過去・7*失う者、託す者
「姉の名はエミリアと言っていた」
出て欲しくなかった名前…
でも精霊王の少女の言葉は本当だと感じる
後ろの少女の顔がエミリアさんに似ているから
少女は死んでいる…つまりエミリアさんの妹はもうこの世に生きていない…
「どう…して…」
「この国の王の命令だとそやつらは言っていた」
精霊王の少女は僕の後ろにある氷像とかした人間を見る
「もう助からないの?エミリアさんは妹さんの為だけに命を懸けている。嫌な事もただ妹さんを思ってやってたんだ」
「方法はある。古の魔法の1つ『魂環魔法』と呼ばれる魔法だが、我が貴様にそれを教える事はない」
「なんで教えてくれないの?」
「教える事は出来ない」
『魂環魔法』なら助ける事が出来ると言うのに、精霊王の少女は内容を話してくれそうにない
(ヘルウェル聞こえる?)
(はいお兄様。ご無事ですか!?)
(うん、無事だよ)
僕は闇を使いヘルウェルと連絡をとる
同じ精霊王であるヘルウェルなら知っているかも知れないから
(聞きたい事があるんだ。ヘルウェルは『魂環魔法』って知ってる?)
(………知っています。お兄様は内容をご存知なのですか?)
(そう、良かった。僕は知らないから教えて欲しいんだ。エミリアさんの妹さんを助けるにはそれしか方法がないんだ)
(………100の魂とその者の魂とを混ぜ合わせ1つの新たな命を創る魔法。超高難度の魔法操作能力と集中力、素材となる魂が清い事、魂がその場に留まっている事が最低条件とされる禁忌と呼ばれた魔法です)
(ヘルウェルは『魂環魔法』を使う事は出来る?)
(…はい)
(今からエミリアさんの妹をそっちに転送する。準備をしていて欲しい)
(………分かりました。こちらは大丈夫です。私が必ず成功させますので、お兄様は成すべき事を…)
(ありがとう)
僕はヘルウェルに酷いお願いをしてしまった
きっとヘルウェルは僕の願いを叶えると思う
だから僕はこの時気づかなかった
ヘルウェルの言葉に悲しさの感情があることを
「僕は妹さんを助けないといけない」
「何をするつもりだ?」
「妹さんの遺体はちゃんと別の安全な場所で保管する。例え死んでいたとしても、これ以上彼女をここにいさせたくない。エミリアさんが待ってるから」
「そうか。だがここでは人間は魔法が使えない。その様な部屋となっている」
「そうだね。『暗転』」
何の抵抗も感じる事なく魔法が発動する
僕は妹さんをヘルウェルの元に送った
驚いている精霊王の少女
「僕は色々交じってるからね。100%異物で出来てる僕は人間じゃないからね」
「………そうか」
「君はどうするの?僕はもう行かなくちゃならない」
「我はこの部屋から出ることは出来ぬ。この国は我を縛り付け、自由を奪う」
「そう…君もなんだね。どうやったら動ける様になるの?」
「術者を殺す事で解除される。だが奴には勝てぬ」
「…国王だね?」
「あぁ。奴は人間の皮を被った化け物だ。我の魔法が1つも通用しなかった。故に我は諦めた。貴様も馬鹿な気を起こさぬようにせよ」
「国王は殺す。僕はもう立ち止まる事は出来ない。待ってて。きっと君も助けてみせるから」
「止めておけ。貴様も死ぬぞ」
「じゃあ僕は行くよ」
「待て!」
精霊王の少女の声を無視して僕は歩き出す
そう、立ち止まる訳にはいかない…いや、立ち止まる事は許されない
精霊王の少女は僕に何度も止める様に言う
だが僕は最後まで無視して階段を登っていく
(さぁ行こう。まずは右だよ)
(あぁ。エミリアの居場所が分かったのか?)
(エミリアさんの反応が2つあるんだ)
(なに?)
(強い反応が1つと弱い反応が1つ。強い方がエミリアさんだと思うんだけど…確認したい)
(分かった)
(もう隠れるのはやめにしよう。エミリアさんの妹さんを助けた今、急いでエミリアさんを助けた方が良い様に感じる)
(会った奴等はどうする?)
