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1.婚約

 学校から帰ると、人生二度目の婚約が調っていた。


 茶室に座るニコニコ顔の両親と見知らぬ親子。


 父と息子と思われるが、あまり似ていない。

 父親の方はやたら金色のアクセサリーをじゃらじゃらと付け、小太りで、愛想笑いを浮かべていた。

 こう言っては悪いが、あまり趣味はよろしくなさそうだ。

 成金っぽい。

 一見、卑屈そうな態度だけど、本心はどうかしら?


 息子の方は、苦労知らずの二代目として生まれたらしい。自負心の高さを隠してはいない。

 高そうなスーツをまとう身体は引き締まっていて、姿勢良く正座し、私の母が立てたお茶を飲んでいた。


 呼ばれた私が茶室ににじり入る時、お茶碗越しに見つめられた。

 不躾な視線だ。

 まさか結婚話があるとも、その相手とも思っていなかったけど、不愉快に感じたので、負けじと睨み返した。

 それを見て、彼はニヤッと笑った……気がした。

 

雪花せつか、良かったわねぇ。

結婚が決まったわよ」


 母が嬉しそうに私に話しかけた時、一瞬、何を言われているか理解出来なった。

 そうだろう。

 齢十七歳。高校二年生の私が結婚?

 ありえない。

 

「お母さまったら、また冗談を……」


「あら、お母さまは冗談なんて言わないわよ。

こちらの新堂の息子さんが雪花をお嫁さんにしてくれるって」


 新堂……と呼ばれた若い男が一礼をした。

 また、上から下まで一瞥された。

 品定めをされているんだ。


 膝の上で両手を握りしめた。


「新堂さん、知っているだろ?

ほら、この間、手に入れた茶匙もこちらの紹介で……」


 母に続いて父も嬉々として語り始めた所で、私は事の次第を概ね理解し、ぶち切れそうになった。


 つまり借金の形に、この家族に売られることに決まったらしい。



 私の家、式部家は所謂、公家の出である。

 家柄は良いが、実情は、没落している。落ちぶれている。貧乏だ。

 広い邸宅は修繕されることもなく朽果てそうだし、鬱蒼と草木が茂る庭園は夜な夜な動物が出没する野生の王国となっている。

 

 しかし両親は「趣がある」とか、「侘び寂」とか言って、一向に気にしない。

 そして、気に入ったものにはお金を惜しまない。

 

 かつての華族制度廃止で各家から散逸してしまった美術品や骨董品を探し出しては買い求める。

 新進気鋭の日本画家の絵や、着物も外せない。


 資産が無いどころか、広大な邸宅を維持する管理費も税金すらも払えないくせに、そんな真似をしているのだ。

 借金まみれだ。

 使用人たちへの給金も払えず、半年前、ついに最後まで忠誠を尽くしてくれた老庭師もいなくなった。

 「最後までお供したかったが、足が悪くなって、もうお役に立てません」と涙ながらに去って行った老人は、「僭越ながら雪花お嬢さまの御身だけが心配です。どうぞ、お気を付けて」と言い残してもいった。


 予感はあったのだ。


 最近、両親が付き合っている男はうさんくさかった。

 巧みに近付き、高価な美術品や骨董品を買うのに拍車をかけていた。

 同時に、これまであった品々が無くなっていく。

 両親は物惜しみをしない性格なので、知り合い程度の人にも物をあげる癖があったが、ここまでゴッソリとなくなることはなかった.



 私もいけないと思い、散々、忠告したのだが、聞き入れられなかった。

 めぼしいものを頑丈な蔵に閉じ込め、鍵を管理するくらいしか出来ない内に、負債は膨らみ、ついには怪しい金融機関にまで手を出したようで、この所、借金取りまでくるようになっていた。


「新堂さんは素晴らしい方だよ。

豊かな感性を持っているのに慢心せず、さらに自分を磨こうと、とても熱心に勉強しようとしている」


 父はそう絶賛し、母も同意した。


 それがこの結果だ。

 どう考えても、騙されている。

 恐ろしいほどの借金を、この男からしてしまったらしい。

 それで脅されて、娘を身売りさせようとしているのだ。


 ―――それにしても、両親にまったく悲壮感がないのはどういうことだろう。


「私……まだ、高校生です!

結婚するつもりなんかありません!

