6章 2話
まだファンタジーですよ〜。
私は誰もいなくなった赤い空間で、椅子に座ったまま、待つ。
佐久間君は…彼はおそらく、今も私のことを見ているのだろう。
椅子が3脚あるということは、そういうことだ。
私はかつて佐久間君と彼を呼んでいたが、これは正しくない。
思い出した幼い頃の記憶。
それによると、どうやら小さい頃の私は、彼が名乗った呼称を理解できず、勘違いしていたようなのだ。
彼は『佐久間』ではなく、『悪魔』だ。
当時は種族名しか言わなかった彼の名前を、今なら呼ぶことができる。
私の推測が正しければ、この予知夢を見せていたのも彼だ。
ドS仕様は多分、逸樹の趣味だろう。
というより、そう信じたい。
心の底から。
…佐久間君の好みとかじゃない、よね?
…とりあえずその方が精神衛生上よろしいので、そう信じておこう。
私はどこか、あの日の夕暮れの公園を思わせる紅に包まれ、彼の名を呼ぶ。
「どうせ見てるんでしょ?
出てきなよ、夕。
佐久間君は、あんただ。」
そう私が言うと、赤い空間の正面に、ひずみが生じる。
ひずみは段々と肥大して、この世界の赤を呑み込んでいく。
変化が収束すると、そこにはもう赤い色は存在しなかった。
眼前に広がっていたのは、一面の花畑。
空は鮮やかなスカイブルーに覆われ、遠近にしたがって見事なグラデーションを描く。
足元には青い花と白い花が、競い合うようにして咲き乱れている。
地平線まで、どこまでも青と白が続く世界。
赤い夢とは対照的な、青い夢。
急激な夢の変化に目を奪われていると、声を掛けられた。
もう聞くことができないと思っていた、懐かしい夕の声。
思いのほか近くから聞こえた声を辿ると、私がついているテーブルの、逸樹が座っていたのとは別の椅子に、夕が足を揃えて座っている。
私が慣れ親しんだ姿とは異なり、モノクロの服を着て化粧を落とした姿は、華奢ながらも男性のものだった。
それでも、顔と雰囲気はちっとも変わっていない。
それが、たまらなく嬉しかった。
私は夕に真っ先に、最も危惧していたことを尋ねる。
「夕…、やっぱりあなたは…。
男の娘だったの?」
「いや、いきなりきくことじゃないでしょー、それは!?」
机に身を乗り出して繰り出された、素晴らしいツッコミが私の脳天に炸裂する。
お星様が見えた。
彼は座り直すと、呆れながらも説明してくれる。
「アンタを見守るには、その方が都合が良かったの!
ああもう、相変わらずなんだからー。
正体もばれちゃうし、死んだフリまでしなきゃいけなかったし、さんざんなんですけどぉー。
ニブチン環にだけは絶対わかんないと思ったのにぃ。」
頬を膨らませる夕を見て、堪えきれず苦笑する。
「この夢も、夕の仕業だよね?」
「うん。夢で警告して、少しでも警戒してくれればぁ、守りやすいもん。
心に干渉するのは、悪魔の十八番だしぃー。
でもなんか、あのクソ神にジャックされて、あんなキモイ仕様にされちゃったけどねー。」
夕にしては悪趣味な夢だと思ったら、やはりあれは逸樹の趣味だったらしい。
夕があんな趣味じゃなくて、ほっと胸を撫で下ろす。
「ねぇー、なんでボクが佐久間君だって、分かったのぉ?
女装までしたのにさー。」
夕はよっぽど悔しかったのか、ぶーぶー言っている。
「ああ、それは消去法だよ。」
「消去法ぅ?」
彼は立てた人差し指を頬に当てる。
私は頷いた。
「うん。まず、親しいという意味では文芸サークルの部員が怪しい。
他にそんな仲の良い子っていないし。
で、男性部員のうち、まず都馬と白石先生は除外。」
「なんでぇ?」
「都馬は傍目で分かるくらい七海先輩に好意を持ってたし、白石先生は恋人がいたから、だよ。
かつてあんなことを迫った女の子の前で、他の人と恋愛繰り広げるっていうのは、ちょっと違和感がある。」
うんうん、と彼は頷いている。
「次に、九重先輩は家が家だし、難しすぎる。
私があんたの立場なら、できる限り避けるよ。
で、残るのは女性部員。
その中で、明らかに夕の行動は異彩を放っていた。」
「えぇー、どのへんがぁー?」
がんがんと音がして、机が揺れる。
夕が机の脚を蹴って八つ当たりしているのだろう。
「逸樹は私の推理を混乱させるために、わざと推理を否定したりしてきたけど、なぜかその度に夕のサポートが毎回欠かさずに入った。
ちょっとできすぎてない?」
「うぅん、加減、間違えちゃったかぁ。
難しいなー。」
明るい声で、夕は降参とばかりに椅子に背をべったりと預けて両手をあげた。
次は明後日の更新にします。
19日になりますね。
あっ、メタになるので本編には書きませんでしたが、夕についてはもっと分かりやすい違和感を作っておきました。
実はこれ、夕の初登場シーンからずっとなんですけど、
他のキャラは必ず一度は彼・彼女の代名詞使ってるのに、夕だけはずっと夕なんですよ。
…気付きました?




