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28.告白

 幸太郎さんは庭に目をやった。

 ひまわりはまだ頑張って咲いていたけど、朝顔の花は萎れていて、ひぐらしが鳴き始めた庭だ。

 風鈴が涼やかに鳴った。雲が流れてきて、日が陰った。

 そのせいで、幸太郎さんの顔に落ちる影が暗く濃くなった。


「君が俺のこと、好きになれない原因は分かってた。

『お金で買った』のだと、思い込ませていたんだから。当たり前だよ。

君を理由なく拘束するのに、それが便利だったのも確かだ

平等な立ち位置に戻る為には、早くあいつらをなんとかしないといけなかった。

ちょっと焦ってた。

やっぱり、最初に素直にならなかったのが、失敗だったね」


 そんなこと……ないですよ。

 幸太郎さんの横顔に、声にならない声を掛けた。

 私こそ、素直じゃないから、どっちにしろ、幸太郎さんを拒否していただろう。

 そして、最終的には恋に落ちたに違いない。


「それから、ニヤニヤ笑いも……雪花ちゃん、俺が笑うってすぐ怒るし」


「それは今でも嫌です。

どうして笑うんですか?

世間知らずのお嬢さまだから?」


「ねぇ、雪花ちゃん。

ずっと憧れていた女の子が、婚約者として目の前にいるんだよ、顔がゆるむのは当たり前だよ。

君に指摘されてから、我慢するようにしてるけど、それを試すようにいちいち可愛いことしてくれるし」


「可愛いことって、家事を失敗することですか?」


 幸太郎さんの言い草に、ムッとして反論すると首を振られた。


「それは違う。

君が家事をするたびに、冷や冷やしたよ。

怪我をしたらどうするんだ。

もう、ホント、止めて欲しかったよ。

もっとも、卵焼きは嬉しかったなぁ……あれは、可愛かった」


 卵焼きに対しての感想が『美味しかった』ではなく『可愛かった』というのはおかしいと思います。


「雪花ちゃんは本当に可愛いくて可愛くて。

知れば知るほど、君と婚約したのは間違いじゃなかったと思えた。

母に啖呵を切った時、この子は変わっていないと嬉しかった。

小麦粉をぶちまけられた時もね。

そういえばここだったね。

あの邪魔さえ入らなかったら、俺の気持ちを伝えられたのに」

 

 幸太郎さんの記憶力を侮っていた訳ではないけど、迂闊だった。

 それどころか、しっかり覚えている。


「俺に『私のこと好きですか?』って聞いてくれたね」


「忘れて下さいって言ったのに!!!」


 叫ばずにはいられなかった。

 

「忘れられないよ。

その返事を、今、したいんだけど」


 こちらを向いて、膝を詰められる。


「もう一回聞いて?」


 久しぶりに耳元で囁かれた。


「幸太郎さんの気持ちはもう聞きました」


「そうだけど、君の質問に答えたいんだ」


 無理だ。

 恥ずかしい。どうしても素直になれない。

 私の気持ちは十分伝わってるはずなのに、今更確認することなんかない。


 すると、押し倒された。


「えっ!」


 まさか今の幸太郎さんがこんなことをすると思っていなかったので、完全な不意打ちだ。

 天井があって、幸太郎さんの顔が間近に見える。


「ねぇ、雪花ちゃん。

ここで俺に告白するか、婚約破棄するか、どっちがいい?」

 

 初めて会った時と、ほとんど同じ状況だ。

 幸太郎さんの気持ちも変わっていない。

 違うのは私の気持ちと選択肢。


「い、嫌です! 婚約破棄は嫌!

お金で買われた嫁だって、偽装だって構いません!

だから、お願い……婚約破棄はしないで!」


 精一杯告白したのに、不満そうな顔をされた。


「なんだか寂しい気持ちになるんだけど……」


「ええっ!」


「雪花ちゃん、もう一度」


 ニヤッと笑われた。

 悔しい。


「そういう気が強い所も大好きだよ。

でも、俺のために、もうちょっとだけ、素直になってくれる?

お願い」


「お願い?」


「うん。お願い」


 幸太郎さんにお願いされたら、応えない訳にはいかない。

 何と言っても、私を助けてくれた恩人だ。

 それに……それに、大好きな人だ。


「すっ……」


「す?」


 一言、言ったところで期待に満ちた瞳で返された。

 幸太郎さんって、堪え性がないんじゃないの?


「聞き返さないで下さい!」


「ごめん。先走った」


 口では謝っているけど、顔はそうではない。口元が緩んでいる。いい男が台無しだ。

 顔がいいからって、どんなことしても許される、というのはやっぱり間違いだ。

 私がこの体勢を許しているのは、彼のことが好きだからだ。


 しかし、早くしないと、こんな格好を誰かに見られてしまう。婚約しているとはいえ、それは困るし、下手すると、破断になる直前だ。

 心は急いたのに、言葉が出ない。


 ひぐらしが一際けたたましく鳴いて、夕暮れを告げるように一陣の風が吹いた。

 知らずにかいていた汗が冷えて冷たく感じるが、幸太郎さんと密着している所は、熱い。


 蕩けるほどに熱い。


「幸太郎さん。私……幸太郎さんのことが好きです。

幸太郎さんは、私のこと、好きですか?」


 やっと言えた。

 ずっと言いたかった気持ち。

 解放された言葉と共に、涙が出てしまった。


「好きだよ。ずっと、君が好きで、大好きだったんだ」


 仰向けになっているせいで、涙は目尻を伝って、耳横に流れて行った。

 それを幸太郎さんが拭いてくれた。


 私は思わず彼に抱きついた。


「雪花ちゃん!」


「幸太郎さん……」


 背中に手を回され、抱き起こされて、そのまま見つめられる。


 また良い雰囲気になった。

 今度こそ。

 私は目を瞑った。


「雪花ちゃん、俺、君のこと好きなんだ」


 手で軽く顔の角度を修正されると、ゆっくりと幸太郎さんが近づいてくる気配が感じられる。

 胸が苦しいほど高鳴った。

 緊張のあまり幸太郎さんの行動が呑気に感じられる。


 もう! 愚図愚図しないで、早く済ませてしまってよ!!!




