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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と少女④

 天竜寺の話を聞き、崇志は首を傾げた。

「でも、何でお前達は神様、じゃなくて魔人を捕まえようとしているんだ?」

「そんなの、魔人がいなければ奇跡も広まらなくなるでしょ?それに、他の魔人を研究すれば、更なる『魔術師の遺伝子』を造ることだって」

「いやいや、それだと魔人が可哀そうだろ?」

 崇志が遮る。『ヤオヨロズ』の言い分はいくらなんで強引すぎると思ったのだ。

「可哀そうって偽善じゃ、世界は回らないの。それに島に連れてった魔人にはかなりの好待遇が約束されているらしいわ」

「それなら話合えば、いいだろ?今の話は少し変だ」

「うるさいわねぇ。私からすれば、貴方の方がよっぽど変よ」

厳しい口調で天竜寺に指摘され、崇志の血の気が引いていた。天竜寺に自分が祟り神であることを見透かれたのか?崇志は動揺した。

 しかし次に天竜寺から出てきた言葉で彼の緊張は解けた。

「どうして貴方はあの鬼の言うことを聞いているのよ」

「鬼姫の言うことを聞けば、悪霊を払ってくれるからだよ」

「悪霊?」

「何でも俺には悪霊が憑いているらしいんだ。普通なら信じないだろうけど、ほら、俺は学校でもアレだからね。藁にもすがる思いで鬼姫の言うことを聞いているのさ」

 崇志がそう説明する。天竜寺は納得しているのか、納得していないのか黙り込んで彼を観察していた。

 と、電子音が鳴った。天竜寺は携帯が鳴っていることに気が付き、携帯をポケットから出した。携帯を見て、崇志のほうにそれを寄こしてきた。着信登録は「根暗」となっている。

『そっちの様子はどう?』

 電話に出ると、鬼姫の声が聞えた。携帯を持っていない鬼姫は今、崇志の携帯を持っている。つまり根暗は崇志のことのようだ。

「全然、ダメ。俺達じゃ、あの猫は捕まえられない」

『そう。それで、あの女はどんな感じ?」

「天竜寺か?かなり不機嫌みたいだぞ」

『折角二人きりにしたのに進展もなし、崇志は男の風上にも置いておけないな』

 携帯の向こうでわざとらしくため息を吐く。

「おぃ、そんなことはいい。俺達はこれからどうすればいいかだけを言え。祟るぞ」

 身体中が重いこともあり、いつもよりも短気な崇志は脅すような低い声を出す。しかし携帯の向こうでは怯えた様子はなく、むしろ苦笑が聞えてきた。

『今回の男女二人きりのハイキング大作戦はどうやら効果がないことが判明した。よって私も少し手伝うことにするよ』

携帯が切られた。

「あの鬼っ子、何か言ってた?」

少し期待を込めた様子で天竜寺が聞いていきた。

「「私も手伝う」とか言ってたぞ」

 そう言って携帯を返す。

それから立ちあがった。少し休んだだけなので、未だに身体は重かったが。

「ねぇ、あれ何かしら」

 天竜寺が崇志の後を指差した。つられるように崇志も振り向くと、極少数だが蛍のような金色の小さな光の文字が飛んでいた。少し前に崇志はそれを視たことがあった。

(鬼姫の光だな)

 霧の奥からいくつもいくつも光が現れる。光は崇志達の周りを踊るように散らばる。そして光は霧を喰っていく。最後には光も霧も無散していき、燦々とした太陽の光が注ぎ出した。

 茫然と突っ立っている崇志の視線の先、猫の姿があった。猫は金色の光に囲まれていたが、勇敢にも毛を逆立てて威嚇している。

 崇志の近くで、バチリと静電気が弾ける音がした。崇志が振り向くと、天竜寺が獰猛な笑みを見せた。

天竜寺エリカは微弱な輝きを残し、猫にむかって駆けだした。足場の悪い地面をものともせず、瞬く間に二〇メートルはあろう距離を天竜寺は縮める。天竜寺の跳躍は地面を滑るように滑らかで、崇志は見とれてしまう。猫と天竜寺との距離がなくなり、天竜寺は右手を猫に叩きつける。

