29.幸福
宝くじは当たっていた。
俄かには信じられない金額が。
福田さんがネットで調べた番号が間違っているのではないか、何度も確認して見返したけど、やはり当たっている。
移動ホットケーキ屋なら、二軒くらいは出店出来そうな金額だ。
福田さんと私は興奮してしまったのに、幸太郎さんは冷静だ。むしろ、不機嫌そうにも見える。
「ほら、もっと綺麗に保管していれば、一等前後賞だって当たったのに」
「いやいや、新堂の旦那。
俺なんて、神棚に飾って、毎日拝んでも当たったことないですよ!!!」
「そう? 俺、くじ、外したことないんだよね」
衝撃の事実が語られた。
くじを外したことがない???
何それ?
聞けば、子どもの頃から、くじというくじを外したことがないらしい。
「駄菓子屋でガムとか買うと、必ず当たるし、うっかり当たり付きの自販機でジュースを買うと、二本目も持って帰らないといけなくなるから、厄介なんだよね。ひどい時には三本目も当たっちゃうし。
あと福引き! 引いた分、いちいち全部、当たるから周りの目が痛くってさ。
大学時代、遊び過ぎて帰る電車賃がなくなった時、スクラッチをやったら、結構な額が当たったのは良かったけど、友人たちにおごる羽目になったし、後々まで『伝説』とか言われて、大変だった」
「旦那、なんつー贅沢な悩みですか!」
「ほら、そうやって、僻まれるし。
もともと、俺よりも母さんの方が、そういう引きが強くって。
聞いたと思うけど、父さんは母さんと結婚してから、事業が驚くほど好調になってさ。
株や投資も、母さんが好きなのを買えば、爆上げするし。
おかげで、新堂家は一代で成り上がり……式部のお嬢さまをお嫁さんに出来るほどの資産家になった……という訳」
開いた口が塞がらない。
あの「当たるといいね」は嫌味ではなかった。
実際に、当たると信じていたのだ。
新堂家のすごさはさらに続く。
「あいつらからも、こちらを陥れようと、胡散臭い投資や相場の話を持ち込まれてね。
油断をさせるためにも、まぁまぁ悪く無さげな話にも乗ったんだけどさ」
これまた、吉に転じたらしい。
昔取っていた特許が新技術に使用されるようになったとか、扱っていた食品がいきなりブームになった、とか。
「おかげさまで、それなりに儲けさせてもらったよ」
悪い笑顔だ。
でも、悪くない。幸太郎さんは―――。
「廉さん……あの人、つくづく見る目がなかったんですね」
自分で買っていれば、儲かったものを。
本当に愚かな人。
裏切られたばかりで、まだ情が残ってるのかもしれない。
少し寂しい気持ちになった。
「―――ああ、見る目がない男だよ。
こんな可愛い婚約者を、あんなはした金で手放したんだから。
俺だったら、絶対にお断りだね」
伸びてきた手を、無言で振り払った。
幸太郎さんって、恥ずかしいことを平気でする人なんだから。
人のこと押し倒したり、人前でキスしようとするような殿方ですもの。油断大敵。
「俺なんか、福田多なんて目出度い名前なのに、そんな嬉しい目にあったことないですよ」
私たちの攻防を見ながらも、福田さんがこぼす。
「これから運が向いてきますよ。
これを元手にお店を開いてください」
いつも当たりくじを手に入れる幸太郎さんは惜しげもなく、宝くじを福田さんに渡そうとした。
しかし、福田さんは拒絶した。
「気持ちはありがたいですけど、これは受け取れません」
「どうしてですか! こんな機会、滅多にありませんよ!」
私は福田さんが今度こそ、意地を張ったのだと思った。
これほどたくさんの資金があれば、思い通りのお店が、それこそ、店舗を構えることだって出来るのに。
「芝浜ですよ、お嬢さん」
「芝浜?」
「そうです。兄貴は今回のことで本当に反省して、本腰をいれて真面目に働こうとしているのに、こんな大金が安易に転がり込んできたら、また人生を甘く見て、自堕落な生活に戻ってしまう。
それは駄目です。
たとえ苦労しても、自分で稼いだお金でないといけません。
あぶく銭は、あぶくのように消えて行くものです」
落語でそういうお話があるらしい。
大金を拾った旦那が酒におぼれるのを心配した女房が、眠っている隙に拾った財布を隠し、そんなのは夢だったと騙す話だ。
その後、立派に働いた旦那に、真相を打ち明け、お金を渡す。
もう、旦那はお金を無駄遣いするような人間ではなくなっていた。
「そうだねぇ」
幸太郎さんも
感心したようだ。
「俺もあんまり宝くじには手を出さないようにしているよ。
やっぱり自分で稼いだお金が一番だよ。
大事にしていれば、倍になって帰ってくるしね」
普通の人間は大事にしても、そう簡単に倍にはならないと思うけど、彼は彼なりに、自分の『運の良さ』を過信しないようにしているらしい。
それでも、幸太郎さんは私に宝くじを買ってくれた。
当然だけど、私のなけなしのお金で買った分のくじは外れていた。
「私に……一等を当てて欲しかったんですね」
「そうしたら、自分で自分を買い戻せるだろう?」
福田さんが返して寄こした当たりくじを持つ手に力が入った。
「嫌です!」
「わぁあああ! 駄目です、お嬢さん!!!」
「待って、雪花ちゃん! 早まらないで!」
宝くじを破り捨てようとしたら、二人がかりで止められた。
「どうしてそう、なんでもかんでも、破って捨てようとするの!
またトイレが詰まるよ!!!」
「怖い、お嬢さん、怖すぎます! 雛鍔ですか!」
三人でひっぱりあったので、宝くじはさらに皺だらけになり、あちこち破れはじめていた。
「だって、お金があったら幸太郎さんが買ってくれない!」
「それは誤解だって、さっき解決したよね!?
俺を人買いみたいに言うの、お願いだから止めて!
それに式部の借金もゆっくりだけど返す当てがあるんだよ。
これは換金して、君の財産にするといい」
「旦那のいうとおりですよ。
女は自分の財産を持つべきだって、お袋がよく言っていました。
離婚しようにも、先立つものがないと、いつまでもずるずるベッタリ、嫌な男から逃げられないですからね」
「離婚!? 俺と雪花ちゃんがそんなことする訳ないだろう!」
「一般論ですよ!
旦那、嫉妬深いですね。
その内、嫌われますよ」
福田さんの反撃に幸太郎さんがすがるような目で見てきた。
その表情に、いけないと思いつつも、ついつい反発してしまう。
「そうですね。
いつでも自立できるお金があるのは心強いです。
若いから、結婚に失敗してもやり直せるだろうし」
「雪花ちゃん……」
情けない声を上げないでよ、笑っちゃうじゃないの。
「あら? 幸太郎さんの人生で初めてのはずれくじかもしれませんよ?」
「あ、お嬢さん、知ってます?
宝くじは敗者復活戦もあるんですよ。
一年に一度、はずれくじを再抽選するんです。
どうですか? 幸福の幸に飽きたら、福の方を」
冗談交じりで福田さんまでもが幸太郎さんを挑発した。
「俺の人生で雪花ちゃん以上の当たりくじは無いの!
本当に怒るよ!!!」
半ば本気混じりに叱られた。
思いが通じ合ったのに、どうして、素直に幸太郎さんの好意を受け止めきれないのかしら。
嬉しいのに。
ただね、どうしても恥ずかしいのだ。




