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エイプリル・フール  作者: いちい
舞台裏に溜まる黒
38/45

6章 2話


まだファンタジーですよ〜。



 



 私は誰もいなくなった赤い空間で、椅子に座ったまま、待つ。

 佐久間君は…彼はおそらく、今も私のことを見ているのだろう。

 椅子が3脚あるということは、そういうことだ。


 私はかつて佐久間君と彼を呼んでいたが、これは正しくない。

 思い出した幼い頃の記憶。

 それによると、どうやら小さい頃の私は、彼が名乗った呼称を理解できず、勘違いしていたようなのだ。

 彼は『佐久間』ではなく、『悪魔』だ。


 当時は種族名しか言わなかった彼の名前を、今なら呼ぶことができる。

 私の推測が正しければ、この予知夢を見せていたのも彼だ。

 ドS仕様は多分、逸樹の趣味だろう。

 というより、そう信じたい。

 心の底から。

 …佐久間君の好みとかじゃない、よね?

 …とりあえずその方が精神衛生上よろしいので、そう信じておこう。


 私はどこか、あの日の夕暮れの公園を思わせる紅に包まれ、彼の名を呼ぶ。


「どうせ見てるんでしょ?

 出てきなよ、夕。

 佐久間君は、あんただ。」


 そう私が言うと、赤い空間の正面に、ひずみが生じる。

 ひずみは段々と肥大して、この世界の赤を呑み込んでいく。

 変化が収束すると、そこにはもう赤い色は存在しなかった。


 眼前に広がっていたのは、一面の花畑。

 空は鮮やかなスカイブルーに覆われ、遠近にしたがって見事なグラデーションを描く。

 足元には青い花と白い花が、競い合うようにして咲き乱れている。

 地平線まで、どこまでも青と白が続く世界。


 赤い夢とは対照的な、青い夢。


 急激な夢の変化に目を奪われていると、声を掛けられた。

 もう聞くことができないと思っていた、懐かしい夕の声。

 思いのほか近くから聞こえた声を辿ると、私がついているテーブルの、逸樹が座っていたのとは別の椅子に、夕が足を揃えて座っている。

 私が慣れ親しんだ姿とは異なり、モノクロの服を着て化粧を落とした姿は、華奢ながらも男性のものだった。

 それでも、顔と雰囲気はちっとも変わっていない。

 それが、たまらなく嬉しかった。


 私は夕に真っ先に、最も危惧していたことを尋ねる。


「夕…、やっぱりあなたは…。

 男の娘だったの?」


「いや、いきなりきくことじゃないでしょー、それは!?」


 机に身を乗り出して繰り出された、素晴らしいツッコミが私の脳天に炸裂する。

 お星様が見えた。


 彼は座り直すと、呆れながらも説明してくれる。


「アンタを見守るには、その方が都合が良かったの!

 ああもう、相変わらずなんだからー。

 正体もばれちゃうし、死んだフリまでしなきゃいけなかったし、さんざんなんですけどぉー。

 ニブチン環にだけは絶対わかんないと思ったのにぃ。」


 頬を膨らませる夕を見て、堪えきれず苦笑する。


「この夢も、夕の仕業だよね?」


「うん。夢で警告して、少しでも警戒してくれればぁ、守りやすいもん。

 心に干渉するのは、悪魔の十八番(おはこ)だしぃー。

 でもなんか、あのクソ神にジャックされて、あんなキモイ仕様にされちゃったけどねー。」


 夕にしては悪趣味な夢だと思ったら、やはりあれは逸樹の趣味だったらしい。

 夕があんな趣味じゃなくて、ほっと胸を撫で下ろす。


「ねぇー、なんでボクが佐久間君だって、分かったのぉ?

 女装までしたのにさー。」


 夕はよっぽど悔しかったのか、ぶーぶー言っている。


「ああ、それは消去法だよ。」


「消去法ぅ?」


 彼は立てた人差し指を頬に当てる。

 私は頷いた。


「うん。まず、親しいという意味では文芸サークルの部員が怪しい。

 他にそんな仲の良い子っていないし。

 で、男性部員のうち、まず都馬と白石先生は除外。」


「なんでぇ?」


「都馬は傍目(はため)で分かるくらい七海先輩に好意を持ってたし、白石先生は恋人がいたから、だよ。

 かつてあんなことを迫った女の子の前で、他の人と恋愛繰り広げるっていうのは、ちょっと違和感がある。」


 うんうん、と彼は頷いている。


「次に、九重先輩は家が家だし、難しすぎる。

 私があんたの立場なら、できる限り避けるよ。

 で、残るのは女性部員。

 その中で、明らかに夕の行動は異彩を放っていた。」


「えぇー、どのへんがぁー?」


 がんがんと音がして、机が揺れる。

 夕が机の脚を蹴って八つ当たりしているのだろう。


「逸樹は私の推理を混乱させるために、わざと推理を否定したりしてきたけど、なぜかその度に夕のサポートが毎回欠かさずに入った。

 ちょっとできすぎてない?」


「うぅん、加減、間違えちゃったかぁ。

 難しいなー。」


 明るい声で、夕は降参とばかりに椅子に背をべったりと預けて両手をあげた。






次は明後日の更新にします。

19日になりますね。


あっ、メタになるので本編には書きませんでしたが、夕についてはもっと分かりやすい違和感を作っておきました。

実はこれ、夕の初登場シーンからずっとなんですけど、

他のキャラは必ず一度は彼・彼女の代名詞使ってるのに、夕だけはずっと夕なんですよ。

…気付きました?



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