6章 1話
私の意識がはっきりしてくると、目に飛び込んで来るのは赤い色。
どこに続いているのか、あるいはどこにも続いていないのかすら見て取れない地平線まで、ずっと続く、アカイ、イロ。
目に焼きつきそうなくらい鮮やかなこの空間ももはや、私にとってはお馴染みの場所だ。
私は、おそらく今回で最後になる、赤い夢の中に佇んでいる。
事件が解決した現在では、靄のスクリーンの現れないようだ。
あの人物が来るまで、ここで突っ立って待っていれば良いのだろうかと、ただひたすら続く赤い大地の上で、頬に手を当てて悩んでいた。
すると3歩分ほど先に靄が渦を巻き、それが晴れるとスクリーンの代わりとばかりに、木製の飾り気のない円テーブルと、揃いの椅子が3脚現れる。
こういう所の融通が効くのは、やっぱり夢なんだ…。
感慨深い思いで、待ち人を待つ。
しばらくすると、向こうから靄に包まれた白い人影が現れた。
私は立ったまま、その姿を隠す靄の向こうにいる人物に声をかける。
「…逸樹、趣味が悪いんじゃない?こんな事件をお膳立てするなんて。
それに、レディを待たせるなんて最悪。」
人生で一番の顰め面で、思いっきり不機嫌そうに言ってやった。
なのに人影は、なんてことなく私の嫌味を流して、テーブルの椅子のうち私から見て左の一脚に腰を下ろすと私に椅子を勧める。
「趣味が悪いとはまた手厳しいな。
自覚はしているが。」
笑いを含んだ余裕綽々な言いようが、癇に障る。
無言で私が睨みつけていると、彼の姿を隠していた白靄が、段々と薄れていく。
そこには、出会った時と全く同じ黒づくめの服装の逸樹が座っていた。
彼はニヤリと笑い、続ける。
「まあ、逸樹という呼び名も正しくはないんだがな。
あと、待たせたことについては謝る。
ちょっと煩いババアに捕まっちまってな。」
逸樹が机の上に肘をのせ、傲然と頬杖をついて、細めた目で私を見上げる。
「…さて、それじゃあ、あまり夢の中とはいえゆっくりするのもなんだし、お前の推理をきこうか。
お前はいったい何を知ったのか。
何に気付いたのか。
___語ってみろよ。」
彼は自信たっぷりに足を組んだ。
無意識に、唾を飲み込んだ喉が鳴る。
緊張からではない。
それは、この目の前にいる存在への恐怖からだった。
緊張から握りしめた拳は、早くも血の気が引いて白くなっている。
しかし、ここで呑まれるわけにはいかない。
私は固く握っている拳を開くと逸樹に目を合わせ、渇いた口を、無理矢理こじ開ける。
「まず、今回の事件は、姉の死を受け入れたくなかった千秋さんに、あんたが甘言を吹き込んで唆したことがそもそもの始まり。
さぞ簡単だっただろうね、傷ついて、現実を否定したかった彼女に疑念を植え付けるのは。」
自然と、責めるような口調になる。
逸樹はこれを聞いても、表情一つ崩さずににやついているままだ。
『逸樹』とは似ても似つかないこの厚かましさに、私は私の推理の正しさを確信する。
「それから、これは確認だけど…。
あんたは私の記憶をいじったね?」
彼は、笑みを深める。
「思ったほど馬鹿ではないな。」
それは肯定だった。
逸樹にはばれないように、ひっそりと胸を撫で下ろした。
良かった、ここが間違っていたらこの後の推理が全部、狂ってしまうから。
顎をしゃくって続きを促す逸樹に、更にイラっとしながらも、私は続ける。
「今日の帰り、弟と会った。
私はそれまで、今年入学してくるのは幼馴染の篠宮逸樹だと思ってたけど、それは違う。
私には幼馴染なんていない。
入学するのは本当は、私の弟の小塚 逸樹だった。
私の記憶を操作して、弟の場所に自分の情報を割り込ませたってとこかな。」
私は毅然として言うが、逸樹は馬鹿にしたように鼻で笑って、言う。
「おいおい、記憶を操作するとか、マンガの読みすぎだぜ?
