閑話 貴女に捧げるこの舞台
閑話というか裏話なので、少なめです。
どこかにある、美しい庭園。
草木の一本一本まで徹底的に管理され、醜さを淘汰された緑。
真紅の薔薇がが咲き乱れ、地面には芝生が青々と生い茂っているその一角に、純白の瀟洒な東屋が立っている。
そこに、一人の優雅に紅茶を飲む女の姿があった。
金色に陽光を受けて輝く長い巻き毛が、白磁の繊手にかかる。
年の頃は20過ぎ程度であろうか。
穏やかな風が、彼女の眩いほど白いドレスの裾を乱す。
何よりも目を引くのは、その瞳だろう。
美しく整った顔でどこか遠くを見ているような、焦点の合わない玉虫色の瞳。
口元には淡い微笑が浮かぶ。
穏やかな一幕。
何もかもが満ち足りて絵画のように調和した、不自然な世界がそこには広がっていた。
しかし、この女の内面は、おきれいな姿とはかけ離れている。
俺はそれを知っている。
俺は無雑作に庭園に踏み込むと、女に声を掛ける。
「おい。」
女はとっくに俺の存在に気付いていたはずなのに、白々しくこちらに顔を向ける。
「あら、いらっしゃっていたのですね。
今回も、ご苦労でした。
94番目も、見応えのある物語でしたわ。
特に、愚かな悪魔が消滅する場面なんて、最高でした。」
上品な口調でも、言っていることは最低。
相変わらず人を苛つかせるのが上手い女だ。
「そんなことより、覚えているだろうな、あの契約を。」
俺が苛立ちもあらわにそう問うと、女は、ふふっ、と、楽しそうに鈴を転がすような声で笑った。
「ええ、分かっておりますわよ。
ワタクシはアナタに、『あの子』の居場所を教える。
そのかわり、アナタはワタクシに、対価として99の物語を捧げる。
…そんなに噛み付かずとも、ワタクシたちのようなモノにとって、契約は絶対。
破ったりなどいたしませんわ。」
殊勝なことを言っているが、どうだか。
この女は信用できない。
だが、俺にはもう、他の手段が無いのだ。
「分かってるなら構わない。」
そう言い捨て、俺は庭園から出て行く。
こいつのイカレた趣味には付き合っていられないが、一刻も早く、99の物語を紡がねば。
__こんな方法で助けても、『あの子』は悲しむだろうな…。
俺は自嘲する。
それでも、俺に手段など選んではいられないのだ。
懐から手帳を取り出して、目的地に見当をつける。
今度の予定地は…また地球のパラレルワールドか。
恋愛モノが良いとかあの女に言われて準備した種に、そろそろ芽が出ている頃合いだな。
場所は、朽名高等学校。
前の世界では、篠宮 逸樹と呼ばれた俺は、次の物語の舞台となる世界へと渡った。
そして、庭園にはまた女だけが残された。
彼女は誰にも知られないまま、静かに笑みを深める。
「嗚呼、彼はきっと、素晴らしい100番目の物語になってくださいますわね…。」
この庭の主である女は、『千里眼の魔女』は、歌うように呟いた。
まるで、恋をしている乙女のように純粋に。
…あるいは残酷に。
彼女の呟きを聞くものは、誰もいなかった。
次はエンディングです。
明日、間に合わなければ明後日の投稿になります。
一気に読んで欲しいので、2話連続投稿になると思われます。




