25.救出
福田さんと兄貴分さんは、私を助けようともがいているが、縄は固く結ばれ、ほどける様子はなかった。
無事に帰って、幸太郎さんに告白するには、自分でなんとかするしかない。
「雪花ちゃん、なかなか可愛く育ったね。
あんな爺さんに売り飛ばす前に、私のものにしておけば良かった。
式部の父上がもう少しもの分かりが良かったら、こんな目に合わなかったのにね。
可哀想にね、雪花ちゃん」
「廉さま、音声も録音されていますよ」
「あとで編集しておけよ。
どうせ、そのままじゃ使えない。
嫌がる女の子をどうこうするのは、お前のご主人さまの仕事のはずだったのに、どうしていつまでもこないんだ?」
廉さんは時間稼ぎをしている。
私の為ではなく、自分が手を汚したくないからだ。
そこに、一点突破の隙があるはずだ。
「私、帰ります」
まだ体調が本当ではなく、クラクラするが、足を踏ん張って立ち上がった。
すぐにソファーに押し戻される。
「雪花ちゃんって馬鹿だね」
さも侮蔑したように見られた。
私も同じような目で廉さんを見た。
「馬鹿はあなたの方です」
「……ホント、顔は可愛いくせに、生意気な小娘だね。
満座の中で、円方家の令嬢と取っ組み合いの喧嘩をするだけあるよ。
私は、自分の婚約者がそんな娘だと知ってとても恥ずかしかった。
けど、世の中は不思議だね。
そういう娘が好きだという男もいる。
そういう気の強い、自尊心の高いご令嬢を支配下に置き、意のままにすることで、自分の劣等感を満たしたいんだろうね。
まったく成り上がり者の考えることだよ」
「その成り上がり者に支配されているのは廉さんじゃないですか!
私は違います。
絶対に、言いなりになんかなりません!!!」
「お嬢さま、いい加減、現実をご理解下さい。
これからお嬢さまの動画を撮影します。
それを世界中に配信されたら、嫁の貰い手なんかありませんよ」
その花を摘んではいけませんよ、と窘めるような口調で庭師が諭した。
「そうだよ。新堂幸太郎に一番に見せてやる。
自分の婚約者のあられもない姿をね。
二度と、君と結婚したいとは思えないようにしてあげるよ!」
「構いません! 見せたらいいじゃないですか!!!」
なるべく恐怖心が外に出ない様に必死で声の震えを押さえた。
私の開き直りに、二人は何が起きたのか分からないといった顔になった。
「たとえどんなに意に沿わない恥ずかしい姿が世界中に配信されたって、幸太郎さんは私を侮蔑なんかしません!
幸太郎さんは、あなたたちとは違うんですから!
あなたたちが人間の屑なら、幸太郎さんは男の中の男なんだから!
世界中の人が私を指差して笑っても、幸太郎さんは笑ったりなんかしません!」
はったりだ。
幸太郎さんは笑うだろう。
だって、あの人は、いつも笑うからだ。
だけど、福田さんが以前、教えてくれたように、自分でそう信じて断言すれば、相手の気持ちは揺らぐかもしれない。
「それに、世界中の人だって、私が被害者だってすぐに分かります!
