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エイプリル・フール  作者: いちい
舞台裏に溜まる黒
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6章3話




そろそろ忙しくなってしまうので、完結を急ぎます。

明日も更新を出来ればするつもりです。



 







 前座はここまでと、どちらからともなく私たちは口を(つぐ)んだ。


 青い夢の中に、柔らかな風が吹き抜ける。

 2色の花が、ざぁっと水面のように揺れる。


 張り詰める緊張感。


 先に沈黙を破ったのは、私だった。


「ねえ、夕。あの時の約束、覚えてる?」


 彼は、いつもと変わりなく頷く。


「うん。悪魔は契約を破らないからねー。

 それで、何を願うのー?

 できないこともあるけどぉ、大体は叶えられるよぉー。

 お金ぇ?それとも名声ー?

 んぅっと、王道だとあとなんだっけなぁ。

 あー、死んだ人を生き返らせるのは無理だからねぇー。」


 そんなことは願わないだろうって、わかってるくせに。

 顔に書いてある。

 私がどんなことを願うのか、わくわくしてるって。


 お金も名誉もいらない。

 私が願うことは一つだけ。

 一度は忘れてしまったけれど、それでも私の願いは変わらない。


「私の願いは、あの日と同じだよ。

 "佐久間君と離れたくない"。」


 これは、あの日の続き。


 私の真意に、夕は気付いてくれただろうか。

 彼は、うーん、と唸る。


「それは…、えぇー…。

 愛の告白として受け取って良いのかなー?」


 私はコクコクと、頷く。

 言葉で肯定するなんて、気恥ずかしくてできない。


「無理だよー。」


 彼は即答した。

 ワンブレスできっぱり言い切った。

 躊躇(ためら)いすらない。


 彼は続ける。


「ずぅっと前、それも子供の時にあったきりで、そのあと再開してからは女の子の格好だったのに告白されてもぉ…。

 そもそも、アレはもう時効だと思うんだー。

 なにー、いまさら蒸し返すとかー。

 いじめぇ?いじめなのー?」


 酷い言葉だった。

 しかし、それが本心ではないということは、分かっている。

 逸樹がくれた餞別の力が発揮されているのだ。


 逸樹は私に2つのサービスをくれると言った。

 一つは知識。

 もう一つは今だけの能力。

 それが、彼の言葉に隠された真意を、私に包み隠さず教えてくれる。


 この世界の悪魔は、人間の暗い感情が吹き溜まって、闇から生まれる。

 そして、世界を悪で満たすため、世に悪意を振りまく存在だ。

 …だからこそ、誰かを愛するということがあってはならない。

 もしそうなった場合、その悪魔は消滅する。

 自己の存在意義の否定により、存在を維持できなくなるのだ。

 たとえそうならなくとも、『世界』がそれを許さない。

 そう、逸樹の知識が私に囁く。


 何より、逸樹のいった"今だけの能力"とはこのことなのだろう。

 夕心の声が、思いが、私の耳に聞こえてきた。


 夕は、完璧な笑顔のままで痛烈な言葉を吐き続けている。

 そう。不自然なくらい、完璧な笑顔で。


「だってさー、そもそも重いんだよー。

 昔のことをぐちぐちぐちぐちぃー。

 粘着質なのもいい加減にしてくれないー?」

(ボクのことなんて、もう忘れてよー。)


「それに何?その程度のレベルでボクと付き合おうとか、笑えるー。」

(遠からず消えちゃうボクじゃあ、君を幸せになんて、できないんだよ…。)


「なに悲しそうな顔しちゃってんのぉ?

 うざー。」

(ボクなんかのために、悲しまないで良いんだよー…。)


 涙が出てくる。


 この涙は、夕の言葉に傷ついたせいじゃない。

 私は夕のために泣いているのだ。

 優しい心で冷たい言葉を語る夕は、どれだけ辛いだろう。


 彼はそこまで言うと、席を立って私の方に歩いてきた。

 彼が歩くたび、足元の花が踏み潰される。

 もう、すぐそばまで彼は近付いていた。


 彼は私の頭に、ゆっくりと手を伸ばす。

 あの日の再現。


「たまきちゃんなんか、きらいだよー。」


 そう、言いながら。


 私には、その手を避けることはできない。


 彼の声が、二重に聴こえたから。


(たまきちゃん、だいすきだよー。)


 彼の笑みが、崩れていく。

 ひどいことをされようとしているのは私なのに、彼は何かを堪えるようにして、手をゆっくりと、確実に伸ばし続けている。


 彼は言う。


「あのとき会わなければ良かったのにねー。」

(そうすれば、こんな辛い気持ち、持たずに済んだの、かなー…。)


 もう彼の手はすぐそこまで迫っている。


 私はようやく声を出せた。

 それは悲しみで震えてはいたけれど、紛れもない本心だった。


「あのとき夕に会えて良かった。

 きっと、やり直せたとしても、私は何度でも繰り返すよ。」


 夕の瞳から、無色の雫がはらはらと落ちる。

 彼は泣きながら、笑った。


「うんー。知ってるー。

 …またねぇー。」



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