(殺して)
(分かった)
階段を登って直ぐに右に行く
奥に2人…首をへし折る
更に奥、角を左に曲がる…次は右
曲がった先にこちらを見て驚いている人間が3人
魔力は余り使いたくない
一瞬で3人の首をへし折る
更に進んだ所にエミリアさんの小さい反応
扉をあけるが部屋の中には誰もいない
(本当にここなのか?)
(うん…あの机の上にある箱からエミリアさんの反応がする…)
(あけるか?)
(………うん)
僕は箱をゆっくりと開く
開かれた箱の中には1冊のノートがあった
(ノート?)
(その様だな。読むか?)
(うん)
ノートを手に取り開く
だが、何も書かれていない真っ白なページが続いていく
(どうゆう事だ?)
(分からない…けど、エミリアさんの物だと思う)
(だが何も書かれて…いや…これは)
最後のページ
そこには文字が書かれていた
※
ねぇ狂羅君。
私は狂羅君に出会えて良かったと思ってるわ。
狂羅君は私の事を…この世界を憎んでいると思う。
それでも私は狂羅君に出会えて良かったわ。
狂羅君に希望を見出だしたとき、私は本当に嬉しかった。
数多くの罪のない子達を犠牲にして私は生きてきた。
何年も…毎日の様に続くあの子達の悲鳴と、私の中の罪悪感で気が狂いそうな日々だった。
そんな日々に狂羅君が私の前に来てくれた。
数多くの研究員と数多くの召喚された子達の中で私と狂羅君が出会えた事は運命だと思うの。
ごめんなさい、私の事ばっかりね。
狂羅君に伝えないといけない事があるわ。
私はもうすぐ私じゃなくなっちゃう。
突然言われても分からないわよね?
伝えたい事が多くて何から書けば良いのか分からないけど、重要な事だけ伝える事にするわ。
まず、国王に皆の情報が全て漏れてたわ。
私達の計画も、皆の実験結果も全てよ。
もう1つ…国王を殺す事は出来ないわ。
以前"バトルサーチ"で出た数値は全く意味をなさないの。
国王は"バトルサーチ"で現れる数値を自在に変える事が出来るの。
私の推測だと国王は、低く見積もっても10倍の数値が出ると思うわ。
皆には戦わずに逃げて欲しいの。
引き出しの中に爆弾を解除する魔道具を入れてるわ。
それで皆は自由に生きて欲しい。
皆と出会えて良かったわ。
皆の事が大好きよ。
皆が生きて来た世界ではないけれど、皆が笑顔でこれから生きてくれる事を願ってるわ。
勝手な事とは分かってるけど、妹の事を宜しくね。
エミリア・アイリス・レビィアム
※
僕達に向けた短い言葉…
それはまるで今生の別れの様…そう、遺言みたい…
「エミリアさん!」
(おい、待て!落ち着け!)
「エミリアさんに何かあったんだ!」
(落ち着けっ!)
僕はもう1人の僕の声を無視し、体の制御を全て僕にする
目指すのはもう1つのエミリアさんの反応の元
だが、僕は気づいていた
エミリアさんの反応の直ぐ側に国王だと思われるとてつもない魔力を持った存在がいる事を
走り抜けた先に大きな扉…
この奥に奴はいる
僕は扉を開けた
視線の先…王座に深く座る男がいる
あの日から1度たりとも忘れた事はないその顔…
「良い顔になったものだな。黒志狂羅と言ったか?」
「どうしてお前は僕達を召喚したんだ?」
「…まぁ良い。我は今機嫌が良いからな。貴様の問いにも答えてやろう。答えは娯楽じゃ」
「娯楽…娯楽だと?ふざけるな!」
「そう喚くでない。弱者が強者に淘汰される。これは自然の摂理だ。我は強者、召喚に抗えなかった貴様は弱者。それ以外の理由があるとでも思ったか?」
僕は言葉を発する事が出来なかった
僕達が人生を狂わされたと言うのに…それをまるで蟻でも踏み潰すかの様な物言い…
僕を怒りよりも恐怖が襲ってきていた
奴《国王》の目に映る僕達は物でもなく、勿論命ある者だと思われてもいない
そんな奴の瞳に僕は無意識の内に1歩後ずさっていた
「貴様は道にある石を気にした事があるか?」
奴が王座から立ち上がり歩いてくる
僕はまるで蛇に睨まれた蛙の様に動く事が出来なかった
「ないだろう?我にとって貴様等は石程の価値も感じぬ。ただ草を踏み潰すかの様に、石を蹴飛ばすかの様に、我が好きなようにする」
動けっ!動けっ!
