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最凶の存在  作者: 翔さん
第弐章*過去編
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過去・8*再誕

暗い…寒い…

光のない空間で、ただソフィア・アイリス・プリンセスはいた


物心ついた頃にはあの部屋の中がわたくしの全て

暗い部屋だったと知ったのも後から

寒い部屋だと知ったのも後から

言葉の意味を知ったのも後から


何故なら私は言葉の意味すらも知らなかったのだから

エミリア…ソフィア…お姉様…また来るわ…

私はこの4つの言葉しか知らず、意味すらも理解出来てはいなかった


そして、私は死ぬと言う事すら理解することなく、静かに死んだ


………筈だった


私は私の体の周りをふわふわと浮いていた

そこには一人の女性が私の体を見つめていた


しばらくしてその女性が私に視線を向けた


『今から貴女の蘇生を行います。上位精霊99の魂と2柱の精霊王の魂を代償に貴女の体は再構築されます。貴女の記憶は見させて貰いました。貴女に言葉が理解出来ない事も知っていますので、少しだけ私の話を聞いて下さい』


『貴女を助け出した御方の名前は狂羅と言います。お兄様はとてもお優しい御方…自らの犠牲を省みず他を救おうとされる。幼い子供には耐えられない様な絶望に彩られた人生の中、あの人はただ希望を見て生きていました。あの人の想いに引き寄せられた幾つもの小さな希望……。

でもあの人の願いは叶わなかったのです。絶望に生きたあの人の大切な方々は更なる絶望を与えました。

もうあの人に残された希望は貴女1人………』


泣いていた

その女性は悲しみに彩られた表情で淡々と語る

私は聞き逃してはいけないと、絶対に忘れてはいけない事だとそう自然と理解だけは出来た


『私はあの人の力になれて嬉しいと思う反面、あの人の側にいられなくなることを悲しいと思っています。どうして…そう思わずにはいられません。今の私に出来る事は貴女の蘇生を行う事。既に術式は最終段階に移行しております。

………どうか、お願いがあります。あの人の側にいてあげて下さい。私はもうあの人を支える事が出来ないから、私が心から愛した方の生涯に私はもういれないから……。本来ならこの魔法には多くの欠点がありますが、今回に限り完全な魔法となります。私の知識や経験の全てを貴女に譲渡します。本来なら感情も譲渡しなければならないのですが、私のお兄様への想いは私だけのもの…。次の闇の精霊王にも、貴女にもこの想いはあげない』


そう彼女が言った瞬間に様々な情報が私の脳内に入り込んでくる

だから私は理解した

いや、否応なく理解させられた


『何故断らなかったのですか?私が生きるよりも貴女が…』

『えぇ…。愛した方の力になりたいと、そう思ったからです』

『そ、それだけで…』

『貴女にとってそれだけの事が私にとって全て…それだけの事です』

『そんな事、その人が望んでいるとは限らない!』

『えぇ。あの人は何も知らないまま私に貴女の蘇生を頼みました。あの人は私の魂が必要だと知ったら、きっとお止めになる。ですが私が貴女の蘇生をしたいと思ったのです。あの人の寄り添う事よりも、それを貴女に託す事こそが私の役目だと、そう思ったからです』

『な、何故?』

『貴女が絶望の中に生きていたからです』

『………私はそう思った事はありませんでした』

『…世界は広く素晴らしいものです。私も短い間ではありましたが、あの人の側に生きる事が出来てとても楽しかった。あの人が側にいるだけで私は幸せで…世界が輝いて見えた…』

