。もう、それはいいよ。今回だって上手くいかなかっただろ?」

崇志は深いため息を吐いた。今回のことで懲りた。鬼姫に任せるとろくなことにならない。それに、今後は赤蓮もそれほど悪さはしてこないはずだ。赤蓮に邪魔されないなら、普通に彼女を作ることもできるだろう。普通の方法で彼女を作ろうとする方が、普通の人間っぽい。

「何を言っているんだ?けっこう良い感じだったじゃないか」

「どこがだよ」

「お前にしては、って意味だ」

「はいはい。それより。もう俺は寝るよ。何か精神的に疲れたから」

「まぁ、良いから見ておけ。行くぞ」

 鬼姫は大きく振りかぶって、いつかと同じように矢を神社の外へと投げた。鬼姫に投げ飛ばされ、矢はすぐに夜空の中に消えていった。

「誰に当たったかは後日のお楽しみということで」

 鬼姫は満足気味に頷いた。それから大声で主張する。

「さぁ、酒だ。酒を飲むぞ」

「いい加減にしてくれ。というか家は財政難だから酒なんて飲むな」

「飲まないと、やってられないだろ」

「だーかーらー」

崇志と鬼姫が言い争う。

「ねぇちょっと、崇志君」

 背後から声がした。何事かと振り向いて、崇志は目を見開いてしまった。そこには天竜寺エリカが立っていた。彼女は澄ました表情で、こちらにやって来た。

「天竜寺?どうかしたの?」

「気が変わったの。本当は今度、ここにお参りに来てあげて良いかと思ったんだけど、私ってすごく忙しいから中々ここには来れないのよね。でもせっかく近くに来たんだから今日のうちにお祈りでもしておこうと思って。時は金なり。時間は効率的に使わないとね」

 エリカは一度、肩を竦めた。今まで忙しい中、この神社までやって来てくれたのかと思うと崇志は少し嬉しかった。

「今までは神頼みとか柄じゃなかったんだけどね。どうしてかしらここ最近は、そういうのもいいと思えるようになったのよね」

「そ、そうなんだ」

 エリカは崇志達の間を通り、本殿の方へと歩いていく。

と、崇志達はエリカの背中を見て全員眉を顰めた。彼女の背中に見覚えのある矢が刺さっている。

「ちょっと、ちょっと、後ろのあれ何?」

崇志が慌てふためいて、赤蓮や鬼姫に囁く。

鬼姫は愕然とした表情をしていて、赤蓮も目を丸くしている。

「あれって縁の矢じゃないの?」

「そうなりますね」

「そうだな」

 赤蓮が楽しそうに、鬼姫は茫然とした様子で頷いた。

「だって、俺と天竜寺の縁は切れているんだろ?」

「ははは。可笑しいですね。要は仕切り直しってことですか?」

「うむ」

「ちょっと、何話をしているのよ」

 お祈りが終わったのか、エリカが怪しげに話し合う三人を胡散臭そうに見ている。

「あ、いや。どんなお願いをしていたのか、気になって」

崇志が恐る恐る尋ねると、エリカはニンマリと笑った。

「ふふん。そんなの決まっているじゃない。金運アップに決まっているでしょう」

「あ、うん。そうだね」

 苦笑気味に、崇志が相槌を打つ。相変わらず、守銭奴なところは変わっていないが、妙に頼もしいと感じた。学校で見る顔でも無く、『ヤオヨロズ』の顔でも無い。今まで見たことが無いくらいさっぱりした顔をしている。

「変な人ねぇ」

そう笑って、エリカは今度こそ、神社を去って行った。その後ろ姿を崇志は苦笑して見つめてから、鬼姫へと顔を向ける。

「エリカの願いはどんな感じだった?」

崇志の言葉に、鬼姫は顔を顰めてから、

「別に、悪くは無かったよ」

そう言って、そっぽを向いてしまった。


しばらくして智樹がお土産の地酒と共に出張から帰ってきた。鬼姫と智樹は復興された神社で酒を飲み続けている。崇志は「あまり飲むな」とため息混じりに言いながら、二人から酒を取り上げようとしている。

