幸せのための糧
本日2話目です。
本作では、エンディングをどちらにしようか悩んだのですが、まあ両方あげて読み比べてもらうのも良いかなぁと思ったので、両方投稿しちゃいます。
暖かな陽射しの中、私は目覚めた。
夢の中の感覚がまだ抜け切らず、寝ぼけ眼でぼんやりと目をこする。
だんだんはっきりとする私の目に写るのは、化粧台の鏡越しにこちらを一瞥する、妙に眠そうな花嫁の姿。
不意に、部屋の扉が開く。
そこに立っているのは、最愛のあの人だ。
そう、私が今座っているのは、結婚式場の控室に置かれた化粧台の前なのだ。
__長いようで短い日々だったな…。
思い起こす、数年前のこと。
当時、大学で私の所属していた文芸サークルの仲間たちが、次々に惨殺されるという事件があった。
被害者の中には、私の親友だった相田 夕もいたらしい。
…『らしい』というのは、私が事件のことを覚えていないからだ。
生き残った九重先輩や白石先生、それに紗枝に聞いた話によると、私は夕を殺された悲しみと怒りに突き動かされて、犯人をつきとめ糾弾したそうなのだ。
結局、犯人は謎の変死をとげ、事件は幕を閉じた、という。
そしてその翌朝、目覚めると私は事件の間のことを、何一つ覚えていなかった。
何か大切なものを失ってしまったという感覚だけが、私の胸に残っていたのを覚えている。
いきなり皆が死んだときかされて、私はなりふり構わず彼女たちを捜し回ったものの、当然逢えるはずもない。
どんなに説明されても、なんだか信じられないような話だったし。
特に夕の死はこたえた。
夕は私の一番の親友で、あの大学で出来た初めての友人だったから。
その上、私が何もかも忘れてしまったとはいえ、警察への事情説明などもしなければならず、ほとんど話せることなどなかった私は自分に対してフラストレーションを抱いたものだった。
そんな時だ、彼と出会ったのは。
事件のときのことを、記憶してはいなくても心はどこか留めているようで、時折、言いようのない悲しみと切なさが、日常のふとした瞬間に襲う。
大概は知人が一緒にいてくれて事なきを得るのだが、その時はたまたま一人だった。
理由もない、吐き気がするほどに強い感情の発露。
悲しい、切ない、苦しい…それらの中でも最も強い感情は__胸が締め付けられるような愛しみ。
咄嗟に手頃な空き教室に飛び込み、椅子に倒れこむように座り込んで、深呼吸しながら気を落ち着けていると、誰かが扉を開いて中に入ってきた。
思わず注視する。
その男性はぎょっとした顔をして私に小走りで近づくと、背中をさすってくれた。
___ちょっと恥ずかしいけど、これが彼との出会い。
私は彼に視線を合わせて、にっこりと笑う。
彼も優しげに目を細めると、私を促す。
「そろそろ行こう。
あんまり参列してくれる皆を待たせたら悪い。」
「うん。」
純白のドレスとヴェールをなびかせて立ち上がり、式場へと歩きだす。
位置はもちろん、彼の傍で。
私は今、幸せの絶頂にいるのだ。
私同様幸せそうにしていた彼が、歩きながら何かを思いついたように、私に何の脈絡もなく尋ねる。
「さっきは夢でも見ていたの?
中から寝言が聞こえてたけど。」
寝言…。
それも聞かれてしまったなんて…。
「恥ずかしい…。」
顔を赤らめて、ヴェールに包まれた頭を抱える。
「まあまあ、それでどうだったんだい?」
とりなすように、彼が言った。
…夢は醒めれば薄れてしまうもの。
私は眉に皺をよせて、夢の残滓を辿っていく。
静かな白い廊下に、私たちの足音だけがこだまする。
音は十重二十重に反響して、自分が起きているのか、眠っているのか分からなくなる。
狂っていく、感覚。
ふと、視界に青い色が混じった気がする。
青い色は数を増していき、いつの間にか白い
廊下の輪郭が溶けていく。
私は青と白の花畑を、幻視した。
この光景を、さっき夢の中で見た気がする。
この向こうにいたのは__。
私の口が無意識に動く。
半ば夢うつつに、私はそれを聞いていた。
「…よく覚えてないんだ。
でも、なんだかすごく仲が良い人に、『幸せになって』って、祝福される夢だったと思う。」
彼は、『あの人』とはまったく違う顔で、『あの人』のように私に問う。
『あの人』とは対照的な陽だまりのような微笑で。
「君は今、幸せかい?」
…だから、私も太陽のような笑顔で答えるのだ。
「ええ。わたし、しあわせよ。」
『あの人』ではない、彼に。
___私は『あの人』を忘れて、幸せになった。
あともう1話いきます。
18時ジャストになりそうです。




