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21.高慢

 我が家には借金取りがやってくる。

 毎日やって来ては、卵や牛乳や小麦粉を取り立てて行く。

 

 代わりに見事なホットケーキを焼き上げて帰って行く。

 ホットケーキの味はますます磨きがかかっていた。

 

 何しろ、一流の料理人が、面白がって、彼に調理のいろはを教えるからだ。


「みんないい人たちですね。

俺みたいなのに、いろいろ教えてくれるなんて」


 その通りだ。

 自らプライドを高く持つプロの料理人が、実家の喫茶店で手伝ったレベルの男に、なにくれと面倒を見るとは。


 本当の意味で、自分に自信を持っている人間は、無闇に他人を貶めたりしないものね。

 それとも、彼らは『見る目』のある両親が選抜した人たちだからなのかもしれない。


 ただし、全てがそう上手くはいかない。


 料理人見習いの人たちにとっては、借金取りの存在は目障りだった。

 彼らも、式部の家で料理をふるまうのは、滅多に無い修行の場だ。

 集中したい時に、素人同然の男がウロウロしていては、気になって集中出来ない。


 そこで、見習いの人が担当する日は、借金取りは式部邸に顔を出さないことになった。


「若い人が頑張っているのを邪魔しちゃ悪いですからねぇ」


 そんな彼に、私は益子さんから預かった『パンケーキの美味しいお店』のメモと、幸太郎さんから預かった封筒の中から、新札を一枚、抜き取って渡した。

 自分で食べるよりも彼に食べてもらったほうがいいと思ったからだ。


「これで、世のパンケーキがどんなものか、勉強して来たら?」


 借金取りは、嬉々としてパンケーキを食べに行った。

 次の日、小さなチラシの裏に、びっしりと食べに行ったパンケーキについてのレポートを書いてきた。

 マメな性格のようだ。

 小さなチラシは街で渡されるティッシュに入っているもののようだったが、どうにもいかがわしいお店のもので、さすがにそれは止めて欲しいと、小さなノートと鉛筆をあげたら、今度はそれにパンケーキの図解まで描いて寄越した。

 研究熱心だ。

 おかげで、私は夏休み最後に都子と一緒に食べに行こうと約束したお店を外さずに済みそうだ。


「パンケーキって美味しいですね!

フワフワで、ビックリしました。

それになんですか! あの生クリームの量!

よく一人で食べられますね。

俺は兄貴と二人で分けて食べましたよ」


「兄貴さんと食べに行ったんですか!」


「当たり前ですよ〜。

兄貴、ホットケーキのお店は反対だったんですけど、俺が『若い女の子に人気ですよ。お店を開いたら、若い子がたくさん来ますよ』と言ったら乗り気になってくれて。

その証明に、一緒に食べに行ったんです。

俺の言った通り、若くて可愛い子ばっかりだったのは良かったけど、さすがに恥ずかしくなりました」


 意外とやり手の男だった。

 それにしても、このむさくるしい男二人でカフェにいる姿を想像すると微笑ましい気分になる。



 勉強した結果、借金取りのホットケーキはさらに進化した。主にトッピング方面に。

 あんことかきな粉とか抹茶味とか、和風に走ったのは、出入りの和菓子屋さんの影響だ。

 おかず系のホットケーキもメニューにいれたいらしい。


「若い女の子もいいですけど、ガッツリ食べたい層にもアピールしたいんですよね。

ほら、俺の焼くホットケーキはどっしり系でしょう?」


 着々と準備していく中で、不安なのは材料だ。

 借金取りの技術に加え、やっぱり味の決め手は素材力だと思うの。

 

 その頃になると、ホットケーキを食べるようになった両親が、既知のルートに声を掛けてくれて、仕入れの段取りを取り計らってくれた。

 あんこは、老舗の和菓子屋さんが、抹茶もこれまた出入りのお茶屋さんが協力を申し出てくれた。


 家に遊びに来た都子は、試食して美味しさに唸った。

 同じく借金取りのホットケーキを食べた真白嬢は「これ美味しい! すごく美味しいけど、どこか懐かしい味もするし、冬馬さんの経営するカフェにいいかも」と不穏なことを呟いた。


