祟り神と赤蓮④
「脆いなぁ」
鬼姫の声。
エリカは鬼姫の尋常ではない速さを目で追い、鬼姫が円治を吹き飛ばすのを見た。円治の胸に鬼姫の拳が突き刺さり、彼から鈍い音が響いた。死んだかもしれない。だが、彼女は何も感じない。
(これは、凄いわね)
金色の光の文字は、エリカの体内に回る魔法が小さすぎるせいか、それとも外に出てないからか反応してこない。エリカの身体能力は普通の人間よりは高いが、とてもではないが地面を震わせるような馬力は無い。
この光景に、円治の部下達から血の気が引いていく。
円治を吹き飛ばした鬼姫がエリカのほうを視た。彼女の瞳が妖しく光る。
「何だ。お前と崇志の縁は切れたのか。まぁ、今となってはどうでもいいが」
鬼は笑って言った。
「なぁ、鬼姫。天竜寺が、大変なんだ。どうすれば、彼女を助けられる?」
崇志が懇願するように言った。
対して、鬼姫は無慈悲な言葉を返した。
「知らんよ。私に人を治癒する力は無い。そもそも『ヤオヨロズ』の人間がどうなろうと私の知ったことじゃない。そんなことより、私は今からこいつ等を皆殺しにしないといけない」
「は?」
鬼姫は神社に集まり、困惑し、怯えきっている『ヤオヨロズ』のメンバーを見回した。
「さて、誰から殺そう」
全員が全員、委縮していた。それはそうだろう。今経験しているのは、誰もが初めて体験する大魔法なのだ。
「おい、止めろ」
崇志が叫んだ
よく分からない男の子だ、とエリカは呆れた。
「何だ、崇志」
鬼姫は不機嫌そうだった。
「私は今から、そこの『ヤオヨロズ』を全員消してあげようと思っているところだ。そこをどけ」
「駄目だ。ふざけるのもいい加減にしろ」
崇志が即答する。崇志の答えを受け、鬼姫の顔が歪んだ。
「調子に乗るなよ。小僧。赤蓮の呪縛から解放された今、お前がどうなろうと私は一向に構わないのだぞ」
「調子に乗っているのはお前だ。人を殺すのは神様の所業でも、祟り神の所業でもない。ただの鬼の所業だ」
叫び声をあげて崇志が必死に鬼姫を説得しようとしていた。
でも、おそらく無理だ。エリカは鬼姫を視て思った。彼女も少しは神を称するモノに会ったことがある。彼らに弱い者の言葉は届かない。
「はっ。何が鬼だ。崇志、私はこの土地の汚物を取り除こうとしているだけだ。遺伝子操作は土地の縁をこじらせるんだよ。コイツ等は私にとって邪魔なんだ。コイツ等さえいなければ私は全ての人間を幸せにしてやれるんだよ」
「でも」
崇志が呻いた。
エリカはそんな崇志を見つめた。
どうして、こんなに必死になるのだろうか。
正直なところ、エリカは崇志と自分は似たもの同士だと思っていた。『ヤオヨロズ』に従わざるをえない彼女と同じように、おそらく彼も、従わざるをえないから鬼姫に従っている。そう思っていた。
しかし、今の彼の行動が理解できない。
どうでも良いではないか。天竜寺エリカが死のうと。
鬼姫に睨まれながらも、崇志は言葉を探そうとしていた。そんな崇志にエリカは尋ねたいことがたくさんあった。
「そうだ、こいつらなら、『ヤオヨロズ』なら天竜寺を助ける技術があるんだろ?俺は彼女に死んでほしくない」
崇志が呻くように言う。
その言葉を聞き、エリカが目を丸くした。
思わず、噴き出しそうにもなった。
こんな、こんな理由でこの鬼の前に立っていたのか。目に見える利益が無いと動けない彼女とはまるっきり違う。天竜寺エリカと赤井崇志は違う。少なくとも彼女はそんな理由で動かない。
「お前はやっぱ、バカだね。こいつ等全員見逃して、天竜寺を助けようと思っているのか?そんなことをすれば私だけじゃなく、お前も『ヤオヨロズ』に狙われることになるぞ」
鬼姫が呆れるように言った。彼女は鋭い殺気を出して崇志を睨みつける。
「それでもだ」
「そうか。それなら、お前も殺すよ?」
「鬼姫。思い出せよ。人間達に信仰されて嬉しかったんだろ?人間達のお前への声や思いが好きだったんだろ?こんなことをして、力で人間を抑えつけて、支配する神様を誰が慕うんだ。人を助けてこそ神様だろう」
「こいつらは全員、遺伝子教育によって人間の道を踏み外した者達だ。人間ではない」
「『ヤオヨロズ』も人間だ。この数日俺もお前もエリカと過ごしてきた。彼女は優しい人間だったろ?『ヤオヨロズ』と戦うことはないんだ」
「それなら、私は何のために存在すればいいんだよ」
静かな口調だった。
「誰にも信仰されず、私は何のために生きればいいんだ?それとも崇志、お前も私に言いたいのか?私はもう必要ないと。時代に合わない古い存在だと。それなら、私は何のために井戸の中に籠っていたのだ?」
「そんなことは言っていない」
「お前は良いよなぁ。崇志。お前は人として生きているが、願えば神としても生きていける。だけどな、私は神としてか生きられない。『ヤオヨロズ』がいる所為で私は、私がずっと、ずっと成りたかった神様になれないんだよ」
