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祟り神の少年  作者: 如月
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祟り神と鬼姫⑥

 学園の食堂は安くて上手いと評判である。多くの生徒と同じように崇志も食堂で食事を取ることにしている。

「おい、崇志何をしている?」

 名前を呼ばれ、崇志は仕方がなく振り向いた。

 鬼姫が不機嫌な顔で立っていた。

「本当に大変だったぞ。一応、シャワー室がこの学園にあるって知ってたからな。プールのとこまで走り、頭を洗ってからあのチビを捕まえ、ぼこぼこにしてきたところだ」

満足そうに、鬼姫が報告してきた。

「だから当分の間、悪さはしないと思う。でもまぁ、あの子を怒らすと厄介だから、少し作戦を変更しなくちゃいけないかもしれないな」

「へぇ、そうですか」

 軽い相槌を打って崇志はカレーに手をつけようとした。その前に鬼姫が隣に座り、崇志のスプーンを奪ってカレーを頬張った。鬼姫は崇志の昼飯を口に入れてから、眼を見張る。

「こんな辛いものを良く食べられるな」

「俺はそれほど辛いとは思わないが、激辛らしいぞ」

「崇志は変なものが好きなのだな」

 鬼姫は涙目になりながら崇志のコーヒーを奪い、一気に喉に流し込んだ。

「しかも無糖コーヒーか」

 苦味のある薬を飲んだ子どものような顔で鬼姫は崇志を睨んできた。

「コーヒーに激辛カレーって崇志はマゾなのか?」

 口に合わなかったのか、目付きが鋭かった。崇志としてはお気に入りの組み合わせなのだが、よく考えてみるとこの組み合わせは普通ではないのかもしれない。

(普通になるためにも、次から別のものを食べようかな)

そんなことを思いながら、鬼姫の服装に注目する。

「母さんの制服ってまだ残っていたんだな」

「まあ、崇志の祖父は思い出を大切にする奴だからな」

 そう言って鬼姫は立ち上がった。食堂の中央から水くみ所まで向かう。

先ほどは制服を着ていれば鬼姫が浮くことはないと思っていた崇志だったが、他の生徒達の中に入っていく彼女を見て、その考えを改めた。鬼姫は背も高く、スタイルも良い。モデルのような鬼姫は周囲の注目の的となっていた。

水を汲み、戻ってくる鬼姫を見ながら崇志は感じた。彼女が部外者だとばれるのは時間の問題だろうと。

鬼姫は、崇志の隣に座り、彼へと顔を近づけ勢いよく言った。

「さて、そろそろ作戦を説明しよう」

「何だいきなり」

 崇志が怪訝な顔付きで尋ねると鬼姫はニンマリと笑う。彼女はポケットからまったく見覚えのない携帯を取り出した。黒猫のストラップが付いている。

「これは、お前のか?」

崇志は尋ねた。

 鬼姫はニヤニヤと笑いながら首を振り、ある方向を指差した。

「この携帯はお前の知っているあそこの金髪女のものだ」

 鬼姫は人さし指で派手な女子達の集団に向いていた。その集団の中で金髪は数人いるが、崇志の知っている金髪は一人しかいなかった。天竜寺エリカである。縁の矢は未だ取れていなかった。