なんで俺にそんなことができるんだよ。」
そう、それが全ての鍵なのだ。
私もまさかとは思ったが、冷静に考えてそれ以外ありえない。
彼はニンゲンではない。
「そもそも、この事件は始めから終わりまで、おかしなことばっかり。
電波が通じなかったり、都合よく雨が降り続いてがけ崩れが起きたり。
急に本棚に犯人が潰されたり。
…私がそう思ったのは、あなたが明らかにおかしい行動をとってたからだよ。
例えばまず、都馬のとき。
ドアを蹴破ってたけど、あれは防犯のためにオートロック機能までついてるような代物だよ?相当頑丈にできてるはず。
普通の人、しかも細身な人間たった一人じゃ蹴破れない。
それによく思い出すと、あなたは私が情報を集めてたときさりげなくミスディレクションしようとして、わざと私の邪魔をしてた。
これは、黒幕でもなければありえない行動だよ。
千秋さんも最期に、その存在を匂わせてたし。
…直後に押しつぶされたけどね。
それで、あなたの正体は…佐久間君の同類、でしょう?」
彼はにやりと口元を釣り上げる。
「ああ、その記憶も戻ってきたのか。
だが、なぜ俺が『佐久間君』本人だとは思わないんだ?」
「あなたは違う。くだらないカマかけはやめて。
あなたが佐久間君なら、こんなことする理由がない。
あなたは佐久間君が私に執着するのを見て、はた迷惑ばちょっかいを出して介入してきただけの、悪魔だ。
これ見よがしに私に気があるような演技までして、彼に嫌がらせしてたでしょう?」
私が責めるようにいうと、逸樹は降参とばかりに両手を挙げる。
「あぁ〜。まあ、50点ってとこだな。
俺は悪魔じゃない。悪魔にそこまでのことはできないからな。
目をつけたのは確かにアイツがきっかけだが、介入したのは別の事情からだ。
俺にも俺の事情があるってわけだから、お前に謝るつもりはないぜ。」
逸樹が椅子から立ち上がり、私の方へと円テーブルを回り込みながらも喋り続ける。
彼が歩くにつれ、赤が滲んでいく。
こいつのせいで死んだ、彼らの血痕が、点々と滴り落ちるかのように。
「…それでも一応迷惑だった自覚はあるし、2つサービスしてやろう。
1つは知識、もう一つは、今だけの能力を。
くくっ、絶対ヤツは驚くだろうな。」
私の肩をぽん、と、逸樹が叩く。
夢の中の彼からは、ほんのりと鉄臭い臭いがした。
何となくだが、彼がこういうことをプロデュースするのは、これが初めてではないと感じる。
幾つもの惨劇を創り、数多の血と嘆き、怨嗟を一身に浴びる様は、容易に想像できる。
私は椅子に座ったままで、横に立つ逸樹を見上げた。
彼は私が見ているのに気づくと、今までの態度が嘘だったかのように、にやついた不愉快な笑みを消し、私に背を向ける。
「じゃあ俺は行くぜ。
…せいぜい楽しませろよ?」
いつかと同じように、そのままひらひらと手を振って去って行こうとしている。
声だけは、軽薄な調子のままだった。
「待って。あなたの正体は、何なの?」
きっと彼の答えはないだろう。
そう思っていたが、『逸樹』は振り返らずに言った。
「俺は、ただの『疫病神』だ。」
彼は今度こそ、何処かへ行ってしまった。
彼の姿は赤の向こうに、溶けるように消えていった。
逸樹「実は黒幕は俺だ。」
環「んな、なんだってェ〜!?」
くわっ
な回です。