『それが理由になるとは思えません』

『理由なんてものはいらないんです。あの人が望んだから、ただそれだけです』


私があり得ないとそう呟こうとしたら急激に視界が変わる


…私の本体へと意識が流れている様だ


『…お別れの様ですね』

『もう…止める事は出来ないのですね…』

『えぇ。貴女が私に負い目を感じる必要はありません。これは私が決めて選んだ結末です。他の誰にも口をだす権利などないのですから』


既に彼女の足元は薄れて行き、腰まで消えかかっていた

彼女の体は光の粒子となり、私の体へと入ってくる


『ですが、貴女にはあの人の側にいて欲しいと思っております。あの人の事を側で見て、感じ、寄り添って欲しい。それが私の…せめてもの願いです』

『必ず貴女が愛した方の側にいると誓います。どの様な事があろうとも、貴女の願いは必ず守り続けます!』


彼女の頬を伝う涙…

何度も頷き、最後に笑顔で言う


『お兄様…愛しておりました…』


その言葉を最後に彼女はこの世を去った

光の粒子となった彼女が全て私の体へと入ってくる


暖かい…とても暖かい記憶が…温もりが…


「ヘルウェル………。わたくしは貴女が何を言おうとも、貴女に感謝します。その方を愛せるかどうかは分かりませんが、必ず最後の時まで側で貴女の代わりに寄り添い続けます」


私は瞳を閉じ、天に誓い続けた





………どれほど天を見上げていたのか分からない

私は背後から迫りくる強大な死の気配に気づき振り返る


そこに1人の男の子がいた

私は初めて会うけれど、この人を知っている

黒志狂羅…ヘルウェルが愛した人…


言葉をかけようと、感謝を伝えようと口を開こうとしたが、私の体は身動き1つ出来なかった

ただ口を開く事すら出来なかった

僅かに動く瞳を自らの体へと移す


…震えていた

何故震えているのか…与えられた知識で答えを探す


答えは恐怖だった

彼の発する尋常ならざる殺気が私の体の自由を奪っていた

生まれて初めての恐怖…殺気…

私は何も出来なかった


「ヘルウェル………君も僕を残していったんだね…」


彼は空を見上げ、そう呟いた

感情の起伏がない淡々とした事実の確認作業…彼の今の状態はまるで機械の様だった

彼の瞳は真っ黒で、その瞳には何が見えているのだろうか…

ヘルウェルは私に言った

世界は素晴らしく、輝いていると…


だが、彼の瞳は絶望の色…

表情はなく…些細な感情の起伏もなく…


私は彼に恐怖以外に何も感じ取れなかった

彼の側で恐怖以外の何かを私は得ることは出来ない…そう思った


「眩しい…様々な感情が入り乱れているね。初めまして、僕は黒志狂羅。エミリアさんの妹で間違いないよね?」


周囲に無差別に放たれていた死の気配が収まり、彼が私を視界に捉える

死の気配は収まったと言うのに、私の体は未だ震え続けている


「話せないのかな?じゃあいいや。僕の後をついてきて」


話す事は出来る

でもそうさせないのは貴方でしょう…

ヘルウェルの記憶にある黒志狂羅と目の前の彼が、どうしても同一人物だとは思えない


だが、もしも…もしもヘルウェルが愛した、黒志狂羅だとするのであれば、いったい何が彼をそこまで変えてしまったと言うのだろうか?


彼が背中を見せ歩いて行く…

私の彼への恐怖が薄れ、ようやく動ける様になった体を必死に動かし彼の後を追った




「…これが世界なのですね」


今、私達は森の開けた空間にいた

夕日に照らされ少し赤みがかった森の木々達を見て、私は思わずそう呟いていた

多くの精霊とヘルウェルに与えられた知識の中で知る事は出来たが、自らの目で見て、知る…それがとても楽しかった


外の清んだ空気を肌で感じ、鳥や獣の鳴き声を耳で感じ…

そうした、ありふれたものが私には全て新鮮で初めての経験だった


「やっぱり話せたんだね」

「きゃっ!」


その時突然した声に驚いてしまう

先程まで遥か先を歩いていた筈の彼が、いつの間にか私の前に立っていた


「あっ、ごめんね」

「い、いえ…」

「改めて、黒志狂羅です。宜しくね」

「は、はい。ソフィア・アイリス・プリンセスです。遅くなりましたが、助けて頂きありがとうございました」

「気にしないで。ソフィアさんを助けたのはヘルウェルなんだから。それよりも体の調子はどう?疲れてない?」


またあの恐怖が私を襲うのかと思ったが、恐怖を感じる事はなかった

私を気遣う声音で話してくれ、ずっと私を見守っていてくれた

それでも彼の表情が変わる事はない

喜怒哀楽の全てを何処かとても深い場所に閉まっている様に感じる…


「は、はい。大丈夫です」

「そう、それは良かった。まだ日は出てる?」

「…?は、はい」

「そっか。日が沈むまでには町に行こうと思ってるんだ。もうちょっと歩くけど、大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ行こっか」