天竜寺は自慢話を侍従の如く付き従っている生徒に聞かせていた。

「なんで天竜寺の携帯をお前が持っているんだ?落ちていたのか」

「そんなミスを、彼女はしないさ。私は人間のことなら一目見ればおおよそ分かるからな。これは先ほど、彼女のポケットに入っていたのを盗って来たのさ」

 説明を受け、鬼姫と共に崇志が立ち上がる。二人は食堂からそそくさと立ち去り、人通りの少ない廊下で崇志は彼女の額を軽く叩いた。

「これは窃盗だ。すぐに返して来い。祟るぞ」

「だから、それが作戦なんだって」

 叩かれた額を撫でながら鬼姫が言う。彼女には楽しそうな気配すらあるように見えた。

 崇志の怒りは頂点に達しようとしていた。

「作戦って何だ?」

「昨日言っただろ?お前に恋人を作るんだよ。ちょうど、相手も見つかったところだしね」

「それは聞いたが、この携帯とどう関係あるんだ?」

「本当に崇志は頭が悪いな。天竜寺エリカとお前をくっつけるためにあるんだよ」

 胸を張る鬼姫の額を崇志は軽くつついた。「アホか」それ以上の言葉が出てこなかった。言いたいことは山ほどあるのに。

崇志が口をパクパク動かしていると、鬼姫が肩を竦めた。

「言いたいことは大体予想はつくんだけどね。少し落ち着きな」

「そもそも、さっきの矢に信憑性はあるのか」

「心配するな。昔から、私の縁の矢は百発百中。それに私には『魔名』が視えるって話はしただろう。『魔名』は人間の特性を指し示す。つまり人間のそれを見ればどんな奴なのかってことについて大方見当がつく」

 それから天竜寺の携帯電話を軽く人差し指で弾いた。

「それを確認したところ。ここら辺の土地の中では崇志とあの娘は非常に相性がいいことも分かる」

 自慢気に説明を聞きながら崇志はようやく我に帰る。

 死人のような濁った眼を三角にして、崇志は目の前の女を睨みつける。

「そもそも俺はお前の考えに賛成したつもりはない」

 頑固とした声で反対した。昨日、恋人探しをしろと言われてからも崇志は即座に否定した。

「そう言わず、私に任せなさい」

「嫌だって言っているじゃないか。本当に祟るよ?」

 盗んだ携帯から始まる恋なんて、ロマンも何も無い。

 鬼姫はむっとした顔を見せた。

「私が思うに、崇志の腰の引けた態度だと一生恋人は出来ない。それは私が保証する。こう見えても私は縁結びとして土地を見守っていろんな恋愛を視てきた」

 そんな話は信用できない、崇志は鼻で笑った。

頑固な崇志に対して、鬼姫は「やれやれまったく」と息を吐く。

「いずれにしろ、ここに携帯がある。これは返さなくちゃならないだろ?それが普通だ」

「それはお前が盗ったものじゃないか。お前が返すのが道理だ」

 怒った口調の崇志に鬼姫は、それはできないと首を振る。

「今私が彼女の前に出ていくと、厄介なことが起こる」

「何が厄介なんだよ」

「彼女は少し特別のようだから、私ももう少し成り行きを視てみたいのさ。とにかく私に言われた通り、彼女に携帯を返してみろ。そうすれば彼女と崇志の仲は急転していずれは恋仲になることは間違いない」

「ちょっと待て。俺は別に恋愛をしたいわけじゃない。普通の人間として普通に生きたいんだ」

「ふっ。お前は間違っているよ。崇志」

「な、何がだよ?」

「お前は普通の人間のように暮らしたいと言ったな。しかし、普通の高校生は恋愛をするものだ。恋愛をしないで普通の人間として生きていると言えるのか?」

「え、いや、でも、それは」

 鬼姫の自信満々な態度に、崇志の勢いが弱まった。確かに普通の高校生というのは恋愛をして高校生活を謳歌するものかもしれない。

鬼姫は急に優しく微笑む。

「私はお前を視てきたから、お前のことを知っている。本当はもっと積極的に人と関わりたいんだろ?」

 初めて見せられた柔らかい表情に、崇志は毒気を抜かれた。そして彼女に言われたことは存外的外れでもない。

「お前は祟り神だから人付き合いに苦手意識を持っているだろう?でも、今までは少しだけ崇志の周りの運が悪かっただけだ。今からでも少しずつやり直すことはできるさ。今回のはまぁ、簡単なリハビリみたいなものだ。とりあえず携帯を返すだけでいいから騙されたと思ってやってみな」

 しばらくの間崇志は肩まで伸びた前髪を弄っていたが、「携帯、返すだけだからね」そう言って携帯をふんだくったのだった。


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