過去・9*再会
「ソフィアさん、朝ですよ~」
私は明るい声で目を覚ます
「あっ、起きました?おはようございます」
「…おはようございます」
まだ寝惚けた声でなんとか挨拶を返す
「朝ご飯出来ましたよ。早くしないと冷めちゃいますよ!」
「…はい」
いそいそとベッドから抜け出して、ユリアさんにもう一度挨拶をする
挨拶を返してくれたユリアさんは、先に向かうと私に言って部屋を出ていった
後を追おうと歩き出した時、ふと胸元に違和感がある事に気づく
見てみると、私の首には手紙が2通ぶら下がっていた
『ソフィアさんへ』
『ダンテ様、カリーヌ様、ユリア様、ヤンフ様へ』
そう書かれた手紙だった
私は直ぐに差出人が誰か分かった
「狂羅様…」
私はこの場で読むべきなのか迷った
いや、きっと何処で読んだとしても変わらないのだろうが、それでも迷ってしまう…でも…
嬉しい…
私の事を覚えていてくれた…忘れないでくれていた…
そう思うだけで、心が温かくなる
幸いもう1通あるので、渡した時に私も読もうと思いユリアさんの元に向かう
2階建てのこの家で私に与えられた部屋は2階の一室
階段を降りて居間に向かうと、ユリアさんの他にカリーヌさんとヤンフ君も席について待っていた
「皆さんおはようございます」
「えぇ、おはよう」
「おはよう、姉ちゃん!」
「おはようございます、ソフィアさん」
私をここに置いてくれている人達
カリーヌさん、ユリアさん、ヤンフ君の3人だ
もう1人父親のダンテさんがいるらしいのだが、まだ会った事はない
狂羅様が何処かに行ってしまった日から20日が過ぎた
私に出来る事は少ないが、皆さんの家事や仕事の手伝いをしてきた
「皆さんにお渡ししたい物があります」
私はご飯を食べ終えた3人に話し出す
勿論今朝起きた時に首元にぶら下げられていた手紙についてだ
あの日から一切足取りを掴めず、何処にいるのかも分からなかった狂羅様からの手紙…
「なんだか嬉しそうですね?」
「分かりますか?…嬉しいのです。とても嬉しいのです」
「あまり表情の変わらないあんたが、それほど喜んでいるんだ。何があったんだい?」
「手紙が、狂羅様からの手紙が届きました」
「えっ!?それって!」
「はい。狂羅様は私を覚えていて下さった様です」
話しをするだけでも心が温かくなる
本当に良かったと心から安堵している
「それで、いったい何て書いてあったんだい?」
「いえ、まだ読んでいないのです。皆さん宛にもう一通届いてありましたので、ご一緒に読もうと思いまして」
「あたしらにもあるのかい?」
「はい」
カリーヌさんは私が渡した手紙を見つめた後、読み始めた
ユリアさんとヤンフ君も覗きこむように読んでいる
私も自らに宛てられた手紙を読むことにした
☆★☆
久し振りだね。
あの日からずっとソフィアさんの様子を見てたけど、どうやら普通の家庭に慣れた様で良かった。
ごめんなさい。
あの日、僕はソフィアさんが取り乱す事を分かっていて、ソフィアさんの前から姿を消した。
ソフィアさんに、一般的に普通の幸せと現す事の出来る人達の事を知って欲しかったんだ。
ねぇソフィアさん、暫く過ごして何か感じるものはあった?