そうしたら、そんなことをしたあなたたちが捕まるんだから!」
廉さんはここまでしておいて、自分が犯罪者になるのは嫌だと思っている。
このはったりは効くかもしれない。
効いて欲しい。
本当に世界中に動画が配信されたら、どんな事情があっても、一生、消されず、ネットの中を漂うことになるのだろう。
そんなことになったら、きっと耐えられない。
「もし私のことが好きで、結婚したいのなら、ちゃんとお付き合いして、プロポーズして下さい。
そう、あなたたちのご主人さまにお伝えして下さい」
二人がひるんだ隙に逃げ出せそうだったけど、福田さんと兄貴分さんをどうしようかと思った。
この二人の方は、私一人で逃げろ、と言うように、顎をしゃくったが、囮にならなくなった彼らに待ち受ける未来は明るくなさそうだ。
でも、助ける術はない。一人で逃げないと。
間に合えば、警察を連れてこられるかもしれない。
「私は嫌だぞ。
勘当されたとはいえ、まだ家に戻る手段がない訳ではないのに、こんな危ない橋、渡りたくない」
願った通り、廉さんは尻込みをしたが、本庄さんは我に返った。
「そんな強がりを言えるもの、今の内ですよ。
直にご主人さまもおいでになります―――」
本庄さんが本格的にすごみかけた時、外からざわめきが聞こえ、どんどん大きくなってきた。
神社で会った黒服の男たちの一人が慌てて部屋に入って来て、本庄さんに耳打ちをする。
「何! 警察? どういうことだ……ここをどこだと……」
語尾に重なるように、男の人たちが雪崩こんできた。
そして、警察手帳と礼状を持った一団の中をかき分けて、彼が出てきた。
「雪花ちゃん!!!」
福田さんを助けて、会社に乗りつけた時よりも、もっとひどく顔面蒼白だった。
「雪花ちゃん!!!」
「幸太郎さん……」
立ち上がれない私を、幸太郎さんは抱きしめた。
「大丈夫? どこも怪我はしていない? 何も……何もされて……」
言いよどんだ幸太郎さんが、私の身をすごく心配してくれているのは分かった。
わざわざ助けに来てくれたのも分かった。
もうこれで大丈夫だと、何も心配することはない、助かったのだと。
それなのに、どうしても可愛くない私は、彼を試すようなことを言ってしまった。
「幸太郎さんも……傷物は嫌ですか?」
「えっ……!!!」
身を離した彼は、絶望に近い顔で、私を見た。
やっぱり、そうなのかもしれない。
「違いますよ! お嬢さんは何もされてなんかいません!
俺たちが証人です!」
「そうだよ、そのビデオカメラにだって、ちゃんと残ってる!」
戒めを解かれた元借金取りコンビが口々に言った。
幸太郎さんは私の着衣に乱れが無いのを一瞥で確認すると、本庄さんが取り落したビデオカメラを掴んだ。
警察の人が「それは証拠品だ」とか「勝手に触らない!」と慌てふためくのを無視して、再生した。
「だ……駄目ぇえええええええ!!!」
私の叫び声に、ほんの数分前の自身の啖呵が被さった。
『たとえどんなに意に沿わない恥ずかしい姿が世界中に配信されたって、幸太郎さんは私を侮蔑なんかしません!
幸太郎さんは、あなたたちとは違うんですから!
あなたたちが人間の屑なら、幸太郎さんは男の中の男なんだから!
世界中の人が私を指差して笑っても、幸太郎さんは笑ったりなんかしません!』
これ……違う意味で、恥ずかしい動画なんですが!!!
消して、今すぐ消去ボタンを!!!
記録と記憶から消し去って!!!
「雪花ちゃん……俺、そこまでいい男じゃない……」
白い手袋をした刑事さんが、幸太郎さんから、咎めるように……と言いたい所だけど、半笑いで、ビデオカメラを取り上げた。
「―――はったりですから。
私だって、そこまで幸太郎さんのこと……」
「分かってる。
でも、信じて、雪花ちゃん。
俺が君のことを心配したのは自分の為じゃない。
君に辛い思いをさせたくなかったんだ。
もっと早く助けに来れなくてごめんね。
頭を押さえれば、大丈夫だと思ったんだ―――まさか、こんな酷い目に合うなんて……怖かっただろう?
もう大丈夫だからね」
痛いくらいに両手で肩を掴まれて、微笑まれた。
「もう、だいじょうぶ?」
確認するように返すと、力強く頷かれた。
途端に気が抜ける。
眩暈がする。
「新堂の旦那、お嬢さんは何か薬品を嗅がされていました!
病院に連れていってあげて下さい」
自分こそ、顔面は腫れて膨れ上がり、鼻血まで出しているのに、福田さんは、私の心配をしてくれた。
それを聞いた幸太郎さんは、私に肩を貸して立ち上がらせると、警察の人に言った。
「この子を病院に運びます。パトカーで先導して下さい」
救急車を呼ぶよりも早い、という理由で、その案は受け入れられた。
もしかすると、新堂家は思った以上に力がある家なのかもしれない。
大したことは無かったが、私は入院することになり、幸太郎さんは後処理があると、帰って行ってしまった。
次に会う時は、本当の気持ちを伝えないと―――。
駆けつけた母親に手を握られながら、深い眠りに落ちた。