赤蓮は機嫌が良かった。彼女は機嫌の悪そうな鬼姫の隣で正座していた。

赤蓮が小声で鬼姫に聞いた。

「ねぇ、もう一人の私。今、どんな気分ですか?」

「お前の予想通りだ。阿呆な私よ」

 そっけなく鬼姫が吐き捨てた。その答えに赤蓮が笑う。

「本当は、エリカさんに死んでほしかったのでしょう?」

「そうだよ。本当だったら、天竜寺エリカに死んでもらうために、彼女に協力していた」

「だと思いました」

 やれやれと赤蓮が頭を振る。おおよそのことを彼女は理解している。もちろん崇志の知らないことも。

「『ヤオヨロズ』に潜入した奈々霧に命じていたのでしょう?天竜寺エリカが赤井神社で妖しい動きをしているとリークしろと」

「そうだ」

「そして『ヤオヨロズ』に粛清されたエリカさんを見て、ご主人様が怒り、『ヤオヨロズ』と戦うことを決心する。というのが筋書きでしょうか?」

「ああ。だが、まさか崇志が私にまでくってかかるとは思わなかった。相変わらず私は詰めが甘い」

「うふふふ。そうですね。貴方はいつも詰が甘いですよ。あそこで貴方がご主人様を殺そうとしなければ、私は貴方の邪魔をしませんでした。分かっていたでしょうに」

 鬼姫は押し黙る。その様子に、赤蓮が笑みを深めた。

「結局、貴方はご主人様の言う通りにするしかないんです」

「言う通り?」

「ええ。貴方には『ヤオヨロズ』を、人間を殺すことは出来ないですよ。今回のことでも分かったでしょう?」

 赤蓮の指摘に、鬼姫は彼女を睨みつけた。鬼姫は悔しそうに唇を噛みしめ、言いたいことを堪えているようだった。

「天竜寺円治すら殺せない貴方には、『ヤオヨロズ』は潰せない。それでも貴方の行動原理が「全ての人間に愛される神様になる」ことなら、もっと、もっといろいろな道を考えなさい」

「いろんな道だと?」

「ええ。そうですよ。もっと貴方はいろんなことを考えるべきです。「どうして神様になりたいのか」とかね」

「そんなことは決まっている。私は良い神様になるように」

「そんなことは知っていますし、聞いてもいません。今の貴方は「しなければいけない」という思いにただとり憑かれているのです。「しなければいけない」という考えは生きる指針になりますが、一方で人を苦しめます」

「私を人間なんかと一緒にするな」

 鬼姫が甲高い声音で叫ぶ。「人に愛されたい」と叫びながらもこの神様は人間というものを理解せずに見下している。それでも彼女の中には「良い神様にならないといけない」という思いが渦巻いていることを赤蓮は知っていた。井戸の中に閉じ込められて歪んでしまった鬼姫の心を知っていた。

「貴方が人間と同じとは思っていませんよ。それでも、貴方もかつては鬼子として人の中で生きてきた。貴方の心の基盤は人なのです。だからそんなにむきにならないで私の話を聴きなさい。今回、天竜寺エリカは「お金を稼がないといけない」という思いに憑かれて自分を自分で追いこんでいました」

「あぁ。知っているよ。私は神様なんだから。でも、自分を自分で追いこむことの何がいけない?「勉強しなくちゃいけない」、「周囲に良く見られないといけない」って誰もが考えていることだろう」

「ええ。自分を上手に追いこむことができれば良いのでしょう。でも、天竜寺エリカはどうしてお金を稼ぐという思いに突き動かされているのか理解していなかった。考えてこなかった。今は少しだけ変わったのかもしれませんがね。何はともあれ自己理解は大切なことです。「なぜ貴方はそれをするのか、したいのか」を考えなさい。まずは自分を理解しなさい」

 赤蓮は厳しい声音で告げた。そしてすぐにまた天真爛漫な声音に戻る。

「まぁ、貴方でもある私がこんなことを貴方に言っても、貴方はすでに分かっていることでしょうけどね。所詮私達が二人で話し合って意見を出し合っても、それは『鬼姫』の自己完結でしかない。時間の無駄ですよね。でも、これだけは確認させてください。もしかして貴方、ご主人様のことを好きになったりしてますか?」

「私が崇志を好きになるわけないだろう」

 濁った赤色の瞳で赤蓮は鬼姫を覗き込む。鬼姫が視線を逸らすのを赤蓮は見逃さなかった。

 それを見て赤蓮の顔に笑みが広がる。

「そうですよね。貴方がご主人様を好きになるわけがないですよね。「鬼姫はご主人様を好きになってはいけない」というのが祟り神として分かれた私達の約束ですから、貴方の口から赤井崇志を好きなんて言葉が出るわけ無いですよね。ですから私が一方的に言わせてもらいます」

 一呼吸おいて赤蓮が自信満々に告げる。

「私のご主人様への愛は世界一です。世界に存在するあらゆる恋のカタチも愛もカタチも私の愛の前には足元にも及びません。私のご主人様への愛は好きという感情だけでなく、憎しみも内包して成り立っていますからね。きっと私の愛のカタチを理解できる人はいないでしょうけど、私の愛は世界一だって自信はあります。貴方にも、天竜寺エリカにも私が負けることなんて絶対にありません」

 そう言って赤蓮は口を閉じ、立ちあがった。赤蓮へと鬼姫が呻くように言う。

「毎日、遊ぶことしか考えていない怠け者のくせに、よくもまぁペラペラと」

「うふふ。怠け者を馬鹿にしてはいけないですよ。時に怠け者の方が的を射たことを言うこともあるんです。肝に銘じておきなさい」

二人が話をしていると、崇志がやってきた。彼は鬼姫が待つ酒瓶を見て顔を顰めた。

 鬼姫はどんよりとした目つきを崇志に向けていた。

「ああ、もうくそ。イラつく。結局、振り出しに戻っただけじゃないか。エリカとの縁が直ったってことは、もう一度全部一から色々と考えないといけない。しかもアイツは『ヤオヨロズ』。どうすればいいんだよ。畜生が。あぁ、もう、気持ち悪い。全部崇志のせいだ。後、早く水を持ってきて」

