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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と『ヤオヨロズ』

世の中、金が全て。それが彼女の行動の原理である。

とにもかくにも、お金がたくさん集めるしか彼女のプライドを守る手段は無いのだ。そう思うようになれたのは両親のお蔭だろう。

「どれだけの金をつぎ込んで、お前の遺伝子操作をしてやったと思っているんだ」

彼女の両親の言葉である。お前がもっと優秀な力を身に着けていれば、もっといい暮らしが出来たのになぁ。そんなことも言っていた。

父も母も毎日、毎日、酒を飲みながら、譫言のように彼女への愚痴を繰り返していた。

失敗作、失敗作、失敗作、その言葉を彼女は『神の島』で言われ続けていた。

その島で最も重要視されるのは遺伝子である。より強く、より希少な能力を持つ遺伝子が高い地位を許される。

本当だったら彼女は遺伝子教育によって、大いなる雷を操る魔術師になり、島で高い地位に昇るはずだった。しかし、成長していく彼女は静電気程度の、本当に小さな雷しか操ることはできなかった。

莫大な金を賭けて造った彼女がその島の検査で受けた評価はまさかの最低ランク。両親は落胆し、絶望し、それから次第に精神を病んでいった。

両親は現実から逃げるように、自分の財産を大量の酒のために使い続けた。いつしか彼らの財産も無くなり、それでも酒を欲して、娘を売り払った。多分その金は酒代に換えられたのだろうと彼女は予想している。まぁ、彼女にとっては今さらどうでもよい話だと思っているけれども。

彼女が売られたのは、魔人捜査を行う部署。

その職務は地上に降り立ち、魔人を探し保護すること。その報酬は、魔人の能力にもよって変わる。賞金稼ぎとも揶揄される汚れ仕事であるが、彼女は喜んだ。

何はともあれ自由と居場所と金が手に入るのだ。

地上には無能で価値が無い人間しかいないことを彼女は知っていた。『神の島』で皆がそう言っていた。地上では遺伝子操作が未発達なのだと皆が馬鹿にしていた。

もともと、遺伝子教育は人のDNAに負荷を与えて変革を与える技術であり、第6感の強い人間を造るために始められたもの。しかし、地上で行われている遺伝子操作技術は単に、人間が持つ能力を助長するにすぎない。それも遺伝子教育は倫理的な問題があると言って、非常に中途半端な発展で止まっている。「地上にいる人間は愚鈍なクズ」であると、前の父もそう表現していた。

 愚鈍なクズの中ならば、失敗作の彼女にもきっと居場所があると思ったのだ。

彼女は新しい父親から、新しい名前を貰った。それが天竜寺エリカ。エリカはこの名前が気に入っていた。

もちろん新しい場所でも、嫌なことはたくさんあった。エリカの職場の者達は、島に居た時と同じように彼女を馬鹿にした。それも仕方ないことだと彼女は思った。何故なら彼女の能力は弱いから。

弱い者は、結果を出せない者は、強い者から押さえつけられる。この等式がエリカの頭を支配していた。何が何でも、魔人を捕まえて結果を出さないといけない。そんな思いが彼女を突き動かす。

誰にも頼ることはできないし、彼女はこれ以上強くなることはできないけれど、どんな手を使ってでも結果を出して、それから富と名声を手に入れて、たくさんのお金を集めて、集めて、集めて。それから、それから、それから? 


数時間前のことである。天竜寺エリカから崇志に電話があった。

『今から、私が言う場所に来てくれないかしら?来なかったら、私は貴方に何をするか分からないわよ』

 というような脅しの後に場所を指定され、仕方無く崇志は街でも有名な高級マンションの最上階へとやってきた。

「さすが、お金持ちの家だなぁ」

そんなことを呟きながら、天竜寺エリカの部屋のチャイムを鳴らす。しばらくして扉が開き、いつの間にか見慣れてしまった矢が最初に現れ、それから、いつもに増して目付きの悪いエリカの顔が出てきた。

「私が頼んだ風邪薬とか、持ってきてくれた?」

「買ってきたよ。それより滅茶苦茶具合悪そうだな。大丈夫か」

「問題無いわ。最近力を使い過ぎていたから、反動が来ただけなの。それよりも早く部屋に入りなさいよ」

「え、あぁうん」

遠慮気味に、崇志が後に続く。

 部屋に入るなり、エリカはベッドに転がった。崇志は思わず目を逸らす。

「私の力は無理やり身体能力を上げるって言ったわよね。だけど使いすぎると、身体中の筋肉が滅茶苦茶になって身体を少し動かすだけでもきつくなるのよ。最近は少し調子に乗って使いすぎていたわ。反省しなくてはね」