どれ程体に命令しても体は言うことを聞かない
「いや、貴様等にも価値があったな。何だと思う?」
奴がにやにやしながら近づいて来る
既に最初の半分を歩いてきている奴の表情はとても楽しそうで…
「その恐怖に支配された表情がとても良い。絶望に彩られた表情は素晴らしい。貴様等の表情にだけは価値があると誉めてやろう」
その瞬間、僕は吹き飛んでいた
視界に捉えることが出来ない程の速度で攻撃された
痛みがない事は救いだ
もう体の硬直は解けた
直ぐに起き上がり構える
「ほぅ、中々鍛えているではないか。念のため聞いておくが、我を殺しに来た事に間違いないな?」
「お前だけは絶対に殺す!」
僕は影縫いを使い自らも奴に向かっていく
僕に注意を惹き付け影縫いで奴の背後から刺す
だが僕はそれを直ぐ様中断し、横に避ける
僕がいた場所を何かが通りすぎた
「ほぅ、避ける程度の力はあるみたいだな」
レーザーみたいなものだ
一瞬で通りすぎたそれは後ろの壁を容易く貫通する威力を持ち、一瞬でも避けるのが遅れれば僕は貫かれていた
高密度の光…それが奴の魔法の様だ
「深淵魔法『獄門』『闇の世界』」
「ほぅ」
国王は余裕の表情で全てを見ていた
闇は部屋を覆い尽くし光を消す
この中で相手を確認できるのは僕だけだ
「『地獄の怨恨』『暗黒装』」
獄門から這い上がる死者の怨恨は国王を襲い続けているが当たった気配はない
闇を僕に集めて暗黒装を作りあげる
憑依が出来ないので効力は下がるが、大丈夫な筈だ
「知ってる。この程度では死なない事くらい。だから僕は躊躇しないよ『忍び寄る死神の鎌』」
更にこの闇の世界の中では絶対的な優位にたつ魔法を唱える
闇があれば形作る事が可能な死神の鎌
闇の世界では全ての空間が闇に満たされている
だから避ける事など出来ない筈だった…
「成る程…。確かに良い魔法ではあるが、その程度では我に傷1つ負わすことも出来ぬな」
「そんな…あり得ない…」
国王が全て避けたのならばまだ分かる
国王が全て魔法で相殺したのならばまだ分かる…
だが…身動き1つせず、ただ立っているだけの国王に傷1つつけることが出来ないなんて…
怨恨で腐蝕するでもなく、死神の鎌ですら皮膚を切り裂く事が出来ないなんて…
「…いいや、そんな事予想していた!『災禍の魔弾』」
知っていた
国王は正真正銘の化け物だ
元より簡単に死んでくれるとは思ってもいない
だから…
僕の目の前で空間が歪む程の闇が一点に集まる
僕の今の最高火力の魔法の1つ
魔力を継ぎ足し、闇を呑み込み、全てを圧縮された災禍の魔弾に国王の視線も動いた
「死ねっ!!」
僕は叫ぶのと同時に国王へと放った
「『メギド』」
そう国王が言葉を発した瞬間に眩い閃光が闇の中を駆ける
それは僕の災禍の魔弾を打ち落とそうと放たれた魔法
でも…
「『常闇の顕現』分かってたよ。絶対に僕の魔法を狙ってくるって」
「ほぅ」
国王の一瞬先に唱えた魔法
国王の放った魔法は災禍の魔弾と接触する寸前で消え、国王を背後から襲った
激しい爆発と共に吹き飛ばされた国王に災禍の魔弾が着弾する
災禍の魔弾は状態異常を撒き散らす魔法
鋼鉄をも溶かす強力な酸が、脳への直接的な痛みを与える神経毒が、地獄の怨恨と同じ触れた箇所から腐らせ、幻惑の毒が、神経を停止させる毒が…
あらゆる効果を及ぼす魔法…
本来人に使うものではないのだが、これを実際に受けた人がいる
「はぁ…はぁ…」
魔力を大量に使った為、息が乱れる
あの爆発で無傷とは思いたくない
自らの魔法に撃たれ、僕の最高火力の魔法も当たった
でも、奴から感じる魔力は一片の揺るぎもせず、いや…逆に膨れ上がっている
「ふふっ、ふはははっ………」
笑い声が響く
次の瞬間、闇が一斉に打ち消された
何をされたのかも分からない
あまりにも一瞬の出来事…理解の出来ない現象に脳が働く事を拒否している
光が戻った世界に奴は無傷で佇んでいた
服はボロボロ…だが、肉体は傷1つない
「まさかこれ程とは思わなかったぞ」
「どうやって…」
思わず漏れでた言葉…
確実に当たっていた
絶対に当たってたんだ!
