祟り神と少女③
今日も夢を観た。
崇志は真赤な桜が散る、樹の下で腰を下ろしている。この日も少女は桜をたくさん浴びながら踊っている。
「ねえ、大変なことになったりしましたよね。変人達に振りまわされて大変ですよね?」
はしゃいだ様子で少女は聞いてくる。
「もっと大変なことにして見せますから。と、本当は言いたいのですけど残念なことに、あの無粋な鬼が私の邪魔をするんです。おかげで最近の私は貴方を使って遊ぶことが出来なくなっているんですよねー」
少しだけ悲しそうな声を出した。それも僅かのことですぐに元気な声が届く。
「でも、安心して下さいね。私、頑張りますから。頑張って貴方に繋がる赤い糸も貴方を結ぶ縁も全部ちょん切ってから、貴方に関わる全てのモノの運命を歪めて縺れさせて不幸のどん底に落として見せますから」
幼き少女は健気な印象すら感じさせながら言いきった。そんなこと頼んでないというか止めてくれ、と崇志はため息混じりに言おうとしたが声が出なかった。
その時彼の腹から、踏みつけられたような重みを感じた。周囲の景色が霞む。意識が遠のき。
「いい加減、起きなさいよ」
不機嫌な声を聞いて崇志は眼を覚ました。瞼を擦ると、頭から矢が生えている人物の顔があった。
「天竜、寺?」
顔を顰める天竜寺を見て、崇志は唖然と呟く。
「ほら、早く着替えて用意しなさいよ」
よく見ると腹を踏まれている。困惑している崇志を見て、天竜寺はすぐに足をどかし、睨むように彼を見下ろす。
「この子から聞いているでしょ?今日は異形を捕まえに行くって」
天竜寺は横に視線を向ける。そこには鬼姫がこちらも寝むそうな顔でうつら、うつらとした表情で立っている。枕元にあった携帯を確認すると朝の4時前。崇志は呆れた。
「いくらなんでも早すぎるだろ?」
「そんなことは無いわ。時は金なりとも言うでしょう?私はたくさんお金が欲しいの。寝ている暇なんか無いわ」
「お嬢様が何を言っているんだ?というか俺も行くのか?」
「人手は多いほうがいいって、この子が言っていたのよ」
そう言い残し、天竜寺は部屋から出ていった。鬼姫を見ると立ったまま眼を閉じている。崇志は起きあがり、鬼姫の角を引っ張った。
「?」
鬼姫がビクリと身体を震わせた。
「何で、俺までお前達の手伝いしなけりゃならんのだ」
「それは昨日言ったでしょうが。共同作業はお互いの心を近づける凄いチャンスなのだ。あと、角を掴むのは反則だから」
鬼姫は崇志の腕を引っ掻きだした。さすがは鬼と言うべきかなかなかのキレ味である。 崇志は手を引っ込めた。
「まぁ、今日は学校がないからな。少しくらいなら手伝ってやらんでもない」
崇志は髪を弄りながらつまらなそうに言った。とはいえ、崇志としては悪い気はしなかった。鬼姫が主張するアプローチはともかく、考えてみれば学校でも周りから怖がられ、グループ活動なんてまともに出来たことはないためちょっとだけ心が弾んでいる。
「まったく素直じゃない男」
可哀そうなものを見るような視線を送りながら鬼姫は言った。
「別に、嬉しくなんかないぞ」
「はいはい」
「それよりも、今日は変な夢というか、俺にとり憑いている女の子の夢を見たんだけどあまりこう、疲れた感じがしないんだよね」
と、崇志は肩に掛る髪を撫でながら強引に話題を変えた。すると鬼姫もからかうような雰囲気を消し、瞳を細めた。
「崇志に寄生しているチビはいつもお前から生気を奪っている。今は私が牽制しているから崇志も心なしか良い感じになっているのだろう。でも、これも長くは続かない。だから、私の力が早く戻るためにも」
そこで鬼姫は言葉を区切った。
「早く子供を作れ」
早朝と言うこともあるが、山の中に人は誰もいない。樹の根っこが地面に張って出ていて足場が悪いことこの上ないが、崇志は赤井神社の裏山を歩いていた。標高が高い山というわけでもないのだが、霧が立ち込め視界が悪い。
彼の横では天竜寺エリカも憮然とした表情で歩いている。二人とも息が荒く、崇志に至ってはぐったりとした表情で歩いている。
鬼姫曰く、この裏山の井戸の前に参拝に来る猫が異形のものだと言い張った。それを聞いて天竜寺と二人で井戸の近くで張り込み、しばらくして猫がやってきたのだ。
二人がかりでそれを捕まえようとしたが予想以上に素早く、裏山に逃げ込んだのを追い、延々と探し続けているのだ。
「小さい時から爺ちゃんとこの裏山に上っては、きのこ取ったり遊んだりしていたわけよ。だからけっこうこの山について知っている方だと思うんだが」
「そう、それならここはどこか分かるのね」
「いや、それが全く分からん。どっちに赤井神社があるのか、すら」
「使えないわね」
