1章 4話
私たちの城である部室は、クラブ棟の最上階の一番奥、誰も来ないような寂れたゾーンに位置する。
しかも、エレベーターなどここには存在しない。よって必然的に、延々と階段を登るしかないのだ。
夕と二人、息を切らしながら、薄暗い階段を昇る。
しばし歩くと、目的のドアの前に辿り着いた。建物は新しいはずなのに薄汚れたドアの上には、文芸部、と書いてあるプレートが出ている。
「部長、こんにちは。小塚と相田です。」
私は声をかけると、古くて建て付けの悪い引き戸を開けて、部室に入る。
室内には、がっしりとした体格の良い体と穏やかな顔のミスマッチした男性と、眼鏡をかけた腰ほどまである長い黒髪の真面目そうな女性、それから、とても優しそうな茶髪がかった髪の、眼鏡をかけた優男が思い思いに座っていたが、一斉に振り返る。
がっしりとしている方の男性は、私たちと同じく2年生の、津宮 都馬。工学部生で、文芸サークルとテニスサークルを掛け持ちしており、最近はこちらに顔を出さない。文芸サークルの熊さん。
女性の方は、我がサークルの部長、河野 諒子先輩。3年生で、法学部所属の知能派だ。しかし、よく講義をさぼ…いや、自主休講しては、ここに篭る悪癖がある。
最後に、眼鏡の優男は、九重 砌先輩。同じく3年生。彼は法学部で頭も良いし、顔も良い。おまけにこの学校の理事長を輩出している九重家の人間で、お金もある。しかし、彼は性格にハンディキャップを持った、残念な類の人間だった。
他に、今は来ていないが、文学部の講師の一人がたまに来ることがある。
なんでも小説が好きらしく、ぶらっと来ては断りなく作品を読んでまた去って行く、迷惑な人物だ。
しかし、常識は弁えており、実質的な被害は被っていないため、部員たちには基本的に受け入れられている。
部長が口を開く。
「ええ、こんにちは。小塚さん、相田さんも早速作業を始めて下さい。急がなければなりません。新入生説明会が終わるまでに仕上げないと、生きが良いのが捕獲できませんからね。」
作業…?
ああ、そういえば、新入生向けの勧誘アイテム作りがまだ途中だった。確か私と夕はビラ担当。
私が文章を書いて、夕はイラストの準備をする予定だったはずだ。
「夕、イラストはできてるよね?」
夕は笑いながら、首を縦………ではなく横に振った。
そうだ、こいつは、こういうやつだった。
「ううんー、忘れたー。」
悪びれた様子は皆無だ。部長が聞きかねて、額に青筋を浮かべて雷を落とす。
「相田さん、描いて下さい。今すぐに。」
怒鳴ったわけではない。むしろ、いつもの冷たい様子からは想像できないくらい、朗らかで優しげな声色で部長は言った。
しかしなぜだろう。彼女の後ろに般若が見えるような気がするのは。ブリザードのような冷気を感じるのは。
私は戦慄した。
今すぐ。今すぐやらなければ。
部長の後ろでは、都馬がとばっちりを受けて、かたまっていた。なんて哀れな。
そんな中でさえ、夕は平常運転のようで、平然としていた。
「もぅー、部長はお堅いんですからぁー。」
そう言うと、マイペースに作業に入っていった。
部長はまだ冷気を垂れ流していたが、九重先輩が、よいではないかよいではないか、と言って、部長に鳩尾をヒールを履いた足で蹴られることで収まった。
私は部長に見えない位置で、親指を立てる。一瞬で部屋の空気を元に戻した九重先輩の手腕は、本当にすごい。
親指を立てかえしているのを部長に見られて、もう一度蹴られているのに目をつぶれば。
作業は、雑談を交えては、3回に1回くらいの割合で部長に怒られながら1時間ほどで終わり、なんとか説明会の終了までにビラの準備を終えることができた。
食堂に移動して、部長以外のメンバーは各自昼食をとってから、持ち場に移動する。
ちなみに余談だが、部長は頑なに部室から出るのを拒絶した。あれはもう、引きこもりの域だと思う。
今からやる勧誘だって、看板作りだけやって、実際の活動は都馬に押し付けているし。
部長は今は、新入生が訪ねてきたときに備え、対応のための待機、という名のティータイム中だ。
ずるい。職権乱用以外の何なのだろうか。
以前は部長も、もう少し明るかったのに…。
移動しながら、私はふと、今年入学してくる1つ下の、とある人物のことを考えた。
彼は元気にしているだろうか。




