魔が差した
魔が差したんだ。
公園で出逢った彼女に僕は何度目かの恋をした。
一目惚れってやつだ。
彼女は素晴らしかった。
濡れ羽色の髪は額で切り揃えられ、おかっぱのようになっているが、それがいい。長さは背中──肩甲骨の辺りまであって、風が吹けばふわりと掬われ、溶けるように流れていく。瞳は黒く、黒曜石のようでそれが爛々と輝いている。肌は柔らかくてすべすべしてそうだった。きっと触れればぷにっとしていて、快楽の沼に沈んでしまうだろう。
彼女を飾る服も最高だ。群青の空を着ているかのようなオーバーオール。彼女は非常にわかっている。その下に着ているのは白いTシャツ。まるで彼女が夏の入道雲のある青空のようで、であれば彼女を見つけて喜ぶ僕は燦々と照らす太陽だ。
これは結婚するしかない!
目の前には法律の壁があるが、そんなものは無視すればいい。愛は全てを乗り越える。
彼女を見失う前に婚約しなくては!
義務感に背を押され、ベンチから立ち上がる──その時だ。
彼女の元へ一人の女性がやってきた。
む、ライバルか?
そう思ったがどうやら違うらしい。彼女の母親だったようだ。
母親……面倒なことになった。彼女一人なら騙せば結婚できただろうが、母親がいてはそう上手くいかない。どうすればいいだろうか……。
母親を抱いて篭絡しまうか? いや、年増の肉体に触れた手で天使を穢してはならない。
母親を殺すか? いや、母親と一緒に居る時の彼女の笑顔を奪ってはならない。
誘拐するか? いや、それでは愉快な新婚旅行ができない。
ならばどうするか? 考えろ、考えろ。答えは必ずある。
その時僕は神になった。
勝った。
これは完璧だ。
敗北などありえない。
ベンチから立ち上がり、精一杯の声で叫べばいい。
すぅ──と息を吸う。なんだか幼女の味がした気がする。極上だ。空気までが勝利を前祝いしてくれる。
「楓ちゃーん! 僕だよ! ケンタ君だよ! あの日の約束を果たしに来たよ! 結婚しよう!!」
余談だが、僕の名前はケンタではないし、彼女も楓ちゃんじゃなかった。警察の人に教えてくださいと頭を下げたが教えてくれなかった。そうやって僕は固いコンクリの床に頭を付けながら、しばらくを檻の中で過ごした。
反省はしてない。