その時、右足に激痛がはしる
「あぁぁぁぁ!!」
何が起こったのか確認しようとした瞬間に更なる激痛が僕を襲う
次は左足に激痛が…
痛みを感じなくなった筈なのに…
見えた両足には丸い穴が出来ている
分かってる
こんな事をする奴は1人しかいない
なんとか倒れこむのを踏ん張り、国王を見る
国王は僕に指を向けたまま笑っていた
「通用するとでも思っていたか?」
その顔にはいやらしい笑みを浮かべ…
「強くなって我を殺せるとでも思っていたか?」
「あぁぁぁぁ!!」
更に僕の足を撃ち抜き…
「そう言えば貴様に仲間がいたな?」
聞きたくなかった言葉を吐きながら…
「相倉紅條」
止めてくれとどんなに叫んでも…
「七宮舞」
どれだけ泣き叫ぼうとも…
「伊波知輪」
どれだけ視線を逸らそうとも…
「高嶺凛」
この世界は嘲笑うかの様に現実を見せつける
目の前に置かれる4つの動かないそれは確かに僕の知るもので…
嘘だと…違うと…
そう思いたくても…今まで共に過ごして来た時間が…笑いあった時間が…
「紅條…」
誰よりも優しく、男らしく…
いつも馬鹿な事を言って皆を笑わせてくれたその笑顔も…
「七宮さん…」
一番年上だからと、誰よりも前で危険な事を引き受け…
本当の姉の様な愛情を与えてくれた人の笑顔も…
「伊波さん…」
僕に皆と出会うきっかけを作ってくれた…
時々天然な発言で皆を癒してくれた人の笑顔も…
「高嶺さん…」
最年少で怖い事ばかりだろうに…
その小さい体で困難に立ち向かおうと、皆に勇気を与えてくれた人の笑顔も…
「ねぇ…お願いだから返事をしてよ…」
体の至るところを穿たれ血濡れでいる4人から帰ってくる言葉はない…
「お願いだから…」
分かってる…心臓を撃ち抜かれて生きている事がないことくらい
それでも…声をかける事しか出来ないから…
その上下のない胸が…
穴だらけの体が…
「おっと、我とした事が忘れておったわ」
憎らしい笑みを浮かべ、憎らしい声音を響かせ、ゆっくりと僕の髪を掴み引きずっていく
抵抗する力もなく、抵抗する意思も既になく…
だが、奥の扉の先から感じる魔力に強烈な嫌な予感がする
体が近づく事を拒否する様に重くなっていく
「我が直々に扉を開けてやろう」
「や……めっ……」
「なに、遠慮するでない。貴様も会いたい筈だ」
僕の制止の声など無かったかの様に…無情にも扉は開かれる
まず襲ってきたのは鼻が曲がる様な腐敗臭…
見えた物は夥しい程の人の顔…
感じたものはとてつもない嫌悪感と嘔吐感
でも…僕は目を逸らす事は出来なかった
それから感じる魔力がエミリアさんのものだと分かってしまったから…
体長は5メートル程の大きさ
体を構築する無数の人の顔顔顔…
更にそれから伸びる人間の腕が適当に繋げられた様なもの…
そして…
中央にある顔に見覚えがあった…
いや…本当は一目で…扉が開いた瞬間に目に飛び込んできた
「エミリアさん………」
あぁ、それが…
人間ではない人間で構築されたその異形な塊こそがエミリアさんだった
「ウボッ!プスッ!ブブッ!アブッ!」
言葉ではない音が響く…
それは叫びなのだろうか…怒りの声を出しているのだろうか?
それは悲鳴なのだろうか…自らの姿を知って出てきた声なのだろうか?
それは後悔なのだろうか…この国にいた事、それが罪だったのだろうか?