 ―――と、やっぱり、同じく邪魔が入るのだ。


 福田さんが廊下を走ってやってきた。


「お嬢さん!―――どわぁ! またお邪魔でしたか!!!」


「福田さん……わざとでしょう?」


 冷たく幸太郎さんが一睨みしたが、福田さんは動じなかった。


「分かりますか?

でも、まだ早いんじゃないですか?」


「そんなことはないよ。

俺は十分すぎるほど我慢した。

邪魔したいならすればいい」


「幸太郎さん?」


 不穏な気配だ。

 幸太郎さんは福田さんがいるにも関わらず、再び私に向き直って、唇を寄せる。


「嘘! 嫌!」


「ちょうどいいから、証人になってもらおうよ」


「なんのですか!」


「ええええ!!!!」


 私と福田さんはうろたえた。

 

「無理です!」


「お、俺、あっち向いてますから!」


「そうしてくれるとありがたいよ」


 一人冷静な幸太郎さんは、キスを強行した。


 目を瞑る暇もなく、彼の顔が近づき、唇に柔らかい感触がして、それはすぐに離れていった。


「終わったよ」


 幸太郎さんのすごく不服そうな宣言に、福田さんと私は声をあげた。


「え?」


「え?」


 振り向いた福田さんと顔を見合わせる。

 悪い奴らにボコボコにされた顔は、まだ傷やあざが残っているが、元気そうだった。


「本当に、邪魔なんだよ!!!」


 幸太郎さんは私を離して、畳に突っ伏して、拗ねてしまった。

 こういう所は、益子さんに可愛がられて育った一人息子っぽい。


 なんとなく格好悪いし、初めてのキスなのに、こんな風に扱われて不満なのと、恥ずかしい気持ちが入り混じり、彼を無視して、福田さんと世間話に興じてしまった。

 人って、心のバランスを取ろうとするものなのね。


「怪我、随分、良くなりましたね」


「はい。ありがとうございます。

今日は……今日も、ですね。

お礼に来ました。

兄貴も一緒にと誘ったんですけど、職安で紹介された会社の面接があって……すみません」


「職安?」


 弟分の夢をつぶし、借金をこしらえ、人質になってしまった兄貴分は、あの後、かなり反省してた。

 その発露が、早速の就職活動だった。


「お金を貯めて、ホットケーキ屋をやるんですよ。

これから二人で頑張って働きます」


 希望に満ち溢れた顔だけど、不安だ。

 お店をするのは、結構な金額がかかるはずだ。

 兄貴さんと二人で働いたとしても、先は長い。


「お金、返してもらえないんですか?

だって、騙されてたのに」


「そうだとしても、実際、使ったのは兄貴ですからね。

お酒とか、ギャンブルとか……あの、女の人に貢いだりとか……」


 最悪。

 ついつい侮蔑の気持ちが湧きおこる。

 でもこれは私が高慢ちきなお嬢さまだからではない。

 潔癖なお年頃の女の子だからだ。


「あのね、私が持っているもので、何かいいものがあるかも。

蛙の帯どめとか。

それ、売ったら頭金くらいには……」


「雪花ちゃん!!!」


 いじけていた幸太郎さんが復活した。


「また君はそんな風に! お人よし!

それともその借金取りが好きなの!?」


「うわぁ、面倒くさい」


「めっ……」


 思わず口走ってしまった唇を手で押さえる。

 先ほどのキスの感触がよみがえってきた。


「私が幸太郎さんのこと、好きだって、知ってるくせに、そういうこと言うからですよ。

福田さんなんて、好きじゃありません」


「うわぁ、ひどい。

俺、お嬢さんのこと、結構好きですよ。

その浴衣、よくお似合いですね―――ぎゃあ!」


 途端に幸太郎さんが福田さんの胸倉を掴んだ。


「冗談ですよぉ」


「一瞬、本気だったでしょう!」


「言うだけならいいじゃないですか!

減るもんじゃないし。女の勲章ですよ」


「減るんだよ! 俺の中のいろんなものがね!

たとえば忍耐とか? たとえば穏やかさとか?」


「止めて下さい! 怪我してるんですよ! 嫌いになりますよ!」


 意外と短気な幸太郎さんにすがりついて、福田さんから引き離す。

 微笑まれたところを見ると、どうやら、これも謀られたみたいだ。


「怒らないで、雪花ちゃん。良い方法があるかもよ」


 どさくさにまぎれ、肩を引き寄せられる。

 福田さんに見せつけるように、こめかみにキスをされた。

 嫌だ、恥ずかしい。

 力一杯、幸太郎さんを押しやった。


「旦那の世話にはなりませんよ。

意地はっている訳ではなく。

旦那から頂いた資金を無にしたのに、もう一度、金をせびるなんて出来ません」


「そうだね。

ところで雪花ちゃん?」


 性懲りも無く私の側に引っ付いてきた幸太郎さんが聞く。


「はい?」


「あの宝くじ、持っている?」


 宝くじぃ?


すっかり忘却の彼方にあった宝くじは、私の通学かばんの奥底に、くしゃくしゃになって入っていた。

 それを見た幸太郎さんは、眉をひそめて「あんまり期待出来ないかも」と独語した。


 そう言えば、幸太郎さんはいつも綺麗なお札を持っていた。

 何か理由があるのだろうか。

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