経験のないソフィアさんには難しい事かも知れないけど、僕はその家で過ごす日々がソフィアさんのこれからの人生に何かを与えてくれると思ってる。
僕にはもう少しやる事が残ってるけど、終わったらソフィアさんに会いに行くよ。
ソフィアさんのやりたい事、叶えたい事…まだ時間はあるから考えてみて、探してみて。
僕が必ず手助けするからね。
☆★☆
狂羅様からの手紙を読み終えて、テーブルに手紙をおく
すると突然手紙が光りを発し、その後光が収まった時には魔方陣の描かれた1枚の紙になった
魔方陣の描かれた紙の隅に「魔力を流して」と書かれている
視線をカリーヌさん達に向ける
3人は1度光を発した時にこちらに視線を軽く向けただけで、まだ読み終えていない様だ
魔力を流して良いのかどうか…
読み終えるまで待っている事にした
「狂羅様ってのは、いったい何者なんだい…」
不意に呟かれたその言葉に、私は首を傾げてカリーヌさんを見る
「狂羅様は何を書かれたのですか?」
「ただのあたし達とあんたの情報さ…。それで、あんたの方はどうなんだい?」
「そうですか。狂羅様は迎えに来て下さる様です。もう暫く待っていて欲しいと、そう書かれていました。それから、魔力をこの魔方陣に流して欲しいと」
「そうかい。良いよ、流してみな」
「はい」
私は魔方陣に魔力を流してみた
魔方陣は魔力に反応して浮かび、くるくると回り始める
更に徐々に大きくなっていき、家の壁をすり抜け、家を囲む大きさの魔方陣となり、暫くすると消えていった
「何も起きないね」
「うん」
「そうですね。きっと何か意味があるとは思うのですが…」
それから暫く待ってみたものの、何も起きる事はなかった
「何もしないまま待ってても仕方がないねぇ。取り敢えずあたしは行くからね。後からゆっくり来な」
「はぁい」
「うん」
「はい、分かりました」
カリーヌさんは村に唯一ある飲食店で働いている
カリーヌさんが1人でやっているので、ヤンフ君は直ぐに、ユリアさんは家事の後カリーヌさんの手伝いをする
私はユリアさんと家事を終わらせてからカリーヌさんの店へと向かっている
「よしっ!じゃあぱぱっと終わらせちゃおう!」
「はい」
「いつもの様にソフィアさんは洗濯と食器洗いをお願いします」
「はい」
私は食器に適度に強い水圧の水魔法を使い、食器を洗っていく
しっかり食器を持っていないと飛んでいってしまうので注意が必要…
全ての食器を洗い終えると、次に洗濯へと取りかかる
洗濯物を外に持ち出す
洗濯は簡単で、先程と同じ様に水魔法を使う
球体へと魔法を変化させ回転を加えて、洗濯物を全て放り込む
更にそこに洗剤を加えて暫く待つと洗濯は終了となる
それぞれの魔法にも名はあるのだが、私は知らない
でも、魔法は自在に扱えるので、特に詠唱等は必要ない
水魔法の横に火と風の混合魔法で温かい空間を作り上げ、そこに洗濯物を移動させていく
そして、洗濯物が乾けば畳んで決められた場所に置く
これが日課となっている私の仕事
私が洗濯物と食器を洗っている間に、ユリアさんは家の中を掃除している
「ユリアさん、終わりました」
「やっぱり早いですね~。もう少しで終わりですから、待ってて下さい」
「はい」
てきぱきとユリアさんが掃除していくのを見ていると、ユリアさんが私を見て微笑んだ
「良かったですね」
「はい?」
「ソフィアさん、ずっと暗い顔してましたし。でも今日手紙を読んでから嬉しそうで良かったです」
「暗い顔してましたか?」
「はい」
「…そうかも知れません。本当は置いていかれたのだと、そう思っていたのかも知れません。でも、そうじゃないと、狂羅様は私を忘れていないと分かって、本当に嬉しかった…」
「はい。良かったですね、ソフィアさん」
「はい」
ユリアさんはずっと心配してくれていたのだろうか…
ユリアさんが掃除を終えて着替えるのを見ながら感謝する
ユリアさんもヤンフ君もカリーヌさんも、皆私の事を心配してくれていたのだろうか…
私は再度3人に感謝しながら、ユリアさんと共に家を出た
目的地であるカリーヌさんの店は歩いて直ぐの所にある
道中様々な方が私とユリアさんに声をかけてくれた
「お母さん来たよ」
「あぁありがとね。早速で悪いけど、いつものお願いね」
「はぁい」
店について直ぐにユリアさんは掃除を始めた
「私は何をすれば良いのでしょうか?」
「そうだねぇ…。料理作ってみるかい?」
