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5.夕食

 準備されていた夕食は豪華だった。

 と言っても、山海珍味や旬のものが並べられたそれではなく、ハンバーグやとんかつ、ビーフステーキに天ぷら、ちらし寿司や巻き寿司、そして、赤飯といった方のものだった。

 全て幸太郎のお母さまと久保田さんが作ったものらしい。

 味は濃い目だったけど、どれも美味しかった。

 ただ、量が多すぎる。

 野球部の合宿みたいだ。

 それを際限なく勧められた。


 私は初めて囲む食卓に緊張してもいたし、何よりその量だ。

 すぐにお腹がいっぱいになってしまった。


 しかし、断ろうとすれば、有名なハワイ好きの芸能人がプロデュースしたというエプロンをした女性に悲しげな顔をされる。


「やっぱり、式部家のお嬢さまの口には合わなかったのね。

どうしましょう。

あなた、今からでもどこか高級で美味しいお店に連れて行ってあげた方がいいわ」


「何を言っている。母さんのご飯は世界一だ。

このとんかつ、美味しいなぁ」


 同意を求める新堂家の主人に、私は熱心に頷く。

 確かに美味しい。

 目の前の仲睦まじそうな夫婦の体型の由来が分かる。


 一方、その夫妻の息子と言えば、よく食べてはいるが、代謝が良いようで、肥満の気配は感じられない。

 私も、この人に倣って何とかしないと、あっという間に太りそうな食卓だ。


「あの、お母さまのお食事、とても美味しいです……ただ」


 こんなに食べらられません。

 そう訴えるまえに、醤油差しが倒れて、中身が食卓にこぼれた。

 母親の起こした事故に、慌てて幸太郎さんが布巾で拭き、こちらにかかっていないか確認する。


「ご、ごめんなさいね。

でも、お母さまだなんて……!」


「し、失礼いたしました。 すみません!」


 歓迎されていると思ったけど、やはり息子の嫁としては不満なことが多いのだろう。

 『お母さま』だなんて、呼ばれる筋合いはない、と言うことなのだろう。

 私はそう解釈して謝った。


「いいえ、そうじゃないの……式部家のお嬢さまに『お母さま』だなんて……申し訳なくって」


「私はもう式部家の娘ではなく、新堂家の嫁となりますので、どうぞおかまいなく」


 偽装嫁だけど。

 こんな人の良さそうな女性に偽りを述べるのは心苦しいが、どうやら私が『式部』の娘だということに非常に恐れを抱いているようなので、何としてもそれは解消して欲しかった。

 息子とは無理でも、母親とは仲良くやっていきたい。

 私は少しでも自分の居場所を安穏としたものにしたかった。


 幸太郎さんが片づけようとして、手が滑り、またもや倒れた醤油差しを再び拾った。

 天ぷらの大皿の中に落下したので、華やかな柄の伊万里焼の醤油差しは無事だったが、エビのてんぷらと下に敷いたレースの紙が、茶色に汚れる。

 藍一色の見事な柄が透けて見えた。

 食器の類はハワイアンではなく、新堂家の主人の趣味が優先されているようだ。

 産地や色柄がバラバラな食器類なのに妙に統一感がある。趣味がいいのか、偶然なのか判断出来ない。


「……いきなり……は、困るよね。

名前で呼んでもらえば?」


 息子の勧めで、母親は自分のことを私に『益子ますこ』さん、と呼ばせることに同意した。

 父親の方も、自分のことは『源一郎げんいちろう』と呼ぶように求めたので、それに『さん』をつけて呼ぶことにした。


 ほんの少しだけど、この家族に馴染めた気がする。

 そこで思い切って、もう一度、益子さんに頼むような気持ちで、声を掛けた。


「益子さんのお料理は、本当にどれも美味しいです。

こんなに作って下さって、ありがとうございます。

お心遣いには感謝しています……」


 前ふりが長くなる。

 この人をガッカリさせたくない。

 どうしようか、と、つい、幸太郎さんの方を伺ってしまった。

 私の為でなく、母親の為に、上手いこと言い含めて欲しい。そんな気持ちからだった。


 うっすらと笑われたけど、期待には応えようとしてくれた。


「雪花ちゃんはもうこれ以上食べられないみたいだ。

実は俺もお腹いっぱいで……」


「そうよね……新堂家のご令嬢ですものね。小食に決まっているわね。

お嬢さまというのは、小鳥のようについばむくらいしか食べないものだもの。

私みたいに、みっともなく太ったりはしたくないわよね」


 やくたーたーずー。

 思わず目で幸太郎さんを非難する。

 すると、なぜかニコッと笑われた。

 そこ、笑う所?

 あなたのお母さまは、「こんな女が義理とはいえ母親になるなんて、恥ずかしいでしょう……ごめんなさいね」とエプロンの裾をいじり倒しているんですが?


 源一郎さんは必死になって慰めるが、益子さんのネガティブ思考は止まらない。


 食卓に並べられた数々の料理を見て、私は意を決した。


「お願いがあります」


「わ、私に?」


「はい。

―――これ、明日のお弁当に持って行っていいですか?」


「お弁当!?」


 私は高校で特待生として学費は免除してもらっているが、ランクが低い特待生なのだ。

 最上級の特待生は学食の無料パスも貰えるらしいが、私には無い。


 料理人を解雇してから、両親は食事はすべて仕出しで賄っていた。

 季節折々に、様々な旬の食材の料理が出ていた。

 今考えると、あのお金はどこから出て来たのだろう?

 ちょっとした小銭は無いのに、贅沢な料理や着物などには不自由したことがなかった。

 

 この家も奇妙だけど、式部の家の方がずっと奇妙かも。


 それはともかく、高校に持っていくお弁当も朝に用意されていた。

 冷めても美味しいように、普段の家の食事よりやや濃い目に味付けされている。そんなところも工夫されているお弁当だ。


 突然、新堂家に連れて来られて、いろいろと思う所はあるけれど、とにかく、明日のお弁当は確保しないと。

 わざわざ作ってもらうのは心苦しいし、食堂に行くお金はない。

 ちょうど手つかずのおかずがこんなにあるんだもの。

 それに、益子さんの料理を無駄にせずに済むし、私が決して彼女を蔑むつもりはないことを分かって貰えるかもしれない。


 私の言葉を聞いた益子さんの目が輝いた。

 顔いっぱいに笑顔が広がり、何かよからぬ所に火をつけてしまった気がする。


「雪花お嬢さまは高校生ですものね。

そうね、お弁当が必要だわね。

まぁ! お弁当だなんて、幸ちゃんが高校生の時以来!

幸ちゃんはねぇ、卵焼きが大好きだったのよ。

明日は早く起きて、お弁当を作って差し上げますわ。

―――お口に合うといいのだけど」


「合います!

だって、料理、全部美味しいですもの。

わざわざ作って頂かなくても、これを詰めて頂ければ……」


「俺も! 久しぶりに母さんのお弁当食べたいな」


「おお、いいな。

私もお願いしたいよ」


「そう? 嬉しいわ」


 源一郎さんと幸太郎さんの援護も受け、どうやら益子さんの気分を上昇させることに成功したようだ。

 大量の夕飯からようやく解放された私は、食器の片付けを申し出たが断られ、久保田さんの案内で、『新しい部屋』に行くことになった。


 玄関で驚いたように、この家は全体的にハワイアンなインテリアだった。

 だから当然、私の新しい部屋も、そのテイストだと思い込んでいた。


 が、ドアを開けたら、そこはベルサイユ宮殿だった。


 頭がクラクラした。

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