音が響く度に全ての人間の顔からどす黒い液体が流れ出る
「………んで!?どうしてこんな事が出来るんだ!この人達がいったい何したって言うんだよ!」
「どうして…何故…。そんなものに答える必要は感じないな」
「この人達だって必死に生きてた!エミリアさんだって必死に生きてた!」
「我だって必死に生きておる」
「お前と一緒にするな!エミリアさんがお前と一緒な訳ない!この世界に住む人達も!僕や紅條や七宮さんや伊波さんや高嶺さんも!お前が勝手に決めて良い命なんてこの世に存在しないんだ!皆必死に生きているんだ!どうしてお前なんかに……」
僕の中で大切な物が音を立てて崩れ去った
どうしようもない程の無力な自分に苛立ち…
人の命を路傍の石ころの様に踏みにじる国王を恨み…憎み…
「大義の前ではこやつらの命等無意味」
これ以上言葉を発する気力はなく、ただ虚ろな瞳をエミリアさんに向ける
「この世は腐ってる………」
あぁそうだとも
この世は腐ってる
なんと救いの無い世の中なのだろう………
『世界の停止』
音無き言葉が響いた気がした
その瞬間世界の時が止まる
国王の口が開いたまま止まっている
何が起こったのか…
理解できずとも、僕はずっと見ていたから分かる
「エミリアさん…」
今まで人の言葉ではないものを発していた口が動いていたのを見ていた
『えぇ。久しぶりね狂羅君。色々と話したい事があるのだけれど、今は時間がないの。だから私の話を聞いてくれるかしら?』
「うん」
『ありがとう』
頭に直接響くエミリアさんの声
僕が頷くとエミリアさんが微笑んだ気がした
『………狂羅君、私の妹はどうなったかしら?』
その不安が滲み出る様な声音に、僕は息を詰まらせた
でも、ヘルウェルが大丈夫だと言っていた
だから僕は嘘をつく
「大丈夫だよ。ちゃんと安全な場所に逃げてもらってる」
『そう!良かったわ…本当に良かった…。狂羅君、ありがとう』
「大丈夫だよ。約束だったしね」
本当に嬉しそうなエミリアさんに、状況も忘れて笑顔が浮かんだ
「だから大丈夫。直ぐに国王も『狂羅君』…どうしたの?」
『狂羅君、もう大丈夫よ。貴方はもう私の願いを叶えなくても大丈夫よ』
「え?何言ってるの?」
『もう国王を殺さなくても良いの。狂羅君は好きに生きて頂戴。と言ってもこの世界でだけどね』
「ちょ、ちょっと待ってよ!国王を殺さないと他にもたくさんの人間が死ぬ!!これからもたくさんの人達が死ぬんだよ!!色んな実験されるんだよ!!」
『えぇ………それでもよ。それでも私は狂羅君には出来ればソフィアの側で幸せに生きて欲しいの』
「何言ってるの!?今はそんな事関係ないでしょ!?」
『いいえ、私には狂羅君とソフィア以外に興味はないのよ。他の子達はもう生きていないから』
「っ………じゃあ誰が国王を殺すの!?僕じゃない誰かがやってくれるの!?違うでしょ!そうじゃないでしょ!僕がやらないと駄目なんだ!紅條も七宮さんも、伊波さんも高嶺さんも………僕がやらないと…」
僕はエミリアさんの言葉に行き場のない憤りを感じた
何故その様な事を言うのか、何故今になって言うのか………
『狂羅君…私の妹をお願いね?』
「………」
『あの子言葉もろくに知らないと思うの。外の世界を1度も見たことないの』
「………駄目だよ………やっぱり僕は…」
『狂羅君…もう時間がないわ。後少ししか時間を止める事は出来ないわ。お願い、ソフィアの元に行って頂戴』
「エミリアさんは?」
『私がこの場から1歩でも動けば魔法は解けてしまうのよ。だから私は行けないわ』
「そんな…」
『狂羅君、今まで本当にありがとう。ソフィアを助けてくれてありがとう。だから早く逃げて!もう本当に時間がないわ!』
「い、嫌だっ!皆いなくなった!エミリアさんと一緒に逃げるんだ!」
『………私は一緒に行けないけれど…狂羅君にはソフィアがいるわ。お願い…!最後のお願いだから!』
(何時まで駄々をこねるつもりだ!お前も分かってるんだろ!エミリアの命を無駄にするつもりか!)
「煩いっ!煩い煩い煩い!お前に何が分かるんだよっ!」
(分かるさ。俺はお前だからな。辛いのは分かってる。だが、今この場に留まる事が全てを無駄にする事くらいお前にも分かってる筈だ!今まで俺達の為に死んでいった人達はどうなる!そんなにも軽いものか!?違うだろ!エミリアの覚悟はどうなる!エミリアが命を代償にしてまでお前を助けようとしているんだぞ!紅條達の想いはどうなる!皆お前を信じてたんだぞ!