天竜寺はそう言って辺りを見渡す。崇志も同じようにするが、どこを見ても木々が生い茂っている。空もいつの間にか曇りがちな天気になり、太陽を指針にすることも出来ない。
「これは所謂、化かされたってやつなのかしら」
天竜寺が汗を拭う。
「狸や狐じゃなくて猫に化かされたとでも?」
「魔物に関われば何があってもおかしくないのよ」
諭すように天竜寺が言うが、その顔には余裕がない。
このまま帰れなくなって山の中で餓死したら嫌だなぁと崇志が考えていると、「いた!」天竜寺が大声で言い、走り出した。
慌てて崇志も天竜寺の後を追う。霧の奥に、どこにでもいそうな茶色の毛の色の猫が走っているのが見えた。
「お前、昨日みたいな感じでアレ捕まえろよ。何か身体能力高めるとか言ってただろぉ」
隣に向かって怒鳴り声を上げる。彼の横では天竜寺もさすがに息を切らしている。
「私のチカラは短時間しか使えないのよ。それに、あの猫完全に遊んでいるわよ。ほら、今もこっち見た。何かあの猫笑ってない?」
天竜寺が怒鳴るが、崇志の視力はそこまでいい方ではないので猫が笑っているかどうかなんて分からなかった。それでも前々から感じの悪い猫だとは思っていた。
遊ばれているかもしれない。そう思うとこうして息を切らせて走るのが馬鹿らしくなってきた。
霧の中に猫が消える。二人とも走るのを止めた。崇志はぜぇぜぇとその場に膝をついた。
「くっそ、あの猫。いつか祟ってやる」
かれこれ二時間は今のように猫に遊ばれているのだ。正直なところ嫌になる。頼みの綱の魔術を使えるという天竜寺はチカラを使う気が無いらしく、今まで石を投げるなど、原始的な策を実行している。
どうしても届かない目標というのを眼の前にすると、人間誰しも諦めたくなるものだ。ところが今は霧が濃いので、帰ることもできない。おそらくあの猫を捕まえるまでここから出られないのだろう。そう思うと泣きたくなるほどだった。
そんな状況でも天竜寺の瞳に諦めの色はなかった。思案するように黙り込んでいる。感心するような、もはや呆れるような視線を崇志は向ける。するとその視線に天竜寺は気が付き、崇志を睨んできた。
「相変わらず、地上の人間はダメね。これだけの運動でへばるなんて」
侮蔑するようなことを言った。これでこそ天竜寺エリカ。性格の悪さは学園一位の噂は伊達ではない。とはいえ、今の天竜寺の発言は崇志には違和感があった。呼吸も整ってきたこともあり崇志は聞いた。
「地上の人間って、お前はどこに住んでいるんだよ」
「ヘンテコな島の上よ」
天竜寺は鼻を鳴らしてそっぽを向く。猫を掴める算段が付かず、相当機嫌が悪い様子だった。
そこで気分転換も兼ねて、崇志は気になることを聞いてみた。
「ところで、『ヤオヨロズ』ってどういう組織なんだ?」
崇志は特に返答を期待していたわけではないが、天竜寺は話してくれるようだった。天竜寺は面倒くさそうな顔付きで崇志を見る。
「『魔術師の遺伝子』って知ってる?」
「あぁ、知ってるよ。確か昔の学者さんが不思議な形質を生みだす遺伝子を見つけたって一時期世界中が盛り上がった話だろ。デマだったって聞いたけど」
「そうよ。公にはその説は『デマだった』ってことになったわ。そういうことにしたの、『ヤオヨロズ』が」
それから、天竜寺は『ヤオヨロズ』について話をしてくれた。
第六感に関するチカラ、『魔の法則』を人間達に知らしめることは神が決めた最大の禁忌だった。それはずっとずっと昔、人間が生まれる前に決まったことだった。
この決まりは『神律』と呼ばれる決まりごとの一つ。そして太古の昔から、一体の魔人(崇志からすると神様という存在にあたる)が人間達に『魔の法則』が広まらないように監視していた。
永い、永い時間、その魔人はたった一人で『魔の法則』を管理し続けた。
しかし次第に彼は、『神律』の在り方に疑問を抱くようになった。
どうして、人間は魔の法則を知ってはいけないのか?むしろ、人間の次の進化には魔の法則なのではないかと考えたのだ。
だから魔人は人間達が科学を用いて、『魔術の遺伝子』を解き明かしたことを喜んだ。人間達が自力で彼の足元まで近付いたことに狂喜した。
それから『魔術の遺伝子』を解き明かした人間達を『神の島』に呼び、彼らに人間の運命を託すことにした。魔人は研究者達に、彼が住む『魔の法則』という奇跡に包まれた島も船も与えて眠りに就いた。
そして魔人から様々なモノを受け継いだ人間達は『ヤオヨロズ』と名乗った。彼らは受け継いだ奇跡を独占するために、普通の人間達に『魔の法則』が広まらないように動くようになった。そして彼らはまず始めに、世間で広まっていた『魔術師の遺伝子』を隠蔽した。




