糧のための幸せ
本日投稿する、最終話です。
今日は3話投稿しました。
ご注意下さい。
このエンディングは、幸せのための糧と対比しており、どちらにも転びうる、並行した関係として楽しんでいただければと思います。
静かなこの病室に、木枯らしが窓を通って吹き抜ける。
傍らには、安っぽいパイプ椅子に座って私の手を握る、逸樹がいる。
もう自由にならない体を固いベッドに横たえて、私は目を閉じた。
「姉さん!?」
逸樹が焦った声をあげる。
私が死んだのではないかと、気が気でないのだろう。
…思えば不幸な人生、だったのかもしれない。
私が思い出すのは、数年前のこと。
当時、大学で私の所属していた文芸サークルの仲間たちが、次々に惨殺されるという事件があった。
被害者の中には、私の親友だった相田 夕もいたらしい。
…『らしい』というのは、私が事件のことを覚えていないからだ。
生き残った九重先輩や白石先生、それに紗枝に聞いた話によると、私は夕を殺された悲しみと怒りに突き動かされて、犯人をつきとめ糾弾したそうなのだ。
結局、犯人は謎の変死をとげ、事件は幕を閉じた、という。
そしてその翌朝、目覚めると私は事件の間のことを、何一つ覚えていなかった。
何か大切なものを失ってしまったという感覚だけが、私の胸に残っていたのを覚えている。
いきなり皆が死んだときかされて、私はなりふり構わず彼女たちを捜し回ったものの、当然逢えるはずもない。
どんなに説明されても、なんだか信じられないような話だったし。
その後、弟である逸樹のサポートもあり、私はなんとか事件から立ち直ることができた。
しかしそれ以来私は、人生において幸せを掴もうとする選択肢をとろうとすると、無性に哀しくて、忌避感があって。
結局、私は無難ながらも平坦な人生を送っていた。
自分が幸せになることに、奇妙な罪悪感を感じたのだ。
ところがある日、病は気からということなのか、私は難病を患ってしまった。
現代医学では完治も難しく、何より発見が遅すぎた。
大学を出て就職し、2、3年目のことだった。
病状は私の心情を反映するように、次第に悪化していった。
今では起き上がることすら一人ではできず、逸樹は忙しい仕事の合間を縫って、自由になる時間の大半を私のもとで費やしていた。
それに対してすら、罪悪感は募る。
…だがもうじき、それも終わるだろう。
回想を止め、目を開く。
何かに惹きつけられるように窓の外を眺めていると、ちょうど黒衣の青年が前を通り過ぎた。
黒づくめの服に、黒い髪、そして鋭い目つき。
どこか既視感を煽る彼と、目があったような気がしたのは、気のせいだろうか。
というか、おかしいな。
この病室、5階のはずなのに…。
小さな違和感。
…まあ良いか。
もう力が入らない。
目を開くのすら億劫だ。
私の瞼が、ゆっくりと落ちていく。
「__姉さん!!」
…逸樹、そんな大きい声、病院で出しちゃ駄目でしょ?
姉さん、ちゃんと、聞いてるから…。
でも、あんな声、『逸樹』らしくないなぁ。
『あいつ』はいつも飄々としていて、若干、いや相当胡散臭くて…。
黒い闇で閉ざされた視界に、白い靄がかかり始める。
そして、靄の白の中に今度は青い色がちらほらと混じり、白と青の花畑が拓けた。
その向こうにいるのは__
茶色がかった中途半端な長さの髪。
垂れた目尻の、中性的で優しげな青年の姿が見える。
服はモノクロだ。
…ああ、夕がいる。
夕は穏やかに微笑んでいる。
もう、涙のあとなんて見えやしない。
___環ちゃん。
懐かしい夕の声が耳を打った。
分かっている。
これが夢だなんて。
だって、木枯らしが吹くような時期に、花がこんなに咲けるはずがない。
まして私は病室で寝たきりの病人で、もう人の手を借りなければ立つこともできないのに。
___環ちゃん。
彼の声が、幻聴が、再び聞こえる。
夕の差し出す手を、私はとった。
…現実では、きっと逸樹、泣いてるだろうな。
私の体に縋り付き、涙を流す逸樹を思い浮かべる。
今度は夕が、私の手を引いて歩き出した。
青と白の花が揺れる、花畑の向こうへと。
逆らわず、一緒に歩いていく。
今までの人生は、まるで生ける屍のようだった。
きっと、客観的に見ても不幸せだっただろう。
でも、構わない。
今際の際でも、大切な人のことを思い出せた。
たとえ幻でも、夕にもう一度逢えた。
だから、私は夢幻の中、消えゆく命を最期に一際強く燃やしながら、顔を歪めて、微笑って言うのだ。
「ええ。わたし、しあわせよ。」
他の誰でもない、『あの人』に向けて。
____私の不幸は終わった。『あの人』のことを思い出せたから。
これで本編は完結です。
今まで拙作にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
嘘と愛をテーマにしてみたのですが、如何でしたか?
ご意見ご感想など、お待ちしております。
思ったよりもたくさんのアクセスがあり、驚くと同時に嬉しかったです。
日間ジャンル別ランキング、最高8位を記録したときは、心臓が止まるかと思いました。
後は、皆様へのお礼と言ってはなんですが、
Ifエンドを一つ
キャラクター紹介
をのせようと思っております。
それから、作者の作品は全て裏で繋がっているので、逸樹の事情や探し人を知りたい方は、読んで推理してみると面白いかもしれません。
次は、恋愛ジャンルで投稿(現在更新停滞中。11月にリニューアルして再開予定)しているナインス・ファクトの完結を目指すつもりです。
それでは、失礼します。(ぺこり)