「ふーん」

扉の前で、所在なさげにしている崇志は頷いた。女性の部屋に入ったことは無かったので少しだけ緊張したのだ。

「ねぇ、お腹が減ったわ。リンゴでも剥いてくれない?」

「あ、うん」

崇志は頷き、慣れない台所へと移動し、持ってきたリンゴを取り出した。

家事は毎日しているので、リンゴの皮むきはお手の物だ。お皿にリンゴを並べ、エリカのところへ持っていく。

「へぇ、上手いじゃないの」

言葉とは裏腹に少しだけ不機嫌そうな顔で、エリカはリンゴを口に入れていく。

「本当に一人暮らしをしているんだね」

「ええ。良いでしょう」

 確かに良い部屋だった。祟り神である自分が、こんな高級なところに居て良いのかと思ってしまうほどに。崇志は質問した。

「えっと、どうして俺はよばれたの?」

「そんなの、決まっているでしょう?貴方に私の看病をしてもらうためよ」

「いや、その、だからどうして俺?他に誰かいないの?」

「私に信用できる人間なんて居ないわ」

「家族とかは?」

「私に家族なんてものはいないわ」

いつかと同じようにエリカは無表情で言い切った。

彼女の言葉の真意を量りかね、崇志は首を傾げる。

「私は天竜寺の会長に買われただけなの。天竜寺財閥は『ヤオヨロズ』の中でも大きな権力を得るために、会長は私以外にも何人か魔術師を買っているわ。私達の力を使って魔人や魔物を捕まえるためにね」

「え?買われた?」

「そう。商品として買われて私は天竜寺の一員になった。でもね、私達のような人工的な魔術師ってのは、我が強くてね。誰が一番の成果を出せるか競い合っているの。少しでも天竜寺の中で弱みを見せれば、他の天竜寺の一員につけ込まれてしまうわ」

 固い表情でエリカが語った。崇志は鬼姫が『ヤオヨロズ』の中も苦労が絶えないことが多いと言っていたのを思い返していた。

「その点、赤井君は安心じゃない?一応共犯者なんだし。まぁ、本当に来てくれるとは思わなかったけどね」

「共犯なのは、俺じゃなく、鬼姫何だけどね」

「そう言えば、彼女は来てないみたいね」

「あぁ、鬼姫は用事があると言っていたよ」

本当は二人きりにしたかったので来なかっただろうと崇志は思ったので、曖昧に答えた。

「ふふ。あの子は自由で良いわね」

「そうだね」

「正直言って、私はあの子が憎いわ。殺してしまいたいほどに」

穏やかな口調でそう言って、エリカはリンゴへと手を伸ばす。エリカは無表情でリンゴを咀嚼していく。

「確かに、鬼姫はちょっと強引なところがあるよね。でも、鬼姫はそんなに悪い鬼じゃないよ」

「善いか、悪いかなんて関係無いわ。私はね、魔人が嫌いなの。特に自分自身を神様だって主張する奴ほど虫唾が走るわ」

不快そうにエリカは吐き捨てた。その言葉は少しだけ崇志の心を締め付けた。

エリカは再びリンゴを手に取って口の中に放り込んだ。

「どうして神様が嫌いなの?」

崇志が問いかける。エリカの顔が歪んだ。

「さぁ、どうしてかしら?ただの八当たりなのかもしれないし、単純に彼女達の力が羨ましいのかもしれないわ。何せ、私の力なんてもの凄くちっぽけだから、私は今も、全然お金を稼ぐことができないし」

 自嘲するように、エリカが言った。

 そんなエリカを見つめて、崇志は苦笑する。

「別に、お金は関係無いんじゃないかな?」

「お金は私の全てよ。誰よりもお金を稼ぐしか私の道は残されていないの。お金を稼ぐためだったら私は何だってしてきた。今回も私は危険な橋を渡るのも覚悟して、鬼姫とも手を組んだわ。どう思う?私って醜いかしら?」

 自分自身を傷つけるような言葉だった。崇志は言葉を探したが、気の利いたことは言えそうになかった。

「まぁ、良いんじゃないかな?人間なんだし、何のために生きるかは自由だと思うよ。それに、これは俺の母親の持論なんだけど、お金持ちになれる人間っていうのは、器用に醜くなれた人間なんだってさ。だから、天竜寺も頑張って上手に醜くなれる方法を探せばきっとお金持ちになれるよ」

 崇志は穏やかな声音で言った。

 エリカはぽかんと呆けた顔で崇志を見つめた。その後、彼女から「くっくくく」と可笑しさを堪えるような笑いが漏れた。

「ふふ。あーあ。何だか貴方と話をしていたら、力が抜けてきたわ」

 エリカは今日一番の晴れやかな声音を上げた。彼女はリンゴを掴み、今度は崇志の眼前に突き出した。

「貴方も食べれば良いじゃない」

「え?」

「ほら、口を開けて」

「え、あぁうん」

促されるまま、崇志が口を開く。口に入れてもらったリンゴは甘くておいしかった。

「さて。そんなわけで、崇志君。何か面白い話でもしてみてよ」

 初めて名前を呼ばれた気がして、少しだけたじろいだ。

「え?いや。何で?」

「動けないと退屈なの」

「面白い話って言われてもなぁ」

「何よー。面白い話の一つも無いの?何のために貴方を呼んだと思っているの?」

「おいおい」

エリカが微笑んだ。自然な笑みだった。

少しだけ見惚れてしまった。

それから二人は他愛無い話を続けた。


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