「料理…私に出来るのでしょうか?」
「そんなもの、やってみないと分からないよ。で、どうするんだい?」
「…お願いします」
カリーヌさんは1度頷くと私を厨房へと連れていった
厨房にはヤンフ君がいて、食材を仕分けしていた
「あっ、ソフィア姉ちゃん」
「はい、宜しくお願い致します」
「ん?」
ヤンフ君は首を傾げてカリーヌさんを見る
「本日からお手伝いさせて頂く事になりました」
「あぁ!姉ちゃんが駄目だから?」
「まぁそんなところさ。ユリアは料理以外は完璧なんだけどねぇ…」
「ユリアさんは料理が苦手なのでしょうか?」
「そうゆう事だね」
ユリアさんは家事の中で料理だけ出来ないらしい
初めての場所なのでカリーヌさんが食材を並べていくのを見ている事にした
「ところでソフィア、あんたは料理した事があるのかい?」
「すいません。私は料理をした事がありません」
「そうなのかい?じゃあ狂羅様ってのが料理を作っていたのかい?」
「いえ、狂羅様は食事を必要としません。私も食事をとらなくても問題はありません」
「…どうゆう事だい?」
「私は精霊を元に構成されていますので、精霊と同じ様に魔力からエネルギーを作る事が可能なのです。この肉体も人間と精霊、両方の能力を持っています」
「…精霊なのかい?」
「いえ、正確に言えばどちらでもありません」
「そうかい」
カリーヌさんは私を少し見つめた後、作業に戻った
「さぁ、始めるよ。手を洗ってきな」
「はい」
………
「中々やるじゃないか。娘と料理するのは、あたしの小さな夢だったんだよ」
「お母さん、酷くない!?私だってやろうと思えば出来るもん!」
「あんなのは料理とは呼ばないのさ」
私はカリーヌさんの指示に従っていただけなのだが、どうやら料理を作れるようで良かった
私の料理を美味しいと言って食べてくれる人がいて、少し嬉しかった
皆でお店を閉める準備の最中、カリーヌさんとユリアさんが笑いながら話し、ヤンフ君もそれを聞いて笑ってる
穏やかな家族の時間…
でも、私はその家族ではない
…この場で私だけが家族ではない
「どうしたんですか?」
「いいえ、何でもありません」
ユリアさんが私に声をかける
私はこの考えを捨てて作業に戻ることにした
テーブルにある食器を洗い場へと持っていく
と、その時、外が突然騒がしくなる
外からは悲鳴の様なものが聞こえてくる
「ソフィアさん!」
1人洗い場にいた私の所へ、血相を変えたユリアさんとヤンフ君が走ってきた
「どうしたんですか?」
「村に山賊が来ました!お母さんが3人は奥で隠れていなさいって…」
「カリーヌさんはどうするのですか?」
「…少し様子を見るって」
「そうですか」
ユリアさんとヤンフ君の表情は暗く、恐怖を感じている様に見える
その恐怖は山賊に対するものか…それとも、カリーヌさんの安否に対するものか…
「良いから金を出せってんだ!!」
「あんたらにやる金なんてないね!」
「良い度胸してんじゃねぇか。覚悟は出来てるよな!?」
騒がしい声が聞こえた
盗賊と思われる男とカリーヌさんの言い合う声
初めて恐怖を感じている…
「お母さん…」
ヤンフ君の悲しそうな声…
ユリアさんの悲痛な表情…
このまま隠れていて本当に良いのだろうか?
「良いわけないですね…」
「ソフィアさん?」
「姉ちゃん?」
立ち上がった私に不安げな声が届くが、何も答えず歩く
正直に言えば私は盗賊を恐れている訳ではない
戦闘などしたことはないが、大丈夫
何故なら私にはヘルウェル達の記憶があるのだから
だから私はきっと負けない
盗賊等相手にはならない筈だ
では一体何を恐れていると言うのか…
近づいてくるのだ…とてつもない殺気を撒き散らす何かが…
尋常ならざる速度をもって近づいてくるのだ
狂羅様と同じ…いや、それ以上の死の気配を纏った者がやってきている
狂羅様ではない、狂羅様以上の存在…
「ソフィア!?あんた何で出てきたんだい!」
「こりゃあついてるぜ!」
「何て上玉だ!」
カリーヌさんの焦った様な声音と、下品な盗賊の笑い声が響くが、そんなものに気にとられている場合ではなかった
まもなく何者かがやってくる
敵ならば……私達は誰も生き残る事など出来ない
「カリーヌさん、何かが来ます。尋常ならざる殺気と死の気配を纏った何者かがこちらに向かってきています」
「…何を言ってるんだい?」
「来ます!」
グガァォォォォォーーーー!!