「あぁ。知っているよ。お前がどんな神様になりたかったのか何となく覚えているよ。俺はかつてお前を封じた『祟り神』だ。全ての人間達から、愛されたいって言っていたよな。そのためならなんだってするって。愛されたい人間の中に『ヤオヨロズ』も入れてやればいいだろ」
「愛されたいさ。でも人間達は、彼らに祝福を与え続けないと私を愛してはくれない。人々を幸せにできない私は愛してくれないんだ。そこをどけ。『ヤオヨロズ』は私の力を脅かし、人間達が私を愛することを妨げる」
「お前を祀る者としてどくことは出来ない。お前はもっと考えるべきだ。こんな手段じゃなくて、別の方法があるはずなんだ。仮にも俺はお前と同じ神様で、お前を祀る者だ。もっと俺を信用しろ」
鬼姫は沈黙した。
思いをぶつけ合う二人の神様をエリカは交互に見つめた。この二人の神様は彼女の想像もつかない苦悩を抱えている。
沈黙の後、鬼姫が吐き捨てた。
「やっぱり崇志、お前には分からないよ。この私の気持ちが。ほら、3秒待ってやるからそこをどきな。さもないと、本当に殺す」
「そんなことさせませんよー」
鬼姫の殺気が場を満たした時、元気のよい声が飛んできた。いつの間にか赤い着物を着こんだ幼い少女が崇志の隣に立っていた。鬼姫が鬱陶しげな顔をする。
「何だ、赤蓮」
「言っておきますけど、私は一時的にご主人様を神主に認めただけです。だから貴方の力も一時的なものですよ。ご主人様が死んだから貴方のチカラはずっと戻らなくなります」
あっけらカランと少女は言った。
鬼姫は目を剥いた。しかし彼女は唇を噛みしめ、怒りを抑えている。二人の立場は互角か、赤蓮の方が優位のようにエリカには見えた。
「姑息なことを」
「だって、ご主人様は私だけのものですから。貴方には渡しません」
「それでは、ではどうするつもりだ?」
舌打ちをし、鬼姫が牙を向けて問い詰める。
「そんなの、簡単ですよ。ねぇ、奈々霧」
赤蓮が『ヤオヨロズ』の集団へと声をかけた。
「やれやれ。ばれていましたかい」
誰もが固まり、息を呑んでいる『ヤオヨロズ』の中から一人の男が歩き出して来た。ぼさぼさの髪をした胡散臭そうな男だった。
「やぁ、皆さん。お久しぶりですね。化け狸の奈々霧です」
「どうして、お前がここに?エリカに捕まったんじゃないのか?」
崇志が驚きの声を上げる。
「いえいえ。捕まったのはただの演技でしてね。そもそも俺様はそんな弱い妖怪じゃないですからねぇ。鬼姫様に『ヤオヨロズ』に潜入しろと言われてたんですよ。まぁ、俺様は人を化かすことに関しては一流なんで、とても簡単でしたがねぃ」
「『ヤオヨロズ』の情報は少しでも欲しかったからな。有難いことに、エリカの使っていた封魔の錠は、はっきり言って質の良いものじゃなかった。奈々霧なら簡単に抜け出せると踏んで、アイツを『ヤオヨロズ』に送ったんだよ」
鬼姫がぶっきらぼうに言う。
あぁ、そうか、とエリカは薄れゆく意識の中で、理解した。自分はこの鬼を利用しているつもりが利用されていたのだと。
「それで、赤蓮様は俺様に何をしてほしいんですかぃ?」
赤蓮と呼ばれた少女はかわいらしく手を打ち、鈴の鳴るような声を出す。
「そんなこと決まっているでしょう?この天竜寺という娘を『ヤオヨロズ』で治してもらうように貴方が手引きするの。もちろん、鬼姫やご主人様の情報が『ヤオヨロズ』に漏れないように、ここにいる全員に暗示をかけるのも忘れないでね」
「そいつは大変ですなぁ」
やれやれと奈々霧がため息を吐いた。
エリカの意識が薄れていく。
「まぁ、良いでしょう。俺様は鬼姫様と祟り神様には恩義があるんで。しかしまぁ、この娘が助かる保障はありませんけどねぇ」
そんなこと彼女にも分かっていた。いくら『ヤオヨロズ』の医療が進んでいると言っても、胸に銃弾が当たったのだ。普通なら生きていられるはずが無い。
だから、エリカは最後に言うことにした。
「ねぇ、崇志君」
「何だ?」
崇志が彼女へと顔を近づけた。
「私は知っていたわ。崇志君が神様だって。実を言うとね、私はずっと前から貴方のことを視ていた。最初は貴方を魔人として捕まえようと思っていたんだけどね。でも、貴方を視続けて、貴方ともっと話をしたい、一緒に居たいって思ってしまったの。神様なんて嫌いだったはずなのにどうしてかしら?」
「それは、俺も同じだよ」
「そう。貴方も同じ気持ちだったのね。凄く嬉しいわ。ねぇ、神様」
「何?」
「私の我儘を聞いてくれてありがとう。私を思ってくれてありがとう。貴方のこと大好きだったわ」
その言葉を最後にエリカは静かに瞳を閉じていく。
目を閉じるまでのわずかな時間、崇志の頭の上に青い鳥が留まっているのを見た。エリカと目が合うと、青い鳥はすぐに空へと飛び去ってしまった。
その姿を見て思った。幸せなんて本当に小鳥のようなもので、すぐに逃げてしまうと。でも、それ以上に。
(あぁ。綺麗な青色だなぁ)
そんなことを思い、またいつかこの色を見てみたいと強く感じた。
エリカはゆっくりと暗闇に堕ちていった。