今の俺達では奴には勝てない。それが現実だろ!
この場に残れば全て無駄になってしまうんだぞ!)
「………。」
『狂羅君、ソフィアに優しくしてあげてくれる?私はあの子に何も出来なかったから…』
「そんな事ない!エミリアさんは妹の為に嫌な事でもして…」
『ふふっ、ありがとう。だから狂羅君に託すわ』
「託さないでよ…どうして僕だけ………」
『狂羅君行って。もう時間がないわ』
「………。」
(おいっ!)
「………分かってる!………エミリアさん、僕…エミリアさんと会えて良かった!ずっと言えなかったけど、今まで僕達の為にいっぱいいっぱいありがとう!」
『…えぇ』
「だから僕…行くよ」
『…えぇ。ありがとう』
僕は全ての力を歩く為だけに振り絞る
大切な人達を残して僕は歩き出す
大好きだった人達だ…
この世界で何よりも大切な人達だった…
もうこの場を去ってしまうと会えない事も、これが本当に最後なのも全て分かってる…
それでも今、僕は大切な人達の骸の上を歩かなければならない
大切な人達が命を懸けて造り上げた道が、例えどれ程絶望に彩られていようが、例えどれ程悲しみに彩られていようが、例え…その先に何もなくても僕は立ち止まる事は許されない
振り返る事はしない…否、してはならない
後悔も憂いもしてはならない
大切な人達への感情を全て捨て去さらなければ、僕はもう立ち上がる事すら出来なかった
静寂に包まれた城の中を歩き続ける
城を抜け、町を歩く
動く者は誰もいない
人1人いない道を歩き続ける
もう誰もいないこの道を…この左右で変わって見えるこの景色も…全てが憎かった
空を赤く染める日の光さえ憎い
もうこの景色は見たくない
もう偽りの光の世界を見ない様に瞳を闇でコーティングしていく
何も見えず、その真っ黒の世界は僕の心をうつしている様に思える
暗い…暗い…闇の世界
僕はふらふらとさ迷いながら歩いていった
*****
時が止まった世界の中、1人歩くその青年の背中を見送る
彼は1度も振り返る事はなかった
声には悲しさが含まれていたが、終始彼の瞳は何も映してなどいなかった
私は押し寄せる罪悪感に、今更ながら押し潰されそうになる
『ごめんね…狂羅君』
彼が部屋を出る瞬間に喉から飛び出した言葉は彼に聞こえる事はない
ただの私の独り言
私は自らの醜い体を見る
元は人間だった者達の顔で造られた体…
それが泣いていた
涙を流し泣いていた
私は泣いていたのか…
なんと自分勝手なのだろう
私は死ぬ覚悟は出来ていた
死ぬ寸前で後悔しているのか?
違う…私は彼を残して死ぬ事に涙を流しているのだ
彼に全て押し付けた…
優しい瞳の彼は既にいない
私が彼から全て奪ってしまった
彼の人生も、価値観も、感情も…
恨まれて当然だ
憎まれて当然だ
だと言うのに、彼は私にそんな感情ではなく、私を慕ってくれた
そう…私は彼に甘えていたのだ
人に憎しみや恨みの籠った目で見られるのは、正直辛かった
その様な感情を向けられるのは当然だと分かっていても辛かった
だから私は彼の私を慕うその態度に…彼の優しい眼差しに甘えてしまった
私が決めた戦いに、彼を、彼等を巻き込み………そして私が先に逝く…
全て押し付け先に逝く…
なんと自分勝手な事か…
私には彼を救う事はもう出来ない
私の命はもう尽きてしまうから…
だから私は他の人に託す
とても自分勝手な私の最後の我が儘…
私が死んだ後に彼を救ってくれる様に世界に頼もう
いいえ…違うわね…
世界は自ら変わる事はしないから…助けてくれる事もないから…だから私が世界を少しだけ変えよう
彼を救う事の出来る世界に、世界を誘導しよう
だから私は醜い手で1冊のノートに魔法をかける
『さようなら狂羅君』
最後の魔法を託し、私は薄れ行く意識に身を任せ、静かにその生涯は幕を閉じた




