表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/30

27.真相

 幸太郎さんはうちわを回すのを止め、再び、私を扇ぎだした。


「君をうちで預かるのは躊躇した。

母はあんな風だったし、嫁入り前の娘さんを俺がいる家で預かるのは、君の名誉のためによくないと思ったんだ」


 真面目な考え方だけど、そんな人が、あんな……人をベッドに押し倒すような真似、するのかしら?


「同時に、俺の中で……なんというか魔がさしたというか、この機会に、君のこと……」


 風が止まった。


「借金を取りまとめた時に言うことじゃなかったんだ。

それじゃあ、お金と引き換えに、と思われても仕方が無い。

あいつらと同じだ。

でも、なぜか、俺は言ってしまったんだ。

『式部邸で一番の宝物を、私に預けて下さい』―――って」


 「ごめん」、と頭を下げられた。

 そのままの体勢で、幸太郎さんは続ける。


「口に出した瞬間、失敗したと思った。

下手をすると、新堂に対する信頼まで失って、助力すら断られるところだった。

そうしたら君の身はどうなる?

式部のご主人は、自家の困窮を肩代わりさせることを渋っていたんだ。

それをやっとのことで説得したというのに。

父は大それた申し出に、狼狽して、俺を殴ろうとした。

しかし、君のご両親は……」


「諸手を挙げて賛成した」


 父も母も、私に知らせずにお金の工面に悩んでいたのだ。

 知らずに非難してしまった。恥ずかしい。

 本当になんにも知らない娘だ。

 自分の気持ちすら把握できないほどの無知で無能な娘ですものね。

 幸太郎さんみたいな素敵な人に求婚されたのは、渡りに船みたいなものだ。


「そう……なんだ。

うちの父は、とても誇らしかったけど、不安だとも言っていたよ」


 新堂父子が戸惑うほど、両親は娘の婚約を喜んでいた。


「それは、母が幸太郎さんを気に入ったからですわ。

母は見る目があるんです。母が決めたことを、父は反対しません」


 実際、その通りだったし、私は恋に落ちた。

 その過程が自主的なものでなかったので、反発してしまうのだ。


「でもどうして?

幸太郎さん、私のこと、前から知っていたんですか?」


 その質問に、幸太郎さんは笑った。

 楽しそうではなく、寂しそうに。


「やっぱり、覚えてない」


「何をですか!」


 言ってから思い出した。

 そう言えば、幸太郎さんは私との出会いを話していた。

 なんだったかしら、お琴の発表会?

 そんな場所に最近、行ったかしら?


「君はとても可愛かったよ。

肩上げした赤い着物に、下ろした黒い髪の毛がかかって、日本人形みたいだった」


 私を見ながら、幸太郎さんは目を細めた。


 だから、いつの話! と怒りたくなった―――が。

 肩上げ? 下ろした髪の毛が着物にかかっていた?


 それってつまり子どもの頃の話よね。

 よくて十一歳か十二歳あたりの恰好だ。


 ―――十二歳。

 

 赤地に宝尽くしの着物。

 乱れた着物。

 めちゃくちゃになった髪の毛。 

 泣きわめく女の子。


「あああああああ!!! お琴の発表会!!!

円方時乃まるかたときのと取っ組み合いの喧嘩をした!!!」


 驚きのあまり、立ち上がりかけて、眩暈がした。

 畳に片手をついて、自分を支える。

 よりにもよって、あの時? あの時、幸太郎さんが居たの!


「ようやく思い出した?

母が円方時乃に嫌味を言われていたのを、君は助けてくれたんだよ」


「へっ?」


 あの喧嘩、そんな理由で起きたのか。

 そこは全く覚えていなかった。


「その様子じゃ、喧嘩の原因や、俺たち母子のことまでは覚えてないか」


「ごめんなさい。興奮していて」


 一角廉が忌避したあの喧嘩を、幸太郎さんが好ましく見ていてくれたとは。


「まぁ、円方時乃も覚えてなかったけどね。

自分が散々、罵倒した女の息子が俺だってこと。

なんで自分が嫌われているか理解していなかった。

そして、君はどうして自分が好かれているか理解していなかった」


 拗ねたような、怒ったような口ぶりに、身が縮まる。

 「ごめんなさい」

 今度は私が謝った。


「いいよ。

そういう所が、雪花ちゃんらしいよ。

君は変わらず成長してくれていると思った。

なのに、君は、俺に言った―――」

 

 声が低くなったので、顔を上げてみる。


「『いくらで買ったんですか』って。

その時、ああ、この子もやっぱり、俺の事、成金だと見下すんだと失望した。

こんなことなら、早まって君と婚約なんかするんじゃなかった。

俺の人生、棒に振ったな、と」


 そうだ。

 幸太郎さんが何か言う前に、私が決めつけたんだ!

 なんてこと! ここまで感情がこじれたのは私のせいじゃないの!

 馬鹿! 私の馬鹿!


「で、君にひどいことをした。

あの時は、怒っていたんだ。

だけど、近くで見るとやっぱり可愛くって。

それに、金で買ったと誤解されるようなことをしたのは俺だし」


 落ち込む幸太郎さんに、私は「悪いのは私です! 私が馬鹿でした!」と言ったら、怒られた。

 卑下禁止。

 しかし、本当のことだ、謝りたい。


「勝手に決め付けていました。

ごめんなさい。

もし、幸太郎さんの気持ちを聞いていたら、もっと違った反応をしたはずなのに」


「本当に?」


 今日、三度目の疑惑の目だ。


「そうですよ!」


 『実は君のことを見初めて、借金を肩代わりしてもいいから結婚したいと思ったんだ』と言ってくれたら、前向きな気持ちになれたかも、と思ったのは覚えている。


「そうかな……じゃあ、聞くけど、あの時、『実は君がまだ十二歳の頃から気になっていて、まともに話もしたこともないのに、五年も想いを募らせていたんだ』と言われたら素直に嬉しいと思った?」


 うっ……。


 今だったら、嬉しい。

 けれども、どうだろうか。

 こちらとしては初対面の、だからこそ、そんな男にそんな事を告白されたら……はっきり言って、気持ち悪い。

 いくら顔が良くても、変態の部類として拒絶してしまいそうだ。


「一応、誤解されたくないから言っておくけど、そこまで好きだった訳じゃないからね。

ただ、お嬢さまでも、こういう気性の女の子もいるんだ、と好ましく思っていた程度だから。

絶対に君と結婚するとは思ってなかった。君のような女の子と出来たら嬉しいな、ぐらいでさ。

そりゃあ、君の友人にそれとなく様子を伺ったりはしていたけど……まさか本人とこういうことになるとは……」


「そう……なんですか……」


「そう、なんだよ。

だから、君が誤解したようにお金で買ったことにしちゃったんだよね。

ロリコン疑惑より、そっちの方がまだありそうな事情かな、という消去法だった。

切っ掛けはどうであれ、俺のこと、知ってくれれば、その内、もしかしたら、好きになってくれるかもという希望もあった」


 「それなのに」と言って、幸太郎さんは深いため息をついた。


「君が何を考えているか全然、分からなかった。

好きになってもらえたかな、と思ったら、嫌われているし。

もう、何が何だか、俺にはさっぱりだったよ」


 ―――でしょうね。

 私、随分、幸太郎さんを振り回した気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