それに結婚相手は自分で見つけます!」


 一応、抵抗しておこう。

 

 新堂親子は狡猾な蛇みたいな人間だから、抜け道なんか作ってはいまい。

 むしろ、抵抗すれば、もっと酷い目に合いそう。

 結婚という、世間的にはまだ合法的な待遇ではなく、それこそ、違法的な手段で金を返せと言われそうだ。


 ひどい。

 我ながらなんて最低な運命なの。

 それまで名家の令嬢として好き勝手にやっていたのならば、因果応報と納得出来なくもないが、私は没落していく家と共に、細々と生きていたはずだ。

 高校も、名門名家の子女が通うと有名な志桜館学園に通っているが、学費免除の特待生としてもぐりこんだからこそである。

 そこでコネを作って、大学卒業後はいい会社に入って、自立しようと目論んでいたというのに。


 初めて会う男に身売りされるなんて、あんまりだ。

 

「結婚しても高校には通って下さい。

大学も進学資金は出しましょう。

新堂家の若奥さまはお美しいだけでなく、賢い。

才色兼備だと自慢出来ますからな」


 揉み手をするばかりで、新堂父が私に媚びた笑顔を向けた。

 こちらと結婚しろと言われないだけマシかも知れない。

 少なくとも息子は若いし、鼻筋が通った素敵な顔をしている。

 性格は父親とはまた違った方向で悪そうだけど。


 その息子は当事者だというのに、優雅にお菓子を食べていた。

 もしかして、親に言われて嫌々来たのかも。

 そこに一縷の望みを託してみた。


「あの……えーっと、新堂……」


「幸太郎です!

雪花さんを幸せにする幸太郎ですよ」


 私が息子に興味を持ったと勘違いし、父親が鼻息を荒くして紹介してくれた。

 手まで握られそうだったので、そうはさせじと手を後ろに回した。

 中年オヤジが女子高校生の手を、そう簡単に握れると思ったら、大間違いだ。


「新堂の息子さん?」

 

 呼びかけると、視線だけこちらを向けた。

 また観察されている。


「あなたはどうお考えですか?

私と結婚なんて……ありえないですよねぇ?」


 見た感じ、二十代後半くらいだ。

 そんな男が父親の言いなりで、小娘と結婚したいと思ってはいないはずだ。

 愛人の一人や二人くらい囲っていそうな雰囲気だし。

 

 うわぁ、最低。

 自分の想像に吐き気がした。

 かと言って、その顔と歳で、年齢イコール彼女歴無しです、なんて自慢されても困る。


「別に。問題ありませんよ。結婚しましょう」


 たとえば飛行機で「ビーフ、オア、チキン?」と聞かれたって、もっと悩むよね? と、問いただしたくなるほど気軽に答えられた。



「良かったわね、雪花ちゃん。

こんな素敵な旦那さまが出来て」


 何が? 全然、良くないです! お母さま!!!


「新堂さんなら安心して娘を任せられる。

で、結納はいつにします?」


 うちの両親の積極性に、新堂親子の方が戸惑いを浮かべているのが分かった。


 私自身の価値と言えば『若さ』くらいしかないけど、おそらく、新堂家が狙っているのは家名だろう。

 古今東西、成り上がりは金の次に、血統を欲しがるものだ。

 その為に、汚い手段を使い、策略を巡らし、涙と屈辱にまみれる両親から娘を金で買う。

 上流社会に未だ蔓延る、旧態依然とした身分制に対する復讐にもなるだろう。


 そんな事を想像して来たのに、もろ手を上げて歓迎されているのだ。


 底抜けのお人よしか、娘より金が大事なのか……特に息子の方は、眼差しに呆れたような色があった。


「ああ、いや……結納ですか。そうですねぇ」


 新堂父が額の汗を拭いた。 

 自分から申し出たくせに、この急展開についていけてない。

 一方、母は暴走していた。


「きゃあ、結納ですって。

お母さま、嬉しいわ。

雪花ちゃん、どんなお着物にしましょうかね。

成人式用に仕立てたのを使いましょうか?

それともお母さまが結納の時に着た着物もいいわねぇ。

あ、でも、新しく結納用に仕立てましょうか!?」


「お母さま!!!

成人式用に買った振袖が、娘五人分もあるのをお忘れですか!

これ以上、着物はいりません!!!」


 着道楽の母は、何かにつけて新しく着物を仕立てる癖があった。

 このままでは、結納用ですら、五回分くらい出来あがってきそうだ。

 結納は一回でいいのだ。人生に二度もあるだけで憂鬱なのに。


 新堂幸太郎が笑った。

 

 悔しい。

 困った両親だけど、大事な両親なのだ。


 睨みつけると、ニヤニヤ笑いが、皮肉っぽい笑みに変わった。

 

 こんなイライラする男と本当に結婚しないといけないの?

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