私の言葉が終わると同時に大気を震わす咆哮が響き渡る
そして辺りに蔓延する死の気配…
「なっ!?何だ今のは!?」
「おい!誰か見てこい!」
盗賊達も流石に咆哮の主の危険度に気がついたのか1人が偵察に外に向かう
盗賊が気をとられている間にカリーヌさんが私の側にやってきた
「なんだい今のは?」
「分かりません…。ただ、今頭上を飛んでいる巨大な生物が敵であるならば、私達は死にます」
「…ソフィア、ユリアとヤンフを連れて地下に避難しな」
「避難した所で、見つかってしまいます。それに、村ごと吹き飛ばす事は容易に出来る程の者です。逃げても意味がありません」
「…なんだってこんな時にっ!」
「大変だっ!ドラゴンだ!」
「なっ!?」
様子を見に行った盗賊が血相を変えて言い放った
ドラゴン…
最強の種族の1種…
それだけなら、他人の記憶しかない私が戦う事も出来た
きっと、退ける程度は出来た筈だ
「それだけじゃねぇ!!お、俺はあんなでかいドラゴンを見たことねぇ!」
「…どれくらいでかいんだ?」
「10倍はある!山みたいな巨体なんだよ!」
「嘘つけっ!?」
「嘘じゃねぇ!お、俺は逃げるからな!」
「ま、待て!」
盗賊のボスが慌てて止めるが時既に遅し
手下は扉を破壊して外に出た瞬間…その姿が消えた
「は?」
ボスの間抜けな声が静かな店の中に響いた
私も何が起こったのか全く分からなかった
『愚かな、なんと愚かな。我が主の姫に手を出すとは…』
その時、体の底から震える程の声が脳内に直接響いた
尋常なる覇気と殺気を兼ね備えたその声に、思考が停止する
隣のカリーヌさんから小さな悲鳴が漏れた
『姫よ、我が前に姿を見せてはくれぬか?我が愚かな人間は排除しよう。しかし、建物を壊すなと言われておるのだ』
だが、その声はただ語りかける
この村にいるのであろう誰かに…
『ふむ…反応がないのは何故か?もしや寝ておられるのか?いや、愚かな人間達が姫の進路を断っておる様だな』
次の瞬間、音もなく目の前にいた盗賊達が消えた
何が起こったのか全く分からなかった
『さて、姫よ。我が前に姿を見せてはくれぬか?』
その声に反応する者はおらず、ただただ時間だけが過ぎていく
困惑した様な声が響き渡り、既に殺意も覇気も、声からは感じる事はなかった
「「お母さん!」」
「ユリア!ヤンフ!」
ユリアさんとヤンフ君がカリーヌさんに抱きつき、カリーヌさんもまた、静かに抱き止めていた
盗賊が消えてから暫く声が途絶えていたが、まだ、その存在ははっきりと感じ取れる
『もしや、我の事を知らないのか?我が主から聞いていると思っていたのだが…、まぁ良い。我が主は狂羅と言う、姫よ聞き覚えはないか?』
私は驚いた
きっと、この村で狂羅様の事を知っているのは、私とカリーヌさん達だけの筈…
「ソフィア…あんたの事じゃないのかい?」
「やはりそう思いますか?」
「「「うん」」」
3人に肯定の言葉を返された
狂羅様…
「ソフィア、もしも嘘だったらどうするんだい?危険すぎるよ」
「そ、そうですよ!」
歩き出した私にカリーヌさんとユリアさんが声をかける
でも私の足は止まらない…いや、止められない
きっと、嘘じゃない
私がそう感じているから
『ほぅ…人間の世界でそれ程清んだ心を持った者は初めてあった。いや、我が主も別の意味では清んだ心を持ってはおるが…。我はグレアント。そなたが姫であるな?』
私が外に出た時、上空から声が響く
見上げればそこには巨大なドラゴンがいた
真っ黒の巨体が上空から私を見ている
「私はソフィア・アイリス・プリンセスと申します。姫とは私の事ですか?」
『如何にも。我が主の心に光る唯一の希望。我が姫と呼ぶに相応しい者など、そなた以外におらぬ』
「あなたは狂羅様の何なのですか?」
『我は主に惚れ込んだ老いた龍じゃよ』
「竜?ドラゴンではないのですか?」