 猫から「ぐへぇ」とおっさんのような声が吐きだされたが、それに動揺することなく天竜寺は、どこかで見たことがある黒い手錠を猫の首に掛けた。

 崇志も天竜寺の方に向かう。

霧が晴れ、遠くに赤井神社の本殿も見えてきた。そこまで遠くに行ってないことが分かり崇志は安心する。

「女の子が隣に居たのだからもっと根性を見せるべきだったと思うのだが」

 崇志のすぐ近くで非難するような声が聞こえてきた。いつの間にか、鬼姫が顰め面でこちらにやって来ていたようだった。

「実は近くで待機していたのさ」

 聞いてもないのにそんなことを言う。近くにいたならもっと早くに手伝ってほしいと思ったが口には出さなかった。

「そんなことよりも長距離走は、得意じゃないから疲れたな。いい運動にはなったけど」

「私が手を貸してあげたんだ。お礼の言葉は無いのか?」

 鬼姫と話をしていると、天竜寺は捕えた猫を引きずりながら崇志達に向かってきた。

 頬を上気させ、純粋に嬉しそうな笑みを天竜寺は湛えている。

「ねえ、ほら見て、この猫、実は狸だった」

天竜寺は子どものように声を弾ませて、そう報告してきたのだった。


散歩で言うこと聞かない犬を、無理やり引っ張る如き勢いで天竜寺は鎖を引く。鎖の先で仰向けに寝転がった狸が胡乱気な瞳をこちらに向けてから口を開いた。

「おいおい、これは何の冗談ですかぃ鬼姫様」

 可愛らしい外見とは裏腹に、渋い声が狸から発せられた。狸は後ろ脚で立ち上がる。前足を胸の前で組み、人間が説教するように崇志達を見上げる。

「お前達もさぁ、俺様が誰か分かってるわけ?調子乗るなよ、ガキども。早くこの手錠を取れ馬鹿」

 偉そうな態度の狸を崇志達は見下ろす。不細工な狸だなぁという感想を崇志は抱くが、鬼姫は何を思ってか狸の頭を撫で出した。

「久しぶりね、奈菜霧」

鬼姫はニヤニヤとした顔でそう言った。奈菜霧と呼ばれた狸は改まった調子で頭を下げる。

「ええ、お久しぶりです鬼姫様。鬼姫様が眠りに就いてからほぼ毎日、健気に赤井神社に参拝していた奈菜霧です。それよりも、この錠を外して下さいよ。これの所為で気分が悪いのです」

 礼儀正しい紳士のように笑み、毛深い前足で首に掛った錠をポンポンと叩く。しかし鬼姫は悲しそうな表情を浮かべて首を振る。

「それは出来ない相談だな」

「な、何故ですか。この人間達はおそらく最近私達神を誘拐している不遜な者達ですよ。このままでは私もこいつらに連れ去られて何をされるか分かったものじゃありません」

 奈菜霧は天竜寺を憎らしげに指差した。鬼姫は優しげな眼差しで奈菜霧を見つめる。

「私も身が裂けるほど辛い。でも、私の替わりにお前を新しい『神律』の管理者達に引き渡すことで、私の身の安全が保障される。そういうわけで私のために大人しく掴まってほしい。私の一生の頼みだ」

 第三者である崇志が聞いても、自分本位な内容だと思った。それを聞いて狸も怒る。

「自身の保身のために神としての誇りを捨てるのですか」

 強い口調で奈菜霧が言う。鬼姫は狸の頭を撫でるのを止め、代わりに頭を鷲頭かみしてギリギリと力を込める。その瞳が紅く光る。

「折角、私が下出に出ているのに、いい度胸だな。このまま中身の少ない脳ミソを握り潰したい気分だ」

「あ、あの鬼姫様、調子に乗ってすいません。それと痛いです」

「ぶっちゃけ、赤井の神社を復興して再び神としてこの土地に居られるなら、神としての誇りなんてどうでもいいんだよ。そんでもってお前のような狸もどきがどうなろうと、私には関係ないことだ」

 先ほど、「身が裂けるほど辛い」と言っていた鬼姫の身代わりの早さに、崇志はもはや戦慄する。よほど怖いのか狸は硬直していた。

「それと、これだけは覚えていてほしい。もしも私のことを誰かにばらしたら、お前がどこに居ようと必ず喰いに行く。私は人間も喰うけど狸もけっこう喰うほうだ」

 もはや狸は涙目になりながら何度も頷いている。

「それでいいんだ。お前は今も昔も今後も私の命令に従っていればいいんだ。いいな。『ヤオヨロズ』の中では、私の言った通りにしていろよ。本当に頼むぞ」

そう言って鬼姫は狸を放して天竜寺に渡す。すると天竜寺も満足げに狸を引きずり出した。

「そういうことで、こいつ連れてくわね」

天竜寺は奈々霧を連れて、山を降り出した。崇志も何だか気の毒になってしまう。

「あの狸、お前のとこに毎日参拝していたとか言っていたし。俺も何回か見たことあるぞ」

「別に狸が一匹来なくなってもこの神社は困らない」

「そうじゃなくて、あの狸が可哀そうと言いたいのだが」

「そうでもないよ。奈々霧にとってはここで暮らすよりも、『ヤオヨロズ』で暮らす方が絶対に性に合っている。アイツが私の言う通りに動けば間違いない」

 鬼姫は口下を吊り上げて、天竜寺と奈々霧の後姿を見ていた。

崇志は天竜寺が捕まえた魔人は好待遇で接待しているという話を思い出した。

「よく分からんが、一応はあの狸のことも考えているってことだな?」

「失礼なことを言うな。基本的に私は崇志以外の人間と妖怪は、皆幸せになってほしいと願っているのだよ」

「何で俺以外何だよ。そんなに俺のこと嫌いか?」

「別に嫌いとかじゃない。言っただろ?単にどうでもいいだけ。それに、お前は、他の奴らと違って一応は神様なんだから、私からの祝福なんていらないだろう?」

 それだけ言って鬼姫も山を下りて行った。


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