「あの背の高いお嬢さんのご亭主は喫茶店の店主なんですか?」


「そんな感じ。しょっちゅう、敵情視察の為にカフェや喫茶店に行っているのよ。

気を付けないと、少しの謝礼で権利関係もっていかれるかも」


「気を付けます」


 ホットケーキを食べてご満悦の真白嬢を見送って、台所を片付けようとしたら、後ろに寒気が走った。


 振り返ると、久しぶりの幸太郎さんだ。

 すごく怒ってる。


 顔面蒼白になった借金取りに、冷たく言い放った。


「二度と彼女の前に姿を見せるなと言ったはずだ。

約束を違えると……分かってるだろうな?」


「す、すみません!」


 すみません、すみません、と哀れっぽく謝る借金取りの姿を見て、私は幸太郎さんに対して怒りが湧いてきた。

 

「謝ることないわよ! どうしてそんなこと言うんですか?」


「君が勝手なことばかりしているからだよ」


「―――ホットケーキ屋さんのお手伝いをしていただけです!」


「それが問題なの!」


 借金取りと、今日の料理人が固唾を飲んで見守っていた。


「何が問題か分かりせん!

いきなりやって来て、言いがかりつけて、勝手なのは幸太郎さんです!!!」


「俺がいないからって、好き勝手なことをしてるのは君だ!

よりにもよって、こんなどこの馬の骨とも分からない、下賤な男に入れあげて!

挙句に金まで渡して!

ご両親の真似してパトロン気分?

こんな男、それを握りしめて、競艇かパチンコに行くに決まっている!!!

……って、うわぁ!!!」


 手近にあったボウルの中身は借金取りが配合した、オリジナルのホットケーキミックス粉だった。

 私がそれをボウルごと幸太郎さんに向けて投げつけたので、彼は小麦粉まみれになってしまった。

 粉が巻き上がり、いい男が真っ白になってしまっている。

 気管にまで粉が入ったのだろう、ゲホゲホとむせる姿は、哀れっぽい。

 その姿を見ても、私の怒りは収まらなかった。


 さらに卵を掴む。

 それを初めて割った時よりも、ひどい割り方をした。


「信じられない!

幸太郎さんが、そんな風に人を貶めるようなことを言う人だと思わなかった!

成金も金になってしまえば、他の歩を見下すのね!

自分が同じこと言われたら、母親や、父親が、同じこと言われたら、嫌だと思うくせに!

借金取りは、美味しいホットケーキを焼くお母さまの息子なのよ! 馬の骨じゃない!

借金取りは……借金取りは、頑張ってるんだから!!!」


 粉と卵にまみれた幸太郎さんを見た。

 あとは牛乳でもかければ、いいかしら?


 そう思って、牛乳を探したが、それは冷蔵庫の中だった。

 

 静まり返った台所で、借金取りの呟きがやけに大きく響いた。


「お嬢さん……俺、もう借金取りじゃありませんよぉ。

福田多ふくだおおしって、名前があります」


 


 私は、無能なのに勘違いした、高慢ちきで鼻持ちならない『お嬢さま』だ―――。


 自分だって、借金取り……福田さんのことを、心のどこかで、見下していたんだわ。

 元はと言えば、両親が借金を作ったせいなのに。


 加えて、初めてホットケーキを焼いた時にいた、三枚おろしの料理人にも言われてしまった。




「お嬢さま。

食べ物を粗末にするのは感心しませんな。

その粉や卵を生み出すのに、どれだけの手間がかかっているとお思いですか???

ちゃんと焼けば、美味しいホットケーキになったものを」



 とても、とても恥ずかしい。

 恥ずかしくて、幸太郎さんの顔が見られない。


 クスクスと、頭の上で笑い声が聞こえる。

 笑われても当然だ。

 幸太郎さんは、だから初めて会った時から、いつも笑っていたのだ。

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