「はい」


彼は終始私の体調を気にしてくれた

これが本当の彼なのだろう

ヘルウェルの記憶にある優しい人…


先に進む彼の後を追い、先程とは違い側に立ってみる

彼は1度私を見ると、直ぐに前を向いた

沈黙が続き、堪えきれなくなった私は町で何をするのか聞いてみた


「特に何も目的はないよ」

「ないのですか?」

「うん。それよりも、お腹減ってない?」


私は言われて気づく

蘇生されてから1度も水や食べ物を口にしていないのに、体は問題ない

元々余り食べさせて貰えなかったので食は細いのだが、それでもこれだけ慣れない山道を歩けば空腹を感じてもおかしくない筈だ


「い、いえ。大丈夫の様です」

「…そう。君も……」


彼はそう呟くと、何も言わず歩き続ける

私は何を言おうとしたのか聞こうとしたのだが、彼の雰囲気がそうさせてはくれなかった


しばらくして彼は突然立ち止まり、私を見た


「ソフィアさんは何をしたい?」


突然言われた言葉に私は「えっ?」と聞き返してしまった


「ソフィアさんは自由になった。あの暗くて寒い部屋が全てだったソフィアさんは、外の世界に出て何を感じるの?何を望むの?」


あっ…この人は全て知っているのか…

でも、私は何も知らない

精霊達の知識はあっても、実際に私が体験したことではない

答えなど簡単に導く事は出来ない


「…分かりません」


私は正直に答える事にした

彼は私の言葉を聞き、立ち止まった

その何も映さない瞳が私を捉える


「そうだよね…何も知らないソフィアさんに答えを求めたのは間違ってた…。違うな…僕はいったい何を求めていたんだろうね。ねぇ、しばらく町で暮らそうか」

「えっ?は、はい。私は構いませんが」

「違うよ。ソフィアさんが決めるんだ。町で暮らすにしても目的も持たずにいては何もない。これはただの選択肢の提示だよ、ソフィアさん」


彼は選択肢の提示だと言った

でも、私には分からない

彼は私に何を求めているのだろうか…


その時、不意に私は気づいた

彼は私をおいて何処か別の場所に行くつもりではないかと


「きょ…狂羅様はどうなさるのですか?」


初めて彼の名を呼ぶ事に緊張したが、私は聞きたい事を聞けた


「僕は行かないといけない場所があるからね。一緒にいる事は出来ないんだ。でも安心して。お金も渡すし、護衛もちゃんとつけるから」

「やはり、そうなのですね…」


彼は何処か別の場所に行く

彼の雰囲気が私を連れていかないと、そう言っていた

私も行く…そう言わなければならないのに、私の口は言葉を発する事はなく、彼の態度も又、私にそうさせてはくれなかった


「まだまだ時間はあるんだからゆっくり考えれば良いよ。ソフィアさんがしたい事、叶えたい事…。さぁ、行こっか」

「…はい」


彼の背中を追いかけ私も歩く

ヘルウェルが私に望んだ事すら、今の私には叶える事が出来そうもなかった

ただ側にいる

たったそれだけの事だと私は思っていたのに、現実は違った


前を行く彼の背中は遠ざかるばかり

ほんの少し手を伸ばせば届く距離なのに、私には絶望的な程に遠い距離に感じる

私がどうしたいのか…

私の成さなければならない事は側にいる事

しかし、今はそれすらも見失い、私は私の中で迷子になる

出口のない迷路を、私はゴールすらも決めぬまま、たださ迷っていた




日が沈みきる前に目的の町に着いた

前方には木で作られた柵が見える


進んで行く彼を追い、私も町に入った

人が沢山いる

何処からか漂う食欲を刺激する匂いに、私はこれが町なのかと見回していた

悩んでいた事を片隅においやり、彼の後を追う


「旅人さん?」

「きゃっ!」


不意に話しかけられて思わず叫んでしまった

相手を確認すると、少年がいた

私が出した声に驚いたのか、少年も驚いた表情で私を見ていた


「ご、ごめんなさい!お姉ちゃんが旅人さんか気になっただけなんだ。驚かすつもりはなかったんだ」

「あっ、い、いえ…」

「それでお姉ちゃんは旅人さん?」

「えっと…」


私は軽いパニックになっていた

狂羅様以外と話す事がなかったので、突然の事に対応出来ずにいた