『あの様な出来損ないと比べられるとは…。良いか姫よ、奴等も我の血は引いておるが、ただのトカゲに過ぎぬ。原初の龍である我の血に適応出来た者を竜と呼び、それ以外はドラゴンと呼ばれる』
「そうなのですか?グレアントさんは他の方達と違う事は分かるのですが、竜とドラゴンの違いはあるのですか?」
『人間は見分けがつかないと良く言うが、我が主は分かっていた様に思える。ドラゴンと呼ばれる者達は総じて知能が低い。故に話す事は出来ぬ』
「そうですか。では話す事の出来る方が竜だと判断します」
『うむ。さて、本題じゃが、我が姫の元に来た理由を話さねばならぬ。しかし、何時までも姫の上にいる事が我としては思うところがあるでな。何処か我が降りても問題がないところはないだろうか?』
「村の少し離れた場所に子供達が遊ぶ広場があります。グレアントさんでも問題はないかと」
『ふむ。ではそこに案内してはくれぬだろうか?姫の同居している人間と共に』
「カリーヌさん達もですか?」
『うむ。可能であるのならば共に来て欲しいのだが、無理にとは言えぬが』
「分かりました」
グレアントさんとの会話を終えて、カリーヌさんの店に向かう
中に入るとユリアさんとヤンフ君が駆け寄ってきた
「姉ちゃん!」
「ソフィアさん!」
ユリアさんとヤンフ君が私に抱きついてくる
温かい…
「何があったんだい?」
「先程のドラゴン…いえ、龍は狂羅様の仲間でした。名はグレアントと言うそうです」
「狂羅様の…ねぇ」
「ドラゴンが仲間なんですか!?」
「はい。グレアントさんは狂羅様を主と呼んでいました」
「すげぇ…」
3人それぞれ違った反応を見せるが、驚いている面が強い
「それから、グレアントさんが皆さんに会いたいと言っていました。勿論、皆さんの同意を得ての事ですが」
「そのドラゴン様があたし達に何の様なんだい?」
「分かりません」
「…まぁ別に構わないんだけどねぇ。行くしかないかねぇ」
「本当に宜しいのですか?」
「構わないよ。もしそのドラゴン様が敵ならあたし達は死んでいると言ったのはソフィアじゃないか。あたし達に何かするつもりなら、既にしてるさ」
「そうですか。ありがとうございます」
「ドラゴンに会えるの?」
「はい。ですが正確に言えば龍と呼ぶそうです」
「竜?」
「はい」
ヤンフ君の問いに答えると、その瞳を輝かせた
それは単純な好奇心の色が強い
その他にも憧れの色も見える
ユリアさんも、ヤンフ君とそう変わらない
「行くかねぇ。案内しておくれ」
「はい」
店の外に出た瞬間にヤンフ君が「でけぇ!!」と声をあげる
離れた場所だと言うのに、その巨体は私達の視界に入る
ユリアさんもカリーヌさんも驚愕の表情を浮かべていた
「ほ、本当にあれが仲間なのかい?」
「はい。確かに狂羅様を主と呼んでいました」
「…そうかい」
近づくにつれ、3人は言葉少なとなっていく
この世界の絶対者としての覇気と存在感を放つその存在に言葉を無くす
一体どれ程の巨体か…優に50メートルはありそうだ
その巨大な首を持ち上げ、グレアントさんの瞳が私達を見据える
『よくぞ参られた、姫のご友人よ。我の呼び掛けに応じてくれた事を感謝しよう』
そうグレアントさんは言ったが、私はそれどころではなかった
その圧倒的な存在感を放つ龍すら霞む程の衝撃だった
グレアントさんの側に見知った人影があったから…
「ヘル…ウェル」
「はい。初めましてお姉様。今代の闇の精霊王のヘルウェルと申します」
最後に私を救ってくれた時と何も変わらないヘルウェルがそこにいた
「ヘルウェル!」
「お、お姉様!?」
私は駆け出してヘルウェルを抱きしめた
驚くヘルウェル…なんて暖かいんだろう…
ヘルウェルは生きていた
それが嬉しかった
「良かった…本当に良かった!ずっとありがとうって言いたかった!私を助けてくれたヘルウェルにお礼をちゃんと言いたかった!」
「………。」
