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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と赤蓮③

 赤井神社の境内。

 倒れた鬼姫を見て、崇志は胸に苛立ちを覚えた。だから挑発するように円治に言ったのだ。お前の魔法は原始的だと。実のところ、崇志自身も魔法についてはよくしらなかったのだが何となく感じたのだ。円治の使う魔法は、原則に則っていないと。

「魔法ってのは、微生物と同じだ」

 崇志は説明を始めた。

「そうだな、原始的な生物なんだ。意思を持たず、ただ外界に反射して反応するだけ。視覚的には完全に視えない世界を漂うアメーバ達に餌を与える。魔法使いはただ餌を与えればよいだけ」

 崇志は言う。その正面で円治は醒めた表情をしていた。

 彼の周囲に魔法陣がいくつもいくつも浮かぶのを崇志は視ることができた。

「知ったようなことを」

 蔑むように彼は、ボソリと呟く。魔法陣から炎が姿を現す。細長い炎の弾丸が5つ。

 それを視て、崇志は神社に伝わる名剣を引き抜く。

「アンタに見せてやるよ。『赤い魔法』を」

 そう叫び、崇志は己の『魔名』を操り、『淵魔』へと送る。それから炎の魔術に向かって剣を上段から振り下ろす。

 空気を斬る乾いた音がして、剣が通過した空間に真っ赤なヒビが入る。そのヒビが、パカリと割れた。割れ目の中からは純度の高い黒い風景が顔をのぞかせる。

 その黒色こそ『魔の深淵』だ。全ての色の魔法が混ざり黒色となった、全ての『魔名』が生まれた世界。

 崇志に襲いかかろうと迫ってきた炎の魔術は、真っ赤な割れ目に引き寄せられるように方向を変化させた。炎は崇志の前に控える割れ目に吸い込まれ、魔術も『魔の深淵』も瞬く間に消えた。

 己の魔法を消され、円治がわずかに驚きを見せた。

「分解、か」

『違いますね、この剣は魔法をもともとあった世界にかえす力があるのです。ただそれだけです。攻撃は出来ません』

 赤蓮の声が崇志の頭に響いた。

 そのことは崇志も分かっていた。

 この剣が斬ることが出来るのは、世界だけ。一時的に現の世界を斬り、目に見えない『魔の深淵』をつなげるのだ。とはいえ攻撃出来ないことは確かで、不利なことには変わりない。

「はっ。ははははははは。魔術が効かないってか。面白いねぇ。すげぇ、面白いよ、それ。それならこれは、どうかなぁ」

円治は雄叫び、懐からナイフを取り出した。周囲に魔法陣を展開させながら、彼は崇志へと向かってきた。

「ちっ」

 舌打ち一つしてから再び、『淵魔』を振るった。

 円治の炎が崇志へと襲いかかるが、『淵魔』が開いた『魔の深淵』へと吸い込まれた。瞬く間に『魔の深淵』も消えて行く。

「ははは。遅いよ」

 楽しそうな声。いつの間にか間合いを詰めた円治による、ナイフの一撃。それを崇志は受け止めながら、後退した。

「上手いだろ?こう見えて僕がエリカにナイフの使い方を教えてやったんだぜ」

 眼にも止まらぬ速さの斬撃に、崇志はそれを受け止めることしかできない。

 円治は目を血ばらせて絶叫する。

「ひゃっははははは。どうだぃ、僕は?凄いだろ?かっこいいだろ?天才だろぉ?人間に最も大切なのは優秀な遺伝子なんだって分かっただろ?火神の遺伝子を持っている僕に勝てるわけないんだよ」

「本当、祟ってやりたいよ」

 崇志はぼやきながら、背後へと全力で飛んだ。

円治はナイフを持っていない左手で魔法陣を造った。瞬間、円治の周囲から巨大な火の蛇が生まれた。一口で何十人もの人間を喰ってしまえるほどの口を持つ火の蛇だ。

「さぁ。そろそろこの楽しかったお祭りも終わりにしようぜ」

「そうだね」

崇志も『淵魔』を振るった。黒い割れ目が口を開く。

火の蛇と『魔の深淵』がぶつかり合い、崇志と円治の視界を隔てる。『魔の深淵』は火の蛇に比べ、小さい物であったが、『魔の深淵』は火の蛇をぐんぐん吸いこんでいく。

崇志は目を瞑り、耳を澄ます。足音が聞えた。刹那、『淵魔』を勢いよく投げつけた。

「な?」

 『魔の深淵』が消えた時、目前までやって来た『淵魔』に、円治は眼を見開いた。咄嗟に勢いよくナイフで『淵魔』を振り払う。

 一瞬の隙。

「悪いな」

ガラ開きになった円治の懐に崇志が入り込む。崇志の周囲の『魔名』が赤い鳥へと変化し、赤い鳥が羽ばたいた。

円治の顔面に向けて、崇志は拳を振るう。

「俺の祟りでも貰っておけ」

「あああああああああああああああ」

殴りとばされた円治は這いつくばりながら悲鳴を上げる。

近くを羽ばたいていた赤い鳥が円治の頭に留まり、すぐに消えてしまった。

「ふざけんなよ。この僕の美しい顔に、お前みたいなゴミが傷つけただと?有り得ない、有り得ない、有り得ない。許せないよおぉおおおお」

 叫び、彼はゆらゆらと立ち上がった。しかし突如彼は額を抑え呻きだした。

「あぁ、くっそ。何だこれ?何だこれ?頭が痛い、頭が痛い、痛い、痛い、痛い」

愕然とした様子で、円治は繰り返す。

そんな彼に向けて、崇志は静かに告げる。

「多分、それがお前への祟りなんだろう。当分、もしくは一生お前はその頭痛と共に過ごさないといけない」

「ど、どういうことだよ?何だよ、それ」

「赤井崇志という祟り神が唯一使える『赤い魔法』だよ。祟られた人間によって効果が違うから、俺にもその仕組みはよく分からない。本当はできるだけ使わないようにしていたけど、赤蓮が祟り神でも幸せなれるって言ってくれたから迷いがなくなった」