「気持ち悪いのは酒のせいだ」

 やんわりと崇志が言った。二人のやり取りを赤蓮はクスクスと笑いながら見つめる。

崇志にはどうして鬼姫がここまで不機嫌なのかが分からないようだった。彼は困ったように鬼姫に声をかける。

「そもそも赤蓮と鬼姫はもう仲直りして鬼姫は力を取り戻せるようになったんだろ?それなら別に俺が神主でも良いんじゃないか?」

「ダメだね。赤蓮の行動の原理は楽しく遊べるかどうかだ。アイツはアイツが楽しいと思ったことにしか力を貸してくれない。というか早く水を持ってきてくれ」

きっぱりと鬼姫が否定した。当にその通りなので赤蓮は無言で頷く。

それから鬼姫は気持ち悪そうな顔付きで崇志を伺う。

「分かった。水を持ってきてやるよ」

 そう言って崇志が振り向いた時だった。


「ごめんなさい」


 小さな声が鬼姫から漏れるのを赤蓮は見つめ、口元を緩めた。

「えっ」と呟き崇志が振り向く。鬼姫の顔には酒とはまた別の赤みがさしていた。

 俯いたまま、鬼姫が口を開く。

「その、この前は「殺す」とか、ちょっと言い過ぎた。いろいろと少し調子に乗っていた」

 崇志は苦笑してから、鬼姫の頭に手を伸ばした。

「別にいいよ。俺も一応お前の気持ちは理解出来るんだ。『祟り神』としての記憶が残っているからね」

「って、角を引っ張るな。変態」

 鬼姫が叫び、ビンタをする音が神社に響いた。

 二人の様子を赤蓮は満足げに見つめていた。

「本当に、仲が良いんだか、悪いんだか」

 赤蓮がしみじみと呟き、言い争う崇志と鬼姫を見つめる。

「まさかこんな日が来るとは思いませんでしたよ。私達がこんなに近くで言葉を交わせる関係になれるとは思いませんでした。これからが祟り神の、祟り神による、祟り神のための神社の再出発というところでしょうか」

 彼女の瞳には青い鳥が映っている。この鳥もきっとすぐに飛び去っていくのだろう。

「うふふ。ほら、祟り神にだって「青い鳥」は寄って来るのです。まだ一匹だけですが、この神社にやって来た「青い鳥」を大切にしていきましょうね。ご主人様」

 赤蓮が大きな声で崇志に告げるが、彼は呆けた顔を返すだけだった。その様子が可笑しくて赤蓮はまたクスクスと笑いだす。

「ねぇ。これでもう良いでしょう?『祟り神』様。幸せというものが理解できたでしょう?」

崇志の背中に向かって声を掛ける。崇志の背後には赤い人影があった。崇志の『魔名』で構成された人影だ。彼の背中に肩を預けるようにして立っていた。彼こそが崇志の中に潜む『祟り神』の本体だ。『祟り神』は躊躇いがちな指先で、青い鳥へと手を伸ばして鳥の頭を撫でた。『祟り神』が笑う気配を赤蓮は感じた。

『アァ、コノ色ニ触レテミタカッタンダ。有難ウ、新シイ私。モウイイヨ。今度コソ英佳(えりか)ヲ幸セニシテアゲテネ』

 そして『祟り神』を構成していた『魔名』が飛び散った。『魔名』は崇志の周りに降り注ぐ。崇志には『魔名』も『祟り神』視ることはできないはずだが、何かを感じたのか、背後を振り向いた。刹那、彼の口下が緩み、微笑みが浮かぶのを赤蓮は見た。これが『祟り神』の記憶に苦悩し続けた神様が、赤井崇志として初めて作る自然な笑みだった。

「そうか。もう満足したんだね。お休みなさい『祟り神』」

 ここで赤井崇志という祟り神の物語は一先ず幕を下ろす。しかし赤井崇志が祟り神であることは今も変わらない。これからも赤井崇志の周りでは慌ただしいことが起こるのだろうと赤蓮は胸を躍らせる。何せ、彼女は崇志で遊ぶことが大好きなのだ。

「うふふ。自由になった感想はどうですか?ご主人様。折角解放されたのですから、一緒に誰かを祟って呪って遊びましょうよ。遊ぶことは、楽しむことは生きる中で最も大切なんです。ご主人様はもっと娯楽を知るべきです」

 赤蓮の主張に、崇志は笑顔を引っ込めて、いつもの仏頂面で言ったのだ。

「真面目であることが一番大切って言ってるだろ。変なことを言っていると祟るよ?」


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