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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と赤蓮

炎の蛇にとり憑かれ、意識を失った崇志は一人の少女と会っていた。

 そこは、桜が雪のようにしんしんと舞う彼の夢の中。

「楽しくなってきましたね。ご主人様」

 紅の薄絹の頭を隠した少女は本当に嬉しそうな声を出す。幼い頃はこの悪霊と名乗る少女に会うことも、彼女の夢を視ることも本当に少なかったが、近頃はよく彼女に会う。だが、少女のことを彼は何も知らない。覚えていない。

「そういえば、君は誰だい?」

「長い付き合いですけど名乗ったことはありませんでしたね。私は赤蓮と言います」

「それで、赤蓮は何がしたいの?」

「私のことはひとまず置いといて、一つ質問させて下さい」

「質問?」

「そうですよ」

「貴方は、あの鬼をどうしたいのですか?あの鬼を手伝って私を払いたいのですか?」

 少女は悲しそうな声を出す。それに崇志は首を振った。それに少女も首を傾げる。

「てっきり貴方は私が邪魔だと思っていたのですが」

 どちらかと言えば邪魔だった。彼女が崇志を呪おうとすることには迷惑をしている。

「邪魔というか、呪うのは止めてほしいだけだ。君の性格は嫌いじゃない。むしろ悪霊なのにその明るさは羨ましくもある」

「あは。でも私は貴方を呪うのを止めるのは出来ませんよ」

「何故?」

「貴方を愛しているからです」

「愛している?嫌いじゃないのか?」

 崇志が尋ねると少女は頷いた。

「ええ、嫌いですよ。でも、同時に愛してもいるんです。はっきり言って私はこのどちらの思いも抑えることができません」

 そして頭を覆う薄絹に、手を乗せる。

「かつて、鬼子として捨てられた私を前世の貴方は拾ってくれました。そして私を貴方の側に仕えさせてくれました。私は嬉しかった。でも、その優しさは私をニエとするためだった。赤井神社に祀るために貴方は私を拾った。そして私をニエとして封じた。貴方にも貴方の理由があったことは知っています。だけどやっぱり私は貴方を許せないのです」

 少女の声は相変わらず邪気がなく、歌うような声音である。少女の話を聞いて、崇志の心に、『祟り神』としての記憶が揺れる。

悲しみに狂ってしまった祟り神が、それでも人間と共に生きたいと願い、赤井神社を造った。その時に、犠牲になった少女の顔が浮かんでくる。

「でも、私はプライドが高いですからね。そこら辺の下級の悪霊のように、一方的に恨んで呪うのはありきたりで嫌なんです。だから私は恨むだけじゃなくて、愛することもできる悪霊になろうと思ったんです。貴方で遊び、貴方を不幸のどん底に落とすことで私の憎しみを満たし、苦しむ貴方を良妻のように一番傍で見て支えて励ますことで私の貴方への愛情を満たすことにしました。どうですか?これこそ私が考えた悪霊としての遊びです」

 少女から薄絹が外れた。桜と共に風に揺らめく絹から見知った少女の顔が現れ、崇志は驚いた。

 肩まで伸びた癖毛の髪と、飛び出る二本の角、紅い瞳。その顔は鬼姫に瓜二つ。否、同じものだった。

 幼い鬼姫。そんな印象を受けた。

 少女は微笑む。

「私は赤蓮。かつて鬼と忌み嫌われ、前世の貴方に拾われ、裏切られ、この神社に祀られた鬼姫の半身」

 言い聞かせるように、けれども軽やかに赤蓮は崇志に告げる。

「ですが、私は鬼姫ではないのです。封じられた時、私達は別れました。鬼姫はこの土地の神として職務を遂行するための存在。そして私は鬼姫が赤蓮としての、貴方への恨みを忘れ、何の気負いもなくこの地にあり続けるために生まれた、負の感情を溜めこんだ悪霊なんです」

 赤蓮が崇志の瞳を覗き込む。再び、崇志の中に眠っていた『祟り神』の記憶が疼くのを感じた。

「私はずっと貴方の末裔にとり憑いていました。でも、貴方の子孫を貴方にしたように呪っていたわけじゃないんですよ。本当は祟ってもよかったのですけど、鬼姫が『仕事しろ、仕事しろ』とうるさかったんです。一応、本体は向こうですから私じゃ敵わないんですよね。まぁ、貴方以外の祟り神がどうでもよかったのも事実ですが」

「そうだね。赤井神社を造った『祟り神』は前世の俺だからね。俺が呪われて当然だよね」

「そうなんです。所詮、私にとって貴方以外の魂に価値は無いんです。私の貴方への気持ちは特別です。貴方をめちゃくちゃにしたいし、貴方を一番に愛したいとも思うのです。貴方を憎んで恨んで愛するほど、チカラが湧いてくるのを感じました。そしていつの間にか鬼姫のチカラに対抗できるようになっていたんです」

恥ずかしそうに語る少女の言葉からは、暗い感情の欠片も見えない。本当に嬉しそうな顔をしている。

「何度も言いますね。貴方以外のことは私にとって、どうでもいいのです。もちろんこの土地だってどうなろうと知ったことじゃありません。逆に鬼姫は、この土地のことしか興味が無いのです。貴方への感情は全くない、はずなんですけどね」

 できの悪い子どもについて語る母親のような笑みを、赤蓮は見せた。

 それは置いといて、と言って赤蓮は続ける。

「さて本題に入ると、私にとって鬼姫もエリカさんもどうでもいいのです。けれども私は貴方があの子のために、そして生意気な天竜寺エリカのために危険にさらされることは嫌なのですよ」

 それを聞いて崇志は不思議そうな顔をした。

「俺が不幸になることがお前の望みだろ?それなら、俺の好きさせてくれても」

「それは嫌なのです。私は私の手で貴方を不幸に落として遊ぶことが楽しみなんですよ。それに、下手をしたら貴方は殺されますよ。貴方が死ぬことだけは嫌です。『ヤオヨロズ』は理を守るためには容赦が無いですから」

「本当は、やりたくないよ。面倒くさい。でもね」

 喋り出した崇志に赤蓮は眼を細める。嬉しそうに。

「俺が人を救うことが出来るなら、他の人のために何かが出来るなら、俺は頑張りたい。今までは俺に出来ることなんてなかったから。何をしても失敗したり、逆に迷惑をかけたりしてきた」

「私が、貴方の縁をそのようにしたんです。私は貴方の邪魔をして、貴方を人から遠ざけようとしました。貴方の心根は優しいから、誰にでも優しくしようとするから、それを諦めてもらいたかったのです。だって貴方は祟り神なんですよ」

 赤蓮が穏やかに笑う。

「それでもやっぱり、貴方の優しさは消えないのですか。そういう情けない所が昔の貴方のままですね。良いでしょう。私は忠告しました。後は好きにして下さい。仕方がありませんから、貴方を神主と私も認めます。貴方が死なないように、少しだけ私も協力することにします。さぁ頑張って下さい」

 そして崇志の意識は強引に引っ張られた。


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