私はどうすれば良いのか分からず、狂羅様の姿を探す


「えっ…」

「お姉ちゃん?」


少年が私を呼んでいるが、それどころでは無かった

狂羅様の姿がなかった

もっと良く周囲を確認してみるが、何処を見渡しても狂羅様はいない


「狂羅様!」

「お姉ちゃん!?」


少年が何かを言っているが、分からない

私はどうすれば良いのか分からず、その場に座りこんでしまった

何も考える事が出来なかった

まだ時間はあると狂羅様は言っていた

その言葉に甘え、私は思考を停止していた

だから狂羅様は何処かに行かれたのだろうか…


「ヤンフ!あなた何してるの!」

「ち、違うんだ!このお姉ちゃんが突然泣き出したんだ!」


視界が霞む

私はどうやら泣いている様だった

初めての事にますますパニックが増していく

見捨てられたのだろうか…

何も出来ず、ヘルウェルの願いも叶える事が出来ずに狂羅様と離れてしまった


猛烈に襲い来る不安や恐怖に完全に思考が停止しかけたその時、不意に私の涙が拭われた

見上げれば私を心配そうに見つめる女性がいた

その後ろには先程の少年がいる


「大丈夫ですか?」

「…狂羅様がいないんです」

「…はぐれてしまったんですか?」


私は彼女の言葉に何と言えば良いのか分からなかった

置いていかれた…見捨てられたとそう口に出してしまえば、私は立ち上がる事が出来そうになかったから


「きっと大丈夫です。狭い村ですから直ぐに見つかりますよ」

「本当に…本当に見つかるのですか?」

「えっと…きっと見つかると思います。この村にいるのならですけど…」


狂羅様はこの村にまだいるのだろうか…

私にはそう思えない


「特徴とかありますか?」

「黒い…黒い人」

「く、黒い人?えっと他には?」

「感情のない人…」

「えぇ…えっと他には?」

「分からないの…。私はあの人の事を何も知らない…」

「まぁ大丈夫だと思います。外から来た人なんて珍しいので直ぐに見つかりますよ。ヤンフ、皆に聞いて来てくれる?お姉ちゃんはこの人を家に連れていくから」

「分かった」


少年が走り去って行くのを見届け、彼女は私の手を引いて歩き出す


「私の名前はユリアって言います。取り敢えず私の家で待ちましょう。こっちですよ」


私は言われるがままについていった

狂羅様がいなくなってしまった今、私は何をすれば良いのか分からないのだから


ユリアさんの家は小さい一軒家だった

そこに両親と弟の4人暮らしだそうだ

家に帰った娘を迎えたのは母親だった


「お帰りなさい。あら、どうしたの?」


ユリアさんが母親に私の事を説明する


「そう…。何もないところだけどゆっくりしていってね」

「…はい」


家の中に案内され、テーブルを囲むように配置された椅子に座る

隣にユリアが座り、ユリアの母親カリーヌさんは夕食の準備に戻った


「それで、お名前は何て言うんですか?」

「ソフィア・アイリス・プリンセスです」

「き、貴族様!?」

「いえ、違うと思います。私も私自身の事を詳しくは知ってはいないので、余り強くは言えないのですが」

「そ、そっかぁ~、良かった。それでどうしてこんな村に来たんですか?」


知識では私は王族と呼ばれる

ユリアさんが驚いたので慌てて貴族ではないと訂正すると、ユリアさんは胸を撫で下ろした


「狂羅様がこの村に立ち寄ったのです」

「狂羅様って探している人ですよね?」

「はい」

「どんな人なんですか?」

「私は狂羅様の事を余り知らないのです。私の恩人で、命を助けて頂いた方の愛した人…。それだけは分かっています」


ふとユリアさんを見上げると、キラキラ、そう言った例えが完璧に合う瞳で私を見ていた


「その人の事好きなんですか!?」

「い、いえ。私ではなく、私の命を助けて頂いた方が愛していた方です」

「えっと…その恩人の人は…」

「その方は私の命を救い、そしてこの世を去りました。交わした言葉もほんの少し…。何も知らない私に知識を与え、話すことも出来ない私に言葉を与え、死んだ私に生を与えてくれた。その恩人の愛した方が狂羅様です。狂羅様も又、私を救ってくれました」