「ありがとう!私を助けてくれてありがとう!生きていてくれてありがとう!外の世界を見せてくれてありがとう!本当にありがとう!」
「お姉様…」
私の腕をそっと離し、ヘルウェルは少し距離を取った
「ご、ごめんなさい。嫌だったよね?もう止めるから嫌いにならないで!ずっと側にいて!もう…何処にも行かないで…。私もっとヘルウェルに好きになって貰いたいよ!もっとお話ししたいから!だからっ!」
嫌われたのかと焦り、必死に弁解する私に、ヘルウェルは静かに首を横に振った
「ヘル…ウェル?」
「お姉様…もう一度名乗らせて頂きます。私は今代の闇の精霊王ヘルウェルです。お姉様が知る先代の闇の精霊王とは異なる存在です」
「な、何を…」
「…精霊王は何度も生まれ変わり、世界に存在し続けます。精霊王の体は500年毎に新しい体へと生まれ変わります。もしも生まれてから500年の年月が経たぬ内に死した場合、その時点で生まれ変わりが始まります。生まれ変わりには、全ての記憶や経験、体の特長等全ての情報が移行します」
「じゃ、じゃあやっぱり「…ですが」…え?」
「ですが、私の場合は違います。本来あるべき筈の記憶と人格、感情や一般常識と呼ばれる知識が抜け落ちています。これは先代が意図的にやったものと思われます。ですから、私はお姉様に会うのは、今が初めてです。お姉様との記憶は私にはありません」
「う、嘘よ…じゃあヘルウェルは!?」
「先代がどの様な魔法を使ったのか分からないので確証は持てませんが、お姉様の体は私と同等の物です。先代はお姉様の中にいます」
私を助けてくれたヘルウェルはもういない…
そして、謝る事も感謝を伝える事も…会うことすらも、もう叶わないのだと知った
悲しくて…悲しくて…
何も分からなかった当時の私が憎い…
感謝の言葉すら知らなかった私が憎い…
ヘルウェルに…狂羅様に助けられてばかりの私が、どうしようもなく嫌いだった
考えれば考える程に無力な私に、知らず知らず涙が溢れてきた
「お姉様」
そう言ってヘルウェルが私の頬を両手で柔らかく包み、笑顔を見せる
「お姉様…何故その様な顔をするのですか?」
「何故って…そんなのっ!」
「先代はお姉様を助けた事を後悔していると、そう思ってるのですね?」
「ヘルウェルは嫌だと言っていたわ…。ずっと私が側にいたかったって…。でも、私のせいでヘルウェルは…」
「そうでしょうね。ですが、それだけではありません。お姉様の中から感じる先代の気配には、確かに後悔があります」
「うん…私のせいで…」
「何度でも言います。それだけではないのです。確かに後悔があるのでしょう。ですが、それよりもお姉様への期待が強く感じます」
「…期待?」
「偉大なるお兄様の力になってくれると、お姉様ならきっと力になれると…その様な期待を感じます」
「私が…狂羅様の?………私には何も出来ないのに…ヘルウェルの方が…ずっと力になれるのに…」
「お姉様、先代が期待したお姉様の力とは、今お姉様が考えている筈の力とは違います。勿論戦う力に関してもお姉様は持っていますが…それよりも別の期待です」
「戦う力じゃない力?」
「はい。私や先代では出来ない事を、ただ1人…お姉様だけが出来るのです」
「私にしか出来ない事?それは何?」
「言えません。私達は契約によってそうなっております。お姉様、これだけは間違わないで下さい。先代はお姉様に期待しております。決して後悔だけではないことを覚えておいて下さい」
私は頷く
私に何が出来るのか…それは答えて貰えなかったけど、それでもヘルウェルが期待してくれているならば、私はそれに応えたい
「私に今出来る事はありますか?」
「はい。お姉様にはまず自らを守る力を持って頂きます。それから狂羅様について少しお話ししようと思って参りました」
「狂羅様について?」
「はい」
そう言って頷いて私を見たヘルウェルの表情は悲しさに満ちていた