(まぁ、『祟り神』そのものになるつもりは無いけれど)

「ははは。何だ。やっぱ、お前も魔人なんだな。人間じゃないんだな。おい、エリカ。こいつを殺せぇ。こいつは敵だぁ」

 円治がエリカを呼ぶ。

エリカの顔が苦痛に歪んだ。

「し、しかし」

「何を躊躇っているんだ?こいつは僕を傷つけた。つまり天竜寺の、『ヤオヨロズ』の敵なんだよ。分かってんだろ?」

「崇志が魔人と決まったわけでは」

「今のアイツを視ただろ?どう考えても、こいつは魔人だ。コイツを連れて行けば、お前は失ったもの全てを取り返せるかもしれないんだぞ?地位も、名誉も、富も、本当の家族の愛も」

「そ、そんな、私は、そんなものを望んでいるわけでは、」

「ああ。ったく役に立たねぇなぁ」

 円治は吐き捨て、懐から携帯を取り出し、ボタンを押した。

「あぁ。殺せ。殺しちまえ」

 彼の一言の後、乾いた破裂音がした。

そして、エリカが倒れた。

「て、天竜寺?」

 崇志は血相を変えて、天竜寺へと駆け寄った。よく見ると彼女の胸から血が流れていた。

「あはは。私は、大丈夫」

天竜寺が呻くように言う。

更に、彼女の身体に刺さっていた『縁の矢』が消えていくのを崇志は視た。

崇志が状況を整理する時間も無く、真上から奇妙な轟音が落ちてきた。

 ばらばらばら。

 いくつものヘリコプターが空に浮かんでいた。

ヘリコプターから大勢の人間が飛び降りてくる。

それだけではなかった。鳥居の方からも黒い服を着た集団がこちらへやってくる。

全員が拳銃などを持ち武装をしていた。

「俺の部下だよ。はははは。これで、お前は終わりだな」

 崇志は息を呑む。大した力の無い、崇志にはこの人数に対抗する術が無い。

 それでも、彼は円治に吠えた。

「何でだよ?どうして天竜寺を撃った?」

「そいつが僕の命令を聴かないからさ」

「ふ、ふざけんな。お前ら、全員、祟ってやる!」

 崇志の脳裏に、ずっと昔の記憶がチラつく。『祟り神』が愛し、死んでいった女の顔がエリカの顔と重なる。魂が軋む音がした。

 崇志の身体が赤く輝く。『魔名』が赤い鳥へと変化し、崇志から溢でようとした。

 と、崇志の頬に温かい手の感触が当たった。

「そんなことをしなくても大丈夫だよ。崇志君。ほら、視て」

穏やかなエリカの声。

 崇志に抱きかかえられたエリカは違和感に気が付いたのだ。奇しくも己の魔法で身体を高めた彼女は前を金色の文字が蛍のように飛んでいることに一番に気がついたのだ。それはかつて視た鬼姫の光。

『嫌な予感がしますね』

 赤連の声を合図とするかのように、赤井神社一帯から黄金色の光が蛍のように一斉に飛び上がり、神社を黄金色に染めた。

 突然の出来事に円治は驚愕とした。崇志も己の視界が金色に塗り替えられ困惑する。

「これは」

『私がご主人様を神主に認めたため、彼女の枷が外れました』

「あああ、ははははははははははははは。やっと自由になれたぁ」

 耳をつんざく咆哮。

 黄金色の光の中心で、鬼姫が立ち上がった。凄惨な笑みを浮かべて。

「これで、私も神になれる。いや、私こそが神。これで全ての人間達を愛することができる。これで全ての人間達から愛される。そのためにも、早く、早く異端を喰わないとぉ」

 そう言って鬼姫は円治を見た。

癖のある髪を逆立たせ、瞳を鈍く光らせる。

 円治は後ずさりながら手を突き出し、魔法陣を作ろうとする。だが魔法陣を作る前に鬼姫の光の文字の数々が群がり、彼の魔法を食らい、分解していく。

「バカな。何だ、この魔法」

 円治が叫ぶのを、鬼姫は愉快そうに眺める。

「人間ごときが理解できる魔法と私の魔法とは次元が違うよ。所詮お前は『ホムラ』神の模造品で、火を操る技術も知識も意志も全く足りていない。何より、神として魂が相応しくない」

 犬歯をむき出しにして鬼姫が笑う。それから燃やされた神社を一瞥した。

「そういえばお前、私の神社を焼いたね。天罰を与えなくてはな」

 鬼姫は瞳を細め、円治を睨む。鬼姫の異様な圧力と神々しさに円治が顔を蒼白にした。

「だけどお前は、うまそうではないから」

 鬼姫の口元がつりあがった。

 そして鬼姫が足元に力を溜め、大地を蹴った。あまりの踏み込みに大地が震えた。

 それからの鬼姫の動きは崇志の眼では捉えきれなかった。


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