「死んだ?」

「はい。私は1度死んでいます」

「それって…」


ユリアさんは何かを言いかけたが、それを発する事はなかった

その時、玄関が開かれてヤンフ君が帰ってきた


「ヤンフお帰りなさい。それでどうだった?」

「それがさ、お姉ちゃん、誰も見ていないんだって。クリスさんにも聞いてみたけど、このお姉ちゃんは1人だったらしいよ?」

「そんな筈はありません!私は狂羅様と共に町に入り、しばらく一緒に歩いていました」

「で、でも、クリスさんはずっと門の所にいてお姉ちゃんが1人で入る所を見てたって言ってたんだ」

「そんな…」


黙りこんだ私を心配して2人は戸惑っていた

きっと嘘ではないのだろう

でも、私だって嘘はついていない


それを感じ取った2人が首をかしげた


「何故…狂羅様は確かに私の前を歩いていました。ですが他の方には姿が見えていない…。狂羅様が認識を阻害していた…?ですが、例えそうだとしても何故その様な事を…」


私は考えた

ヘルウェルの記憶には狂羅様の魔法の情報も少しはある

その中には認識阻害の魔法もあった


「あの~ソフィアさん?」

「…すいません。どうかしましたか?」

「えっと…これからどうなさるんですか?」


ユリアさんの言葉に私は衝撃を受けた

理由は簡単

私は狂羅様の側にいる事が私のすべき事だと思っていた

確かに言われれば私には何も目的がなかった


狂羅様に言われていた筈なのに、私が考える事を止めていた

私は何をすれば良いのだろうか?

叶えたい事…分からない

やってみたい事…そんなものは無い

どの様に生きれば良いのかそれすらも分からない


「…分からないんです。私に道を示してくれる方は、私を置いていってしまった…。これからどの様に行動し、生きていけば良いのか…私には分からないんです」

「それなら暫く私達と一緒に暮らしませんか?」

「暮らす?私がユリアさんとでしょうか?」

「はい!私とヤンフ、お父さんとお母さんと一緒にです!」

「ですが、私は皆さんに迷惑をかけてしまいます。お金も少しも持ち合わせていませんので…」

「ちょっと待ってて下さいね?」


ユリアさんはそう言って部屋から出ていった

残された私にヤンフ君がお茶を出してくれた

礼を言った後、一口飲むと少し落ち着けた気がする


暫く待っていると、カリーヌさんを連れて戻ってきた

私の対面にカリーヌさんが座り私を見た


「家の娘から事情は聞いたけど、あたしは貴女から話を聞きたいの。貴女が今感じている事を話してくれるかしら?」

「私が…今感じている事………分からないんです。ただ、もう一度狂羅様に会いたいです。狂羅様の側にいる事が私のすべき事だと思うのです…」

「それは貴女自身が決めた事なの?それとも誰かに言われてそう思っているの?」

「私の恩人がそう最後に願ったからです。私はその方の願いを叶えなければならないのです」


カリーヌさんは静かに私の言葉を聞いた後、「そう…」と呟いた


「あたしの率直な意見を言わせて貰うわ。あたしは貴女の過去を知らないし、貴女にとって恩人の方がどれ程大切な方だったのかは知らない。それでもこれだけは言えるわ。道は自分自身が決める事よ。第3者の言葉も、大切な人の言葉も与える影響は大きいわ。何をすれば良いのか、何が出来るのか、何の為に生きるのか…。

悩む事で道が消えてしまうかもしれない。悩む事で立ち止まってしまうかもしれない。悩む事で大切な物を見失ってしまうかもしれない。

それでも悩み、考えるの。

誰かがこう言っていたから、誰かがこうしていたから。

そんなものに身を委ねて悩む事、考える事を止めちゃ駄目なの。

考えて…考えて…、そうして自分自身の道を探すの。

誰かに頼った生き方はいずれ終わりが来る。

だから悩めば良いの…考えれば良いの。

貴女は今考える事も悩む事も止めてしまってるわ。

貴女の恩人の言葉に頼り、貴女自身が歩みを止めてしまっては何も始まらないの。

今は道が見つからなくても良い。でも、ちゃんと悩んで、考えて答えを出して欲しいの。

そう、あたしに約束してくれないかしら?」


真剣な言葉は私の胸に響く

私はヘルウェルを言い訳に考える事を止めてしまっていた

ヘルウェルが言っていたから私はそうすべきだと思っていた

でも、それは駄目だと言う

では私は何を目的として生きれば良いのか…

それを考えろと彼女は言う…


「私は…私はどうすれば宜しいのでしょうか…。貴女は私に考えろと言います。ですが、私は何を考えれば良いのかすら分かりません。悩む…考える…私には分かりません…」

「そう…。行く宛がないのなら、暫く家にいるといいわ。考え方が分からない、何に悩んでいるかも分からない、分からない分からないばかりじゃ何も始まらないわ。貴女は少し時間が必要だと感じるわ。だから頭の片隅にはちゃんと覚えておいて、ゆっくり考えて答えを出したらいいわ」

「…はい」

「あたしはカリーヌよ。これから何か分からない事があったら聞きなさい。助言はいくらでもするわ」

「…はい。お世話になります」


カリーヌさんは晩御飯の用意があるからと部屋を出て行った

残された私はカリーヌさんの言葉を何度も呟いてみる

だが、私にはやっぱり分からなかった


「ソフィアさん、お母さんもゆっくりで良いって言ってたんだから、余り難しく考えちゃ駄目ですよ」

「…はい」

「それより、お風呂に入りませんか?さっきお風呂を沸かしてきましたので沸いてる筈です」

「お風呂…申し訳ありませんが、私はお風呂に入った事がありません」

「えっ!?そうなんですか!?」

「はい。狂羅様に助けて頂くまで私は同じ場所に鎖で繋がれ、歩く事すら出来ませんでしたので」


ユリアさんもヤンフ君も何も言葉を発する事は出来なかった

ただ、私の境遇を不備に思い言葉をなくす


でも2人は間違っている

私を不備に思うことは間違いだ

何故なら私は何も知らないし、分からなかったのだから

あの時の私は、何も感じていない

あの時の私は、何も知らない

何も感じる事はなく、知識もない私にはあれが普通で、世界の全てだったのだから


私はこれから生きていく

今までの事を忘れる事はない

助けてくれた恩人が私にはいる

私に本当の世界を見せてくれた人達がいる


彼達は私に世界を見ろと言った

本当の世界を見て目的を見つけろと…


だから私は見つけなければならない

狂羅様が何故私を置いていったのか…それは分からない

私は見捨てられたのかも知れない…

不安が募るが、私はそれでも前を向かなければならない


目的を見つけ、夢を見つけ…そして生きる希望となる

きっとそうして過ごしたその先に答えがあるのだろう


始めてばかりのこの世界…

私はこの色鮮やかな世界を生きていくのだ


悩み考える事はまだ出来そうにないけれど、私は始めてばかりのこの世界を生きていこう

そしてもう一度、必ず狂羅様に会うのだ


………目的はあったらしい

先ずは狂羅様にもう一度会う…それが目的だ

会って話をしたい

もっと狂羅様の事を知りたい


その為には世界で生きる術を身につけよう

知らない事を沢山経験して、狂羅様と会う


だから先ずはお風呂の入り方を教えて貰おう

暫くはユリアさん達を見て生きる術を身につける


もう暫く待っていて下さいますか狂羅様?

私は狂羅様のお力になれるよう精進します

そしてもう一度再会した時に、私を連れていって下さいますか?


「ソフィアさん?」

「いえ、何でもありません。宜しければ私にお風呂の入り方を教えて下さいますか?」

「あっ、はい!じゃあ一緒に入りましょうか」

「はい、お願い致します」


私は笑顔を見せたユリアさんの後を追う

さぁ、明日から頑張ろう


狂羅様